日本古代史の本 雑誌『サライ 2013年1月号』「法隆寺」特集
今朝、いきつけのローソンで見たので、衝動買いしましたが、なかなかよさそうです。
A4判のカラー誌面で、26ページから71ページまで、45ページの総特集「法隆寺 サライはこう歩く」です。
法隆寺の主な建物や、主な仏像や図画など、詳しい地図とともに掲載されていて、法隆寺の全体像がよくわかります。お勧めです。まだ、本屋さんにあると思います。
最近は、雑誌で、こういう役に立つ「総特集」が多くなりました。
ただし、法隆寺が「世界最古の建築」であることは事実ですが、聖徳「太子信仰」と、ウマヤド皇子の事実とは区別しないと、歴史学にはなりません。
30pに「法隆寺を創建された聖徳太子は、604年(推古12)に日本という国の方針を示す『17条憲法』を制定し」と書いてありますが、『日本書紀』によれば当時の「天皇(たぶん、当時は「大王」)」は「推古天皇」で、当時は、まだ「皇太子」制度もありません。
つまり「ウマヤド皇子(後世には「聖徳太子」と呼ばれた)が、推古天皇を差し置いて「17条憲法」を制定したというのは、現代でいえば「日本国首相」を無視して、「日本国憲法」の上では何の権限もない「野田首相の息子」が「新しい憲法」を制定したというような話です。
むりです。
「無理が通れば道理は引っ込む」ですので、法隆寺とウマヤド皇子についての「無理」と「道理」の本は、事実に基づく理性を保つために、いくつか紹介したいと思います。
過去に法隆寺関係では、「玉虫厨子」についてだけ、以下に書きましたの、参照してください。
当時の朝鮮半島で高句麗、新羅、百済の3国が抗争を続けていて、ウマヤド皇子は、どちらかというと、西の百済系ではなく、東の新羅系につながる皇子の可能性があります。
本と映像の森 157 映画「海峡をつなぐ光」をまだ見ていませんが 2011年07月15日
残念ながら、お休みも、お金もなくて、まだ法隆寺に行ったことがありません。
「なぜ、見たことも、いったこともない場所について、発言できるのですか?」と聞いたあなたへ、お答えします。歴史学は、歴史学者が、実際に見たことも、体験したこともない時代について、考え、再構成した学問です。いま生きている人は、過去に生きていません。
そこに生きている、ということと、そこの真実がわかる、というのは別なんだと、思います。
もう一度 お願いです。
私は 古代史を語るには
古田武彦より石渡信一郎からだ
と信じています。
石渡信一郎の 『完本聖徳太子はいなかった(760円)』
をよんで感想聞かせてください。
日本書紀は 実在大王 アマノタリシヒコのことを
蘇我馬子&用明天皇&聖徳太子の3人に
分けて書いています。