雨宮智彦のブログ 2 宇宙・人間・古代・日記 

浜松市の1市民として、宇宙・古代・哲学から人間までを調べ考えるブログです。2020年10月より第Ⅱ期を始めました。

雨宮日記 2019年5月31日(金)の1 平和行進交流会のビデオ処理

2019年05月31日 05時54分15秒 | 雨宮日誌


雨宮日記 2019年5月31日(金)の1 平和行進交流会のビデオ処理

 小型カメラで撮影した平和行進交流会のビデオの画像を処理する。「処理」とは小型カメラの32ギガSDカードに入っている画像をパソコンに取り込んで、予備にHDD(ハードディスク)にもコピーしておくってこと。

  動画は5つ。最大29分で合計1時間半ぐらい。9ギガで32ギガSDカードの容量は十分あるのだがバッテリーがなくなった。

 バッテリーを新しく買うか、別の新しいカメラを買うかですね。どうするかな。

   画像はあんまり拡大しすぎると、かなり揺れがひど。だいたいは使えるのでホッとする。ボクの映像とN奧さんの撮った映像があれば、なんとか交流会ビデオはできそう。

 昨日の則子さんが買って持って行ったアイスコーヒーはおいしかったな。

 今日は平和行進静岡県内最終日。湖西市鷲津駅前からお昼の新所原での愛知県への引き継ぎ集会まで。

 


雨宮日記 2019年5月30日(木) 平和行進浜松第3日

2019年05月30日 23時05分23秒 | 雨宮日誌

雨宮日記 2019年5月30日(木) 平和行進浜松第3日

 午前9時すぎにN夫妻に車で迎えに来てもらい、いっしょに舞阪協働センターへ行く。午後の平和行進交流会の準備。

 午前11時半、平和行進が到着。お昼のお弁当を食べてから、交流会。すごく感動。やはりビデオを創らなくては、と決める。

 則子さんは今日で平和行進はおわり、いろいろあったけど、ごくろうさま。

 


雨宮日記 2019年5月28日(火) 頭の痛みは薄らぐ

2019年05月28日 15時26分29秒 | 雨宮日誌


雨宮日記 2019年5月28日(火) 頭の痛みは薄らぐ

 昨日より頭の痛みは薄らいだけど、まだ時々、ズキッとする。もうすこししんぼう。

 今日は天竜→浜北平和行進。すこし雨に降られるか。

 明日は東部、浜北、基地から3コースを集中平和行進。

 川崎でスクールバス襲撃。被害者2人死亡。必然性がない殺人だけに悲酸。これもテロ?といえるのだろう。多くの連鎖で成り立っていると思う。

 


雨宮日記 2019年5月27日(月) 暑い日、頭が痛む

2019年05月27日 22時28分34秒 | 雨宮日誌


雨宮日記 2019年5月27日(月) 暑い日、頭が痛む

 むかしから時々、出る症状なので心配はしていないけど、頭の中の1ヶ所が痛い。季節の変わり目に出るらしい。

 今日はフトンの上でゴロゴロしている。則子さんが心配してくれて「風邪なの?」とか「いろいろ心配なことが多くてストレス?」とか言ってくれる。

 たぶん明日には治る。血圧も測ってもらったら120台。だいじょうぶ。

  ☆

 則子さんは右足の指がまた悪くなって飯尾皮膚科へ行って、劇的によくなる。元気になって1日中、平和行進の準備で飛び回っている。まあ、ぎりぎりなんとかなったかな。

 暑くなるとボクと則子さんの「寒いから閉めて」「暑いから開けよう」という開閉論争がひどくなる。こういうのは声の大きい方が勝ちっていうこともあるし、実力行使した方が勝ちということもあるし。

 微妙です。ボクとしては風邪をひかないようにしたいです。

 


戦争と平和 30 ステルス戦闘機F-35の値段は?

2019年05月27日 13時38分38秒 | 戦争と平和


戦争と平和 30 ステルス戦闘機F-35の値段は?

 昨日、話題にした「戦争と平和 29 ステルス戦闘機F-35はレーダーで見えない? 20190526」の「ステルス戦闘機F-35」の値段はいくらなのか?

