銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

トーマス・マンの魔の山は、結核の話だけれど、ここ雪ノ下の谷戸は謀略の渦巻く意味で、魔の山である。

2015-05-15 22:58:39 | 政治

 これは、いまだ整理中のものです。非常にごたごたしていますので、明日の夜まで、完成についてはお待ちいただきたく。私の心は整理されているのですが、起きている事象が複雑で多岐にわたるので。ただ、明日は同窓会なので、明後日にまで持ち越すかもしれません。ただ、16日の夕方5時にいったん初稿を完成させたのですが、夜6時に外出しようとしたら、安野家で、この文章の中でも重要なモチーフの一つとなっている例の   【ドアを、ぴしゃーっと大音響で開け閉めする脅かし策が、またおこなわれた】  ので、蛇足(または、結論)を付け加えます。

副題1、『皆様は、復興特別税をご存知ですか?』

 最近の私は、いつも、途中で、字数制限に引っかかったり、自分自身の体力が無くなったりして、不十分なところで、ブログを終わらせてしまっております。書き始める前は、そこで、終わろうと、頭の中では思っていた部分まで書けないで、ストップすることが増えております。母の見舞いもあった時期の方がずっと、つらかったのに頑張っていました。しかも、その頃はまだ持っていた大アーチストになる夢も、今は捨てていて、本も出版していないし、個展もやっていないのにです。

 その理由は、一つには年取って来た(特に70歳を超えた)と言うことがあるでしょう。しかし、もう一つ、大きな理由があります。それは、思っていることの開示量が増えたということなのです。それで、だいぶすっきりと、文章をかける様になったからです。特に『3.11が人工的に生起されたものであり、そのアイデアを、出したのは井上ひさしである』とまで、言い切ることができて、それは、相当に満足をしています。彼が日本海溝に設置されていただろう水爆のスィッチを入れたとまでは、思いません。それは、別の人間であろうし、アメリカ軍(または、CIA本部)に、そのアイデアを、伝えた人間が誰かも知りません。

 しかし、大まかに言って、あの大地震も、私が普段、鎌倉エージェントと呼ぶ人々の、利害関係と、つながっていることは確かです。それだけを、言明できただけでも、御の字なのです。

 私は、600円強の復興何とか税と言う、東北を支援する税金を払いました。確定申告をする人間が、日本全国に何人いるか知りませんが、想像で言って、1000万人いたと仮定をしてみましょう。その人々が、平均2000円の復興特別税を支払ったとしても、軽く、200億円です。いや、もっと多額に収税しているでしょうね。それで、除染とか何とか、莫大に、無駄な方向に、お金が使われてしまった模様です。そういうお金を支払わされている、のが、現在の、日本人です。特に都会に住んでいる人々です。どうして『無駄な方向に』と言うか、と言うそのわけは、安倍さんのしていることは、すべて、『原発事故なんて、たいしたことはないんですよ』と言う方向で、お金を使っているからです。だから、安倍さんはアメリカで、国賓待遇を受けるのですよ。

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副題2、『前田さんと、小野寺夫人は、二人で結託をして、私を【あたかも犯罪者のごとく】扱ったのだ。恐ろしい人たちである。この山はまるで、魔の山だ。トーマスマンの小説と違って、結核療養所ではないものの、心理的な面で、魔の山である・・・・・しかし、だからこそ、私は神の祝福を受けるのだった』

 私のこの10年間はすさまじい苦労の連続でした。真夜中に、プリンターがカタカタ言い出して脅かされたり、泥棒に、すさまじい回数、入られました。一部はご近所様が嫌がらせの為に入っているのではないかと思います。

 今回、前田祝一氏、大原光孝さん、小野寺夫人のトライアングルでの、小賢しい動きに、耳をそばだて、嫌がり、したがって、いきさつ解明の文章を書いたのも、

 *1、 小野寺夫人が先週、木を伐りますと、知らせてきたこともあり・・・・・これが、今日の文章の、重要なテーマとなります。

 *2、 高価なティー・スプーンが、私の留守中に、自分から(?)移動をしたり、壁にある額が、これも留守中に、すべて、左側だけ、3cm下がっていた事が続いて時期があり、・・・・・それは、大原光孝さんと、関係があり、・・・・・そのスプーンはクロームメッキでできているのだけれど、その件を文章で書いたとたんに、NHKニュースが、クロームメッキは国が禁止したというし・・・・・

