原発を考える 『静岡新聞4月16日』「論壇」の「科学力」
◎あまりにも馬鹿馬鹿しいので、きちんと「1市民」の意見を言うべきだと、書きました。明日、静岡新聞社に電話してから、ファックスで送信します。
『静岡新聞』にとっても、屈辱の「論壇」ではないかと思います。
『静岡新聞』「論壇」執筆者・屋山太郎氏の「科学力」
2014年4月20日
雨宮智彦
『静岡新聞 2014年4月16日』(2)面「論壇」で屋山太郎氏(政治評論家)が「政府のエネルギー基本計画」と題して書いている。いくつか、屋山氏の論点を見ていこう。
① 「広島で亡くなったのは原爆の火で焼死した人たちであって、行き残った人たちが特に高い比率でガンなどにかかっているわけではない」のだそうだ。「資料あり」なのだそうだ。
新説である。いや珍説か。
広島や長崎のことを少し勉強すれば周知のことだが、原爆のエネルギーは熱線と爆風と放射能に分かれる。もちろん爆風で死んだ人もいる。放射能で死んだ人も多い。広島で被爆治療にあたった肥田俊太郎氏によれば、被爆直後の急性放射能症で亡くなった人は広島で2万7千人、その後の晩発性の白血病やがんで亡くなった人も多い。
もちろん、受けた放射線量に比例してガンや白血病などの症状が増加することを否定する人は専門家でも政府でも誰もいない。論争になっているのは低線量の場合だけだ。屋山氏を除いては。屋山氏がどんな「資料」を持っているのか、公開して欲しいものだ。
② 「「歴史通」3月号で渡部昇一氏は「この広島の原爆に比べると福島の原発事故による放射線量は1700万分の1」にすぎない」と語っている」のだそうだ。
最初、この数字を読んで「あまりにもひどい誤植だ」と思った。あるいは渡部昇一氏が勘違いして誤植の数字なのか。広島原爆と福島原発事故の放射能量を科学的に計算過程を明らかにして比較した方はたくさんいますが、すべての数字が福島原発事故の放射能量は広島原爆の放射能量の数十倍から百数十倍だ。
渡部さんはどこから「1700万分の1」などという無知にして無恥な数字を書き、屋山さんも、それをそのまま自分の「無科学」「非科学」を証明するように引用してしまいました。
たぶん、屋山さんは、100万キロワットの原発は,1年間運転すると、広島原爆の100個分以上の放射能を蓄積することなど知らなかったのだろう。
知らないことは書かない方がいいと思う。。
それにしても『静岡新聞』を読んで、こんなに大笑いしたのは初めてで、こんな「論壇」では、静岡新聞の記者さんたちも極めて恥ずかしいだろうと思う。
③ 日本では放射能業務に従事しない一般市民の年間「被ばく線量」は「1ミリシーベルト」である。屋山氏が誤解なのか,意識的にか書いている「安全基準」ではない。放射線には「安全基準」ではなく、その線量を浴びることがたとえばX線照射のように医学上の利点があるから照射をするのだ。
④ 「強制移住で亡くなった人高齢者は40人以上に達した。」と書いてあるが「強制移住」ではなく「原発事故による避難」です。亡くなったのは「原発事故関連死」です。
住民は「移住」した覚えはありません。「避難」しているのです。ただ「避難」してそのまま「帰らない」選択もあるというだけです。「強制」という言葉は「強制収容所」を連想させる否定語で、そのときにどうしても必要だった住民の健康を守るための「避難」を否定するのは、放射能軽視派の無駄なあがきにすぎません。言葉は正確に使おう。
⑤ 「米経済誌フォーブスによるとエネルギー関連の死者は、原子力で90人」とあるが、明らかに少なすぎるように思う。いつからいつまでと銘記してないのも科学の数値としては論評しようがない。日本の原発労働者の労災死、今回の福島原発事故による死者、チェルノブイリ事故の従業員死者、チェルノブイリの放射能による住民死者は明らかに極めて過少に見積もられている。
⑥ 「エネルギーで比べると原子力は化石燃料の100万倍」だけは正しいかな。でも、「当然、廃棄物は少ない」という「当然」という言葉は、前後で意味がつながっていない。何の数値が「少ない」のかも意味不明だ。体積?重量?その「廃棄物」の中に猛毒の「放射性廃棄物」は入らないのか?別なのか?
⑦ 「全世界で450基が稼働をやめない」と言い「稼働をやめた原発」は一切無視している。だから、屋山氏は、A 原子炉より他にいいエネルギーはある B 科学の発展で原発の危険はしのげない、と確信している原発廃止の具体的動きを語れない。世界の原発の動きを語るなら、原発を推進する動きと原発をなくしていく動きの両方その相克を語らずに、世界の原発の動向はわからないのではないか。
⑥ 「函館市の住民はそれほど科学に強いのか」と皮肉ったつもりの屋山氏の実際の「科学力」は、①や②に代表されるように、かなり低レベルだったようだ。いや「科学」のレベルではなかった。
どう見ても屋山氏は「政治」の知識は少しはあっても、「科学」「原発」「放射能」の知識はなく、どうみても「科学に強」くはないようである。こういう人を、「大衆は愚」だと下に見る目線の、エリートの「イデオロー愚」というのである。
なお『静岡新聞』さんは、自らの名誉を守るため、事実だけでも「訂正」記事を出した方がいいのではと思う。