 ボクが見た文献には「118億円」とか書いてあって、ボクはそんな安くなないだろうだろうと思った。118億でも高いでしょうけど。

 そこで3月に出たばっかりの小泉親司(ちかし)『今日の「日米同盟」を問う』学習の友社、を読んでみた。

 143ページに「F35A購入予算 防衛省資料より」というのが出ている.以下のとおりです。
 A 単価 B 関連経費を足した単価
 2012年  96億円 143億円
 2013年 140億円 237億円
 2014年 159億円 249億円
 2015年 172億円 202億円
 2016年 181億円 232億円

 「B 関連経費を足した単価」はボクが計算したものです。

 ですからおおよそ2百数十億円ということでしょうか。戦闘機なるものは高価な電子部品の塊です。年々上がって、まだこれからも上がり続けるのでしょうね。

 三沢沖で墜落した機体は140億円と記事に出ていました。

 


戦争と平和 29 ステルス戦闘機F-35はレーダーで見えない? 20190526

2019年05月26日 09時21分28秒 | 戦争と平和


戦争と平和 29 ステルス戦闘機F-35はレーダーで見えない? 20190526

 三沢基地の航空自衛隊ステルス戦闘機F-35が海に墜落したのは4月9日。いまだに機体の一部が見つかっただけでパイロットの遺体と機体の大部分は見つかっていない。

 墜落の時、新聞に奇妙な記事が出た。ボクは奇妙だと思うので以下に紹介する。

 『中日新聞 4月10日(水曜日)』(29)面「F35Aが同基地の東方約百三十五㌔付近の太平洋上を飛行中、レーダーから機影が消えた。」

 『赤旗 4月11日』(1)面「レーダーから消え連絡が取れなくなりました。」

 つまり、味方のレーダーで味方の「ステルス機」は見えるのです。それでは簡単に敵にミサイル攻撃されてしまうでしょうと思うのですが。

 新聞が同じ表現なので実際に三沢基地のレーダーで「機影が消えた」のではなく、実際には見えていなかったが「そう発表しろ」という上からのお達しで防衛省発表がそうなったという可能性はある。

 雑紙『軍事研究』にチベットに新規配備された中国空軍のステルス機がインド軍のレーダーに捕捉されたという話も載っていた。

 それはフェイクもあり、擬装もあり、タヌキとキツネの化かし合いのような話だ。ほんとうのところは判らない。

 「矛 ほこ」と「盾 たて」のような真実が定かでない話です。

 いちばん威力が増して欲しいのは「味方の攻撃力」と「味方の防御力」で、いちばん威力が減って欲しいのが「敵の攻撃力」と「敵の防御力」。

 ところで浜松基地の航空自衛隊エイワックスのレーダーでF35ステルス機は見えるのでしょうか?

 エイワックスのレーダーで中国空軍のステルス機は見えるのでしょうか?

 


新・本と映像の森 267 高木仁三郎さん著『原発事故はなぜくりかえすのか』岩波新書、2000年、再録

2019年05月25日 21時20分03秒 | 本と映像の森


新・本と映像の森 267 高木仁三郎さん著『原発事故はなぜくりかえすのか』岩波新書、2000年、再録


 「原発の本 高木仁三郎さん著『原発事故はなぜくりかえすのか』岩波新書、2000年 2012年 原発を考える」の再録。

 多くの人に高木仁三郎さんの本を読んで欲しい。

原発の本 高木仁三郎さん著『原発事故はなぜくりかえすのか』岩波新書、2000年
2012年03月03日 05時28分32秒 | 原発を考える1

 高木仁三郎(じんざぶろう)さんは、知らない人は「もぐり」だというくらい「反原発」「脱原発」「原発ゼロ」(これらの言い方の「違い」、区別がつきますか?区別がわかっても意味ないですけど。ぼくは、すべて賛成です)の先駆者です。

 1961年に東大理学部化学科を核化学を専攻して卒業、日本原子力事業に入社しますが、1965年に退社、東大原子核研究所や東京都立大で研究者となります。

 高木さんは1973年に東京都立大を退職して、1975年に設立された「原子力情報資料室」の専従世話人となり「市民科学者」への道を歩み始めます。

 生涯をかけて原発問題に取り組み、2000年10月8日に大腸ガンで死去されました。

 この本『原発事故はなぜくりかえすのか』は、死去の二ヶ月後、12月20日に発行されました。

 「はじめに」で書かれているように、「1999年9月30日に茨城県東海村のJCO社のウラン加工施設の再転換工程において」おこった「臨界事故」「青い閃光」をきっかけに書かれました。