 *3、 真夜中にお隣からを装って、石を投げつけてきた人間があり・・・・・これは実験で確かめたが、お隣ではなかった。これだけはお互いに、納得をしあっている。だがお隣はそれ以外で、恐ろしいことを数々やって来ている。全部、前田・安野軍団に、教唆され同調した結果だと思われる。24時間、緊張して警戒していないといけないので、大変だ。

 *4、 ぴしゃっと、神経に触る音を立てて、お隣が、昼間だけど、玄関戸を開け閉めしたことがあり・・・・・それは、前田夫人が、私の猫を脅かすために、あそこの家の雨戸を昼間だけど、ぴしゃーと閉めた事案の再現でもあり、・・・・・つまり、リメイクすることによって、以前のいやらしさや、恫喝の意味を、『そうではないのだ』と言う為のリメイクだったが、

 *6、 玄関の前に、一時期使っていたナンバー錠の組み合わせ番号を書いた紙がわざと落ちていたり、・・・・・これは昼間の話だが・・・・・

 *7、 私が当時は、これは危険だろうと思って、下書きをパソコンで書いたが、公開してはいなかった文章を、誰か別の人間がプリントアウトして、ちょうど、開いておいた玄関から入って、ソファーの上に置いて帰ったり、

 *8、 リフォーム工事をする前の、古いトイレのべニアでできたドアに、私の留守中に、黒いマジックで、矢印を書いて帰った人間が居たり、

 *9、 留守中に、パンツが、二番目の引き出しから、四番目の引き出しへ移動をしていたり、

 *10、絶対に、二階の寝室では、新しいパンツの袋など開封はしないのに、留守中に、『美脚 アンド 美尻』と言うラベルが落ちていたり・・・・・これは、最近のアンアンが、特集をした。それもリメイクであろう。我が家に落ちていたのと、まったく同じ字体の、同じデザインのタイトルだった・・・・・

 など、など、あまたの嫌がらせと恫喝が、行われてきていたのでした。それを私はひとくくりで、泥棒が入るので、困る・・・・・と言う形であらわしているのですが、こういうことを全部耐えているのですから、そりゃあ、太っ腹にはなりますよ。そして、大原光孝さんより、はるかに頭がよくなるというわけです。まるで、レントゲン写真を撮る様に、彼の考えていることなど、すべて、分かっているのです。特にスプーンや額の時期からね。それは、五年は前でしたでしょう?

 特に今回、小野寺夫人のことについては書かせたくないと、前田祝一氏が思って、あれこれ、工作をしたとしても、それを、自分でやるのならともかく、大原光孝氏にやらせたとは、『前田さんは、記憶力がよほど、悪いのかしら?』と思うほどです。上の*印以下にナンバーを入れて、メモ形式で、書いた、すべての項目はどこかで、一度書いていますよ。もちろん、総タイトルには入れてはおりません。だけど、大原さんや前田さんみたいに、私がこのブログの中で、一度でも取り上げた人なら、ずっと継続して読まないとだめですよ。『あ、自分のことが、ここに、書いてある。と言うことは、あの罠がすでに、ばれている? 僕は勝ったと思っていたけれど、もしかして、そっちが買ったのかもしれない。それが、本当? と言うことは、いつかは、それが、書かれるのかな?』と思わないとだめですよ。だって、本当を言うと、もう、何もかも、ばればれにばれています。ただ、室内盗聴もあるから、それを、主人と論じることさえやっていませんけれどね。だけど、頭脳内引き出しには、きちんとおさめられております。

 この山の誰かが我が家のカギを持っていて、それを使って誰かが、額を動かしているのですが、それには、大原さんの関与が大きいと、ちゃんと以前に、暗示してあります。泥棒に入っているのが彼とは言ってありません。だが、この恫喝と脅迫は、彼のアイデアで生まれていることは確かです。

 この件の詳細ないきさつは、この章の中の後半で、語ります。

 トーマスマンに、【魔の山】と言う小説があります。それは、私は読んでいますよ。結核療養所の話です。だが、この鎌倉・雪ノ下の山こそ、心理的な意味での、【魔の山】です。

 デモね、最もすさまじい話は、ほぼ、二年前に起きた現象で、前田氏が小野寺夫人を巻き込んで、あたかも私が犯罪者のごとく演出したケースでしょう。まったく反対なのですよ。恐ろしい人たちだ。

