東海の古代史 沼津市の初期古墳・前方後方墳の「高尾山古墳」
『読売新聞 2012年2月27日(月)』(33)面に「焦点 高尾山古墳保存か 道路建設か 沼津市教委調査書、来月提出」という記事が載っています。
この高尾山古墳(以前は「辻畑古墳」といっていた)は、沼津市にある前方後方墳で、全長62m、全幅は32m、後方部の上に神社があることが特徴的です。
つまり、古墳と神社が近接してあるのではなくて、古墳の上に神社があるという「直接的」な話です。
この高尾山古墳が問題になっているのは、沼津市の交通渋滞を解消するための市道の建設がすすんでいて、高尾山古墳をつっきる予定なことです。
そしてこの古墳周濠(しゅうごう)から出土した「高杯(たかつき)」が卑弥呼の時代、西暦230年代築造という証拠とされて問題になっています。
「最古」なら保存すべきで、「最古」でなければ破壊してもいいという、心情・信条は、おかしいでしょう?
この土器は、たぶん「庄内式土器」でしょうけど、これを3世紀と断定する学説は、むりで、ぼくはたぶん、4世紀の土器と思っています。
同じように「三角縁神獣鏡」が出た古墳は「卑弥呼の時代」というのも、むちゃくちゃな話で、たぶん4世紀の古墳と、ぼくは思います。
今日は語りきれないので「前方後方墳」については、別考します。