 たぶん、高木さんの最後の1冊だろうと思います。「遺言」?、そういう受け止めでも、間違いはないと感じる本です。

 「反原発」「脱原発」「原発ゼロ」など、原発反対のみなさんには必読の文献の一つだと思います。

 内容を明示するために、以下、本の目次を書き出します。 

  1、 議論なし、批判なし、思想なし
  2、 押しつけられた運命共同体
  3、 放射能を知らない原子力屋さん
  4、 個人のなかに見る「公」のなさ
  5、 自己検証のなさ
  6、 隠蔽から改竄へ
  7、 技術者像の変貌
  8、 技術の向かうべきところ

 目次に見えるように、高木さんは現状(絶望)と批判・未来(希望)とをワンセットとして叙述しています。

 2000年に出版された、この本の中で明確に「原子力村」という単語が使われています。

 「原子力村」という単語を使ったのは、高木さんが最初でしょうか?それとも先駆者がいたのでしょうか?

 いずれにしろ、原発ノーの立場の方には、これらの新書や文庫の高木仁三郎作品群は、必読ですね。

 収入に余裕のある方は、七つ森書館から発行された『高木仁三郎著作集』、全12巻、2004年発行、定価7万8千円、がおすすめです。ボクは年間収入200万円以下の「貧乏」階級ですので、購入できません。

 収入に余裕のない方は、住んでいる自治体の図書館で「読みたい」と請求してみてください。

 

 


雨宮日記 2019年5月24日(金) 暑い日、来週の天気が気になる

2019年05月24日 21時26分16秒 | 雨宮日誌


雨宮日記 2019年5月24日(金) 暑い日、来週の天気が気になる

 今日は夜、則子さんとボクとNくんの3人で平和行進交流会の準備をする。

 主に被爆の紙芝居の最終調整。セリフ直しをする。則子さんが語りをする。

 20分の基地ビデオは、まだこれから微調整。当日まで直すつもり。

 今週は来週の平和行進浜松の日、28日から30日の天気が気になる。いまのところ、、28日がすこし雨、29日と30日は曇りのようです。まあまあかな。

 快晴よりは曇りのほうがいいです.

 ☆

 国会は丸山議員(維新が除名)の「戦争!」「女!」発言の収拾。2つの発言は別のことではないと思う。綿密につながっていると思う。

 


新・本と映像の森 266 高良勉『沖縄生活誌』<岩波新書>、2005年

2019年05月24日 11時01分36秒 | 本と映像の森


新・本と映像の森 266 高良勉『沖縄生活誌』<岩波新書>、2005年

 たからべん。岩波書店。211ページ、定価本体700円。浜松市立中央図書館蔵書。

 沖縄を季節に分けて、民俗と歴史と政治を語ってくれる良書。ボクは推薦します。著者は1976年に静岡大学理学部を卒業、沖縄県立高校で教師となる。

 詩人でもあり、詩集・著書多数。

 項目でボクがおもしろいと思ったものを上げておく。

  をなり神    をなり(姉妹)が兄弟の守り神であるという琉球孤の信仰(p11)
  旧正月と豚 沖縄では戦後も豚や山羊を1頭丸々自分たちで料理して利用した
  グソーの正月  グソー(後生)とは死んだ人々。
  鬼餅 「鬼餅の神話」がすごいです。(p32~33)
  ウタキとグスク 集落ごとのウタキ(御嶽)もグスク(城)も沖縄の聖地。
  清明祭 シーミー際。ウシーミー。4月
  チャンプルー  語源はインドネシア語かも知れない(p64)
  スクだより スクはアイゴという魚の稚魚。毎年夏の大潮の日にやってくる
  カジマヤー カジマヤーとは風車。「カジマヤーの祝い」は97才の祝い。

 著者はこう書いています。

 「戦後沖縄の歴史で、「島ぐるみ闘争」と呼ばれる闘いが4回ありました。」(p110)

 1回目は1956年~1958年。

 2回目は1960年代の「祖国復帰運動」。

 「第3の島ぐるみ闘争は、1971年に2度のゼネラルストライキとして爆発しました。これらのゼネストは、復帰運動の延長としての側面もありますが、日本の歴史の中で2度もゼネストを決行したのは沖縄だけですので、特筆に値すると思われます。」(p111)

 2ページあまりの叙述ですので著者の「2」と「3」を分ける意味が不明ですが、やはり「3」は「2」の発展形と見なすべきではないでしょうか。

 著者のいう「第4【ボクの言う第3】の島ぐるみ闘争が1995年に起きました。」(p112)