前田祝一様、貴君に行動の自由があるのなら、私にも、その行為を記録する自由はあるでしょう?△

2013-06-11 15:31:49 | 政治
 
 これについて、再び書くのを阻止させるために、大原さんを借り出したのでしょう。だが、私は大原さんを全く好きではないし、信じてもいないので、すぐさま裏側が解るから、反対の方向へ出ますよ。それが、分からないのですか? 前田さん? 驚くほど、あなたって、頭が悪いんじゃあないですか? 何もあなたがやらなければ、ここで、大原さんのことも、蒸し返すことはないし、小野寺夫人がどれほど、悪辣な役割を果たしたかについても、ここで触れることもなかったでしょうに。

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副題3、『NHKの特報首都圏が、2015年5月15日に、食事さえ取れないほど、貧乏な人々の話を特集していて、つらくて見ていられなかった』

  上の方で、復興特別税が、ただ、無駄な方向へ使われていると言っています。だが一方で、信じがたいほど恵まれない人々もいるということです。恐るべき悲しい話を、NHKが特報首都圏で、語っていました。ほとんど見ていられないほどでした。

 私は上の副題2で、言っている様に、精神的に、痛めつけられた日々に、主人に、手紙で、悲しみやつらさを訴えたものです。ある日など、一晩で、A4の紙200枚もの手紙を書きました。電話だけではなくて室内まで盗聴をされているのが解っていましたのでね。その返事を短くくれていたものですが、そこに書いてあったことは、「お前ほど、恵まれていて、幸せなものはない。だから、そちらに目を向けなさい」でした。

 確かに、私は恵まれているところがあります。最近外人と一緒に、歌舞伎座四階で、一幕だけ立ち見をしたのです。演目は復活された歌舞伎18番の一つ、【蛇柳】で、舞踊が主たるコミカルな劇です。で、音曲が、メインなので、ヨーロッパ人にどうかなあと思ったのですが、喜劇なので、音曲もテンポが良く、歯切れがよいので、お二人の外人も、非常に楽しんだみたいです。蛇を象徴する踊りも意味を把握し、蛇のしっぽを担当する子役(?、または大部屋役者)のミツウロコの文様が、わかったみたいだし、見えを切るという誇張の意味も分かったみたいです。

 その直前に、新橋駅で、クリックミスで、パスもに5000円を入金してしまったので、手持ちの現金がなかったのですが、地下一階にATMがあると聞いて、すぐ、2万円をおろし、お土産を買い、もしかしたら、夕食をおごることになるので、それに備えました。私は今収入がありません。それなのに、お金を使う必要性ができたときに、自由自在に思ったとおりに行動をできるのは、親や夫のおかげです。それと、親が小さいころですが、何度も歌舞伎座に連れて行ってくれています。妹が生まれる前なので、6歳より前のことですが、歌舞伎座には何度も来ているので、気後れは一切しないのです。

 現在の海老蔵の、さらに切れ味鋭かった祖父の海老蔵の、判官・長ばかま姿も、ちゃーんと覚えているのですよ。左側から、えんじ色の長袴をさばきながら、それが、見えでもあり見せ場でもあり、観客がやんやの喝さいを送るセリフを吐きながら、階段を上がる、祖父の海老蔵を覚えております。それに無論の事、白い鉢巻を粋に巻いた白波五人男もね。それ以外にも今の時蔵の曽祖父にあたる時蔵(=背が高かった)とか、今の猿之助の祖父にあたる猿之助とか、玉三郎をずっといじめていたと言われる歌右衛門とか、ちゃんと動くイメージとして残っています。

 そして、その地下一階でおろした2万円で、ついでに、外人が喜ぶだろう根付とか、歌舞伎俳優の絵柄で包まれたお菓子とかを、買って、再び四階を訪れ、一幕を見終わった彼女たちと一緒に、銀座へ食事に繰り出したのです。銀座は三十年も歩き回っているので、三人でも、飲み食い入れて、2万円以内で、おいしく、食べられるところは知っているのです。処がなんとビルそのものがリフォームをされていて、目的のお店が無くなっていました。

 で、彼女たちをそれ以上、歩かせるのが気の毒で、近所にあった、ジョナサンに連れて行ったのです。それは、2チャンネルまとめサイトで、外人たちが、日本のファミレスをほめているのを見ていたし、在日外人が最も好むレストランが、サイゼリアだという情報も知っていたので、『申し訳ないけれど、これでいいかなあ』という感じでした。ところで、彼女たちは、ジョナサンでは、サラダのドレッシングが、一人ずつ、ガラスの容器に入ってくるのをほめていました。私もあれは、いいサービスだと思います。

