雨宮日記 10月4日(日)の2 「中日新聞」掲載の戦争直後の浜松南部の洪水展を見に行きました
則子さんは、今日は夜勤の明けで、午前10時頃に帰ってきて、午後は眠ります。
ぼくは「中日新聞」に3回連載で掲載された、終戦直後の浜松の大雨で堤防が決壊した南部の洪水展示を見に、南陽協働センターに行ってきました。
その洪水自体を知らなかったのですが、さらに衝撃的なのは川が決壊した原因は、戦争中に軍隊が本土決戦のために、川の堤防に号を掘って、そここれら水が流出して堤防が決壊したということでした。
つまり、堤防の川の内側と、外側に穴を開けたということです。
バカか?!
このあと浜松市役所ロビーでも展示されるそうですので、みなさん見てやってください。
証言も読む価値があります。
則子さんは、今日は夜勤の明けで、午前10時頃に帰ってきて、午後は眠ります。
ぼくは「中日新聞」に3回連載で掲載された、終戦直後の浜松の大雨で堤防が決壊した南部の洪水展示を見に、南陽協働センターに行ってきました。
その洪水自体を知らなかったのですが、さらに衝撃的なのは川が決壊した原因は、戦争中に軍隊が本土決戦のために、川の堤防に号を掘って、そここれら水が流出して堤防が決壊したということでした。
つまり、堤防の川の内側と、外側に穴を開けたということです。
バカか?!
このあと浜松市役所ロビーでも展示されるそうですので、みなさん見てやってください。
証言も読む価値があります。