 問題はこの1995年に始まった島ぐるみ闘争が2019年のいままで続いていると言っていいかどうか。続いているとしたら、その中でどう変化があるのかどうかです。

 1995年から現在まで24年、やはり沖縄県知事のところが頂上かなあと。

 引き続き考えます。

 


ことばと詩 12 闇と光 ⑤ 「光は闇と交わらない!」

2019年05月23日 14時37分01秒 | ことばと詩


ことばと詩 12 闇と光 ⑤ 「光は闇と交わらない!」

 これは「本と映像の森」でやった方がいいという気もするが。
 
 永井豪とダイナミックプロ『デビルマンレディー 7』(モーニングKC、講談社、1999年)のp69~72。

 女性主人公ジュンの親友・外人女性アスカに謎の男性が呼び掛ける。

 「ヘビよ・・・・・・光より出でし蛇よ」

 「お前が
  妊娠など
  するはずが
  ないのだ
  なぜなら!
  光は闇と交わらない!」

 「その身を
  闇の中に
  置こうとも・・・・・・
  光は光だ!」

 その謎は最終巻で解けるのですが・・・。

 これって闇と光の話っていうよりSFのジャンルの話でしょうか。一般の人にはわからない?キリスト教徒でもわからない?

 


過去現在未来のメモリーノート 62 「弁証法哲学 hp原稿 2006初稿」 20190523

2019年05月23日 10時56分00秒 | 過去現在のメモノート


過去現在未来のメモリーノート 62 「弁証法哲学 hp原稿 2006初稿」 20190523

 2006年、つまり13年前に書いた原稿が出てきたので、ここに載せておく。無意味ではないと思う。

 ほとんど井尻正二さんの影響下にあると思う。

 現時点では、ぼくたちの哲学は「唯物論+形式論理学+弁証法」というのが正しいと重う。「弁証法的唯物論」または「唯物弁証法」だけでは間違いというボクの結論です。

 以下、引用。

「弁証法哲学 hp原稿

目次

形式論理と弁証法論理 2006/2/24初稿
展開と発展 2006/2/24初稿

本文

形式論理と弁証法論理

 世の中には、形式論理に従う事物と、弁証法論理に従う事物とがあります。通常の機械や建物は、形式論理に基づいて、建設されます。

 論理学の初歩は、まず形式論理学で、A=A、です。建てた家Aが、勝手に家Bになったりしたら、あぶなくて家に住めません。
 
 よく弁証法でいう「対立」の実例としてあげられる、「上と下」「北と南」などは、形式論理学的な事物の問題ですから、弁証法の実例としてあげられるのは不適当であると考えられます。

 また、機械的な位置移動運動や力学的運動にも、弁証法は該当しません。

 弁証法論理に従う事物は、こういう形式論理学に従う現象とは違って、自ら変化発展していきます。

 たとえば生命の成長や生物進化、社会発展などの現象です。

 マルクスは、資本主義社会の発展を『資本論』で詳細に分析して、その発展を跡づけました。

 このような弁証法哲学の初歩を、いろいろ考えていきたいと思います。

 (2006/2/24up)

 

 展開と発展


 弁証法の教科書にも、しばしば混同されているのが、「展開」と「発展」です。

 「展開」とは、たとえば蝶が卵から誕生して毛虫になり、成長して蛹になって、蝶になるような、あらかじめプログラミングされた決定された過程です。

 条件によって、死んだりしてしまうことはありますが、魚でも、雄が雌になったりすることはありますが、たとえばアゲハチョウがアゲハチョウ以外の種になることはありません。

 これにたいして、「発展」とは、もっと飛躍と可能性に満ちた、プロセスであって、生物進化や社会発展のように、あらかじめ、どんな進化がおこなわれるか、どんな社会に発展していくか、詳細に定められているわけではありません。
 
 生物進化の歴史では、しばしば生物種の大量絶滅をおこすような危機的な地球環境とそれを乗り越えて、新しい生物が誕生することが何回もありました。
 
 このような「発展」の真の姿を考えていきたいと思っています。
 
(2006/3/1up)」


 これに関連して去年、載せた「過去現在未来のメモリーノート 25 哲学の基本概念「弁証法」について」をそのままコピーしておく。今はあんまり、これを思考する時間というか精神的余裕がないので。