 で、ぜいたくの限りを尽くして育ててもらっているから、どこに出ても気後れはしないし、外人と話すのに英語も使えますし、確かに恵まれております。でも、運だけではないのですよ。子供の時から人の三倍は、働いてきた(=お勉強をして来た)とは思っております。ずっと、一生をね、お勉強、修業、努力の毎日です。

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副題4、『大原夫人の、アクアスキュータムのブラウス姿が、目に焼き付いているのだけれど・・・・・』

 私が今、かくも自信をもってブログ内で、断言ができるのも、1999年から、2005年まで、逗子にアトリエを作って、修業三昧の生活を送ったことが大きいです。夜、そちらで、寝泊まりをするのは、2002年の、6月までで、止めたのですが、たった3年弱でも徹底的な一人暮らしで、創作に集中できたのは、大きいです。そのうえ、三回も三か月ずつ海外の工房で、修業を重ねていますね。それを自由にできる様にするための、逗子のアトリエでしたが、家賃の負担が大きくなりすぎたので、今は、返却をしています。と、同時に版画を作るプレスを、製作会社の人たちが、『130段の石段、上げるのむり』と言うので、手放してしまったので、今は、版画制作は中断しています。これは、最初の設置の際でも、彼らが三人で、ローラー部分を運ぶために、8m歩くのに、ふうふう、言っていた(刷れる紙の幅が、70cmのプレスは、分解してもローラー部分は、非常に重いのです)彼らの姿を覚えているので、仕方がないとあきらめました。

  この独り暮らしの三年間+昼だけアトリエに通った3年間は、『自分を抜群に、レベルアップしてくれた』と、私は考えているので、その間、こちら、鎌倉雪ノ下のご近所様が、特に安野家を中心として、あざ笑っていたと、大原さんが教えてくれましたが、『フーン』という感じで何も気にしてはいませんでした。なぜ、安野家があざ笑うかと言うと、30年前に「お砂糖を貸してください」と言う小細工を仕掛けてきたときに、それが、彼女主宰にして、彼女が女王様として君臨するための井戸端会議へのお誘いであるのが解っていますから「そういうお付き合いは致しません」と答えています。それを根に持っているのです。だが、こちらとしては、彼女の井戸端会議が原因で、土地を盗まれていますし、崖を無断で破壊をされていますので、彼女なんか歯牙にもひっかけないと言う気概を持って生きているのです。で、「もうすぐ離婚をしそうよ。云々かんぬんと、いろいろなうわさを流されたでしょうが、それを含めても、あの時点で、修業生活に入ったのはよかったと思っています。何の書類もなく、何の後ろ盾もなくても、ニューヨークで、きちんと美大の大学院へ入学したり、ニューヨークいち古い版画工房(150平米の広さと、プレス類が10台はある施設です)に所属ができて、かつ、二回とも自分だけの独立したアパートに住めたのは、たとえそれが半地下であっても、すごい事だったと思っています。

 すべて、自分で工夫したのですが、50代だから、エネルギーレベルが、高かったからできたことです。こういうことをこのご近所様のだれをひっ捕まえてもいいから、『あなた、やってごらんなさい』と言っても、渡辺マキ夫人以外はできないでしょう。彼女だって、何らかのサポートがあったから行ったと思っています。普通は、何らかの資格とか滞在許可ビザがないと、一年間は、外国(彼女のケースは、スペイン)にとどまることは、できませんもの。それがないのに、やっていくのですから、すごい事なのですよ。それを獲得するのは、パリだけはやりました。文化庁の在外研修生の試験に応募したのですが、ストレスが激しくて、受かったのはいいけれど、二度とああいうことの為にエネルギーは使いたくない、この年では、ね、と思いました。20代とか、30代だったら難しい試験に応募されるのもおすすめしますが、50代後半に、資格試験を取ってから、留学すると言うのは、2重の負担になりますから、・・・・・大変です。

 ともかく、私一人の事に戻れば、私は何を悪口を言われても、あの選択は正しかったと思っております。女性に向かって、子供を保育所に預けるな、とよく言っていますが、それは、子供が小さい頃の話です。それから思春期も大切です。思春期時代(14歳以降19歳ごろまで)も親は注意深くしておかないといけないので、仕事をやめるぐらいの、サポートを子供に注ぐべきです。 

