雨宮日記 12月14日(金) 「(仮題)雨宮ノート」の執筆を始めます
この「雨宮ブログ」には、微妙すぎて書けない、いろんなこと、ぼくと則子さんの会話など、記録して次の世界に伝えていきたいという思いで、「(仮題)雨宮夫ート」の執筆を始めます。
則子さんの言う「自由な智彦くん」の思想と、「自由な則子さんの行動」を、現在と過去にさかのぼって考えていくノートです。
則子さんに、「ぼくが死ぬ前か、死んだ後に、そのまま出版してね」と遺言してあrます。
☆
則子さんは、朝からお昼まで、選挙ボランテイアで、選挙カーのアナウンサーで乗りました。午後は、2時から裁判所(静岡地裁浜松支部)で、浜松基地自衛官人権裁判のときに、いっしょに事務局をしたOさんの解雇撤回裁判を、初めて傍聴に行きました。
12月8日の太平洋戦争開戦日の、浜松駅前での浜松母親連絡会の「赤紙配り」に参加したときに、ちょうどOさんが通りかかって、則子さんに、「よかったら傍聴に来て」と話してくれたそうです。
今まで、あまり、知らなかった「ユニオン」の皆さんのたたかいにも、目的が一致すれば、思想信条を越えて、協力したいね、と、則子さんと一致しました。
☆
今年も浜松市原水協で「いわさきちひろカレンダー」を普及しています。欲しい方は、メールください。1本1270円です。
写真は、いわさきちひろさんの文庫本です。