「過去現在未来のメモリーノート 25 哲学の基本概念「弁証法」について
2018年07月27日 06時43分13秒 | 過去現在のメモノート

過去現在未来のメモリーノート 25 哲学の基本概念「弁証法」について 

哲学の基本概念「弁証法」について

 哲学の本には、よく「弁証法」のことが出ている。その「弁証法」がすべての現象に妥当するかのように書かれているとボクはウソと言いたくなる。

 弁証法がすべてに正しい現象であるというのは証明されていないことだと思います。証明しているという人はそれを見せて欲しい。

 ボクはやはり「弁証法」というのはすべてに普遍的に妥当する現象ではなく重要ではあるが部分的現象であると思う。

 では世界はどうなっているか。

 以前書きかけた小論の目次を借りよう。こう書いた。

 「1、形式論理学でつくられる「展開しない」・「発展しない」事物
  2、あらかじめプログラミングされた弁証法的「展開」をする原子や分子、生物
  3、生物進化・人間の歴史=社会発展は結果の未定な「発展」」

 つまり、この3つの異なる事物を峻別することから哲学を始めたい。まず「展開」「発展」のない非弁証法的な事物と弁証法的な事物を区別すること。

 つぎに弁証法的な事物のなかで「展開」と「発展」とを区別すること。以上のことは端緒でであり、すべて今後の論述による。

 自分でも未成熟な言い方であり何かが欠けているような気もするが現時点の思考として、書いておく。

 以上は古生物学者井尻正二さんの論著に多くをよる。ただし井尻正二さんの主張がすべて正しいと言っているわけではない。」

 

 


ことばと詩 11 闇と光 ④ 「闇がなければ星も光らない」

2019年05月22日 16時03分44秒 | ことばと詩


ことばと詩 11 闇と光 ④ 「闇がなければ星も光らない」

 小説家の故平井和正さんの決めぜりふですが、いま原書該当ページが不明。小説『幻魔大戦(角川文庫、全20巻)』の著者解説のどこかだったと思うのですが。現在未発見。発見次第補足します。

 闇と光が一筋縄ではいかないように、平井和正さんの「幻魔世界」も闇と光、星と暗黒があっというまに逆転する世界です。

 ボクにとって「闇がなければ星も光らない」ということばは、机の上に書いておいてもいいキーワードです。

 


雨宮日記 2019年5月21日(火)の2 河岸清吉さん没する

2019年05月21日 17時47分47秒 | 雨宮日誌


雨宮日記 2019年5月21日(火)の2 河岸清吉さん没する

 浜松市は午前7時34分、芳川で午前8時06分「避難情報発令(馬込川)」をメールで出しました。これについてはまたどこかで触れます。

 午前中で雨があがったので、則子さんは午後、長女のところへ子守り(孫守り)に行きました。



 今日の『しんぶん赤旗』に元浜松市議の河岸清吉さんが亡くなったとの死亡記事が掲載されていました。

 則子さんの保母生活でも、平和運動でもいっしょにいろんな苦労をされた方です。87才ですからボクの20年年上になります。晩年は認知症だったようです。お疲れ様でした。

 


ことばと詩 10 闇と光③ 聖書・福音書より 20190521

2019年05月21日 11時47分14秒 | ことばと詩

ことばと詩 10 闇と光③ 聖書・福音書より 20190521

 『新約聖書』の『ヨハネ福音書』の冒頭に闇と光が出てきます。

 「世の始めに、すでに言葉(ロゴス)はおられた。言葉は神とともにおられた。言葉は神であった。この方は世の始めに神とともにおられた。一切のものはこの方によって出来た。出来たものでこの方によらずに出来たものは、ただの一つもない。
 この方は命をもち、この命が人の光であった。この光はいつも暗闇の中に輝いている。しかし暗闇のこの世の人々は、これを理解しなかった。
 そこで一人の人がこの世にあらわれた。神から遣わされたのである。その人の名はヨハネ【『ヨハネ福音書』の「ヨハネ」とは別人。預言者ヨハネのこと】。この人は証(あか)しのため、すなわち光について証しをし、彼の証しによってすべての人を信仰にいれるために来たのであった。彼は光ではなかった。ただ光について証しをするために来たのである。」
 (塚本虎二訳、岩波文庫『新約聖書 福音書』p275)

 ここでは言葉(=ロゴス)がイエスと同一視され、光とされています。その解釈についてはキリスト教の解説書を参考にしてください。

 ここでは深入りしません。次へ行きます。

 ところで「ヨハネ」は英語では「ジョン」になります。おもしろいいですね(続く)