 タリウムを同級生に飲ませて失明に近い状態にしたというニュースが最近報道をされていますが、これも親がおかしいのでしょうね。親が親でない。または、定義でいうところの、親には、なっていなかったというケースなのだと思います。私がもし、あの一人暮らしの時期を、50代に経験していなかったら、今どうなっていただろうと、想像をすると、たぶん、不定愁訴の人であり、認知症の人であり、どこやらの名流夫人の様に、夫の腕にかみついたりする女性になっていたでしょう。

 で、どんな悪口を言われてもいいのですが、決して悪口を言われてはいないらしい大原夫人の姿が見えないことは気にかかりました。

 彼女は小柄でかわいい人で、いつも同じスタイルで、過ごしていました。で、ある日、あれはどこで売っているのだろうと、横浜高島屋で、渉猟をしていたら、アクアスキュータムと言うイギリスのブランドで、イギリスお得意の小花模様のブロードでできたブラウスだったのです。

 あの姿を何年みていないだろう。不思議だ。不思議だと、思い始めます。で、知りたいと思い始めます。こういうときに、井戸端会議オミット派だと、困ります。情報を問い合わせる先がないからです。彼女はこの山の主婦たちの中では若い方でした。だが、賢いことに、井戸端会議には、加わっていません。それは、自分が前田清子さんとか、石川和子さんとは、異質の人間で合わないと思っているからでしょう。で、もう一つ賢いなあと思うのは、あの服装の選び方でした。あのブラウスは、決して安くはありません。だが、スタイルが、伝統的で、変化がないものです。これって、和服を着るのと同じ姿勢で、経済的なワードローブなのです。ご主人が、画家であり、収入が少ないです。それ故に、こういう風に、工夫をしているということはわかりました。 

::::::ところで、この間に、7時間ほどですが、私は洋裁ができるのでと言う一文を入れております。だから、ブランド物に匹敵するぐらいのものは、できるのだけれど、10分の一以下の値段で手に入れられるということを言っております。だけど、いやみだったかもしれません。まあ、いやみだと薄々感じながらも書いたのは、あまりに大原さんに、うんざりしているからです。何を書いても正しく理解してもらえないからね。でも、相手が脅かしたり嫌みの最高のものをぶつけてきても、同じ土俵に立って、いやみを返すことがないのが、わたくしのたかい誇りだったのですから、今回もそれを守らないといけません。相手が脅かしたり、いやみをぶつけてきても、それに対抗してしまっては、同じレベルになるではないですか? 私ね、策略を弄する人物たちを非常に嫌っていて、軽蔑をしているからこそ、彼らが使う脅かしやら嫌みやらを使ってはならないのでした。ちょっと、忘れていましたね。だから、ひっこめます。ただ、おしゃれが大好きな母親からプレゼントとして、きれいなものを陸続ともらっている私なので、きっとそれも、「お前は、恵まれているんだよ」と主人がいう一面です。

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副題5、『世の中には、外側は、上品だ。だが、内側は下品だ。と言うご家庭もある。そうなってしまう原因は何❓』

  さて、大原夫人に戻ります。大原家では、ご主人がサラリーマンではないので、どうしても、生活費に、サラリーマンとは差が出ます。ただね、上品極まりない態勢で生きておられるので、誰からも軽蔑されてはいなかったと思いますよ。特にお母様に徳がある。しかし、仲良しだったころから、『それは、不思議なことだなア』と思っていたのは、他人のうわさがペロッと出てくることです。光孝さんからも、奥さんからも、出てきます。しかも、その内容は、噂の対象の当人たちに取っては、<絶対に、自分たち以外、特に、川崎さんには、知られたくない>と思っているだろうことです。それが、ペロッと二人の口から出る。たとえば「この山の、住民の、だれとだれが、昔は、不倫の関係にあった」とか。これは光孝さんから聞いた話だったが、奥さんの方からも、ペロ、ペロッと言う形で、他人の弱点を聞かせられる。なお、お隣の白井さんの、建築作品が、浜銀・鎌倉支店だというのは大原さんから聞いたことではありませんよ。

 もしかすると、みなさんは、私が、これほどの、深い内容の文章を書くから、『あいつは、いつも、鵜の目、タカの目で、他人のアラをほじくっているのだろう』とお思いになっていませんか? 違うんですよ。私はもっと高いことに興味があるのです。しかし、向こう側から引っ付いてきてしまうので、それで、分かってしまうのです。余計な邪魔をされるからわかってしまうのです。

 たとえば何度も例に挙げている安野夫人の「お砂糖を貸してください」と言う一件でも、『えっ。こどもが14歳になってまで、他人より、自分の子供を上に置くんですか? この人って、母親としての体験は、皆無ですね。本当の母ではないですね』と、すぐ、分かってしまうのです。生まれた時から、14歳にまで育て上げるためには、クリアーしなければならない関門が、何千個とあるのです。それをきちんと丁寧にやってきた人なら、他人の方を自分の子供より大切にしないといけないのは、自明の理になっています。しかも、彼女の家には、その中二の子の他に、高校生が二人もいるのですよ。

 それ以前には、個人的な会話は一回も交わしたことがない相手なのに、なれなれしい形で、訪問をしてくるのも、一戸建て住宅街のマナーには違反をしています。で、わざわざの訪問が、『母であることを、見せびらかしたいのだ』とも、分かってきてしまうのです。『何で、あなたは、母親であるというごく基本的なことを、他人に、あたかも素敵なことであるかのごとく、見せびらかしたいのですか? 三人も子供がいて、しかも、母業が、始まってから、すでに、17年以上たっているのに』と、それも不思議で、それを考え始めると、『ああ、そうか、彼女は母であることに、何らかの後ろめたいところがあるのですね。それは、不倫の略奪婚で、成り上がった母だからでしょう。しかも、もしかすると、前のお母さんは、もう、死んでいる? 彼女が与えたストレスのために?』とまで、分かってくるのです。

 『だってね。みんなが嫌がっている井戸端会議を、シャーシャーとやり続けているのは、女の戦いに勝ったという、楽しさが、忘れられないからなのでしょう。だから、あそこまで、しつこく、あいうことをやっていますね。普通は、中学生とか高校生の母だと、反抗期はあるし、進学の問題もあるしで、他人との付き合いなど、最小限度にしておくものなのに・・・・・特に自分の方で、参加とか、不参加の、時間的なコントロールが可能な、外のサークルに所属して、そこで、人的交流を募るのが、常なのに、一つでも、失敗したら、にっちも、さっちもいかなくなる、地域社会で、ああいうことをやるのは、よほどのバカか、よほどの強欲女なのでしょう』と、そこまでわかってくるのです。

 さて、大原夫妻に戻ります。これは、社会に窓が開いていないからだと、私は考えました。義父ですが、吉原で開業中は、社会からの風が吹き込んでいたでしょう。この現代日本社会で生き抜いていくのは、容易ではないです。家庭の中にだれもサラリーマンが居ないということは、社会性が劣るということなのです。お嬢さんが美術館に勤めていましたが、部屋の隅で立っていて泥棒が入らないかどうかを監視しているなんて、社会に窓が開かれている職業ではないからだめですよ。

 それと、もう一つは、仮定の中に生まれる葛藤とか争いから目をそらせてはだめです。それが起こらない様な、工夫をしてはだめです。大原さんに言いたいのですが、「お宅が、ご近所の噂を交わしていたのは、それを話していると、まとまるからでしょう。最上の娯楽の一つとして。だけど、それが、結局のところ、奥さんとあなたの中の、夫婦関係が、心理的に発達をしなかったところに、陥ってしまったのではないですか?」と。

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副題6、『しかし、もっと大切なこととして言いたいのは、<前田さんの、味方とか、パシリ役を果たしている場合ではないでしょう?>と言うことです』

 私はとうとう、耐えきれなくなって、大原さん自身に、「最近、奥さんを見かけないけれど、どうしたの?」と質問をしました。すると、非常にあっさりと、「いない」と言うことを彼が言うのです。どういう言葉だったかは忘れたけれど、防衛上の工夫もなしに、おくさんが、家にいないということを言うのです。ここは、もっと工夫をして、「ああ、家内ですか。母親の介護のために四国へ帰っています」とか、言っておけばいいでしょう。ここが、彼が世間に出ていないので、経験値が少ないというところなのですが。でも、それを聞いた時に、すぐ、『ああ、やはりね。前田さんたち一派(彼の場合は、柄沢斉+酒井忠康氏ですが)に、味方をすると、必ず、神様から罰せられるのですよ。ここにも、その一例を見つけましたね』とは内心では思いました。60過ぎてから奥さんが居なくなるのは、さびしいことです。だけど、その時点で何かを書きましたか? 書いていませんね。それは、私の心の中で、おさめて置くだけの出来事だったのです。

 しかし、今般、四月末から、彼が前田さんの要請に応じて、小野寺夫人が過去に、前田さんに、教唆されて行ったひどい事の数々を、書かせない様に、動いたことによって、私は、激怒したから、ここまでのことを書くのです。

 私は大原さんの二面性を知っています。ときどき、非常に甘えん坊で、善人面をしますね。だけど、恐ろしい攻撃も平気でできる人なのです。それを、これから語りましょう。彼は、それがばれていないと思っていますね。だから、語らないといけません。

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副題7、『私が、オープンハウスを行う眞の目的は何か?・・・・・そして、それを妨害されることの意味は何か? ガレリアグラフィカ?』

 あれは、何年、何月、何日の事だったかは忘れましたが、私がオープンハウスを企画したことがあるのです。ブログで、情報を、開示していたら、正確な日付が解るのですが、膨大なブログ文を過去にさかのぼるのが大変なので、ともかく、石川和子さんが、まだ生きていたころにそれをやったと、申しあげましょう。2007年か、2008年だったでしょう。目的は、自分の本を売ること(または、プレゼントする事)、また自分の絵を来訪者に見せることです。

 だが、もう一つ目的があって、将来の夢に向かって、自分を慣らす(または、馴らす)ということがありました。私の家は、全部で、35坪あります。そして自然環境が豊かな珍しい家でもあります。これを、夫婦二人だけで使うのはもったいないです。では、子供たちと一緒に住めばという案もありますが、現代の家族では、なかなか、難しいでしょう。でも、ニューヨークに二回も滞在して、中古品を使う文化とか、シェアハウスの文化に接して帰って来た私としては、どうしても、この家を他人と一緒に有効活用をしたいと思ってはいるのです。たとえば、もう一回フォームをして、一階と、二階を2所帯にして、誰か、外人に一方を貸すというのも案です。日本に滞在する外人には二種類あって、白金あたりで、豪華なマンションに住まうビジネスマンと、日本文化の研究のために来日していて、鎌倉などを好む人たちです。

 ただ、主人が面倒だと言うので、何もやっていないのですが、画廊喫茶でもいいし、美術館でもいいし、何かをやりたいという案を持っているのです。私達夫婦には、北久里浜にも家があって、借家として使うのをやめて、相当にきれいに致しました。だが、観光地ではないので、一軒をそのまま、貸すか売る以外には、用途がないと思います。そして、そちらには、何も目的を考えておらず、ただ、自分たちのセカンドハウスとして、休養を取りに行く場所になっております。しかし、こちらの鎌倉の方は、もったいないなあと思い続けております。で、将来の布石として、他人が出入りすることに慣れようとしていて、企画をしたのがオープンハウスで、それも将来の目的への一途次です。

 ところが、例の鎌倉エージェントたちは誤解をするわけです。どういう風に誤解をするかと言うと、彼らは、人は石垣、人は城を信じていて、自分たちはありとあらゆるコネを使いまくっている一方で、私の人脈は奪いきっているわけですが、それに対する私の逆襲だと、考えるわけですね。私が少しでもランクアップをする事、レベルアップをする事は、阻止したいわけで、このオープンハウスも邪魔したいわけです。

 で、いくつかの妨害策が発見されるのですが、その一つは、遅く帰ってきたら、竹ぼうきが門前に立てかけてあったことです。お客に早く帰ってほしい時には、箒を立てておく習慣がありますね。そのコンセプトを応用して、私の試みに呪いをかけてきたというわけです。こういうことを実行する人間は、例の花の頭をちょん切ったり、花の鉢を転がしたりする人間(後注3)と同じ人物でしょう。

 それと、鎌倉春秋窯で、三人展を開いて、それを、同時期にぶつけてきたのも妨害策の一つです。で、そちらには大勢の人がやって来て騒がしい感じがありました。こっちは人が来ません。私のブログは、ご近所トラブルを書いていますので、そういうところに入り込むのは、リスキーだと思う人もあるのでしょう。でも、これは、一段階途中なのですから、そういう妨害を受けても、あ、そうですかと言うことで、続行をします。

 これと、まったく同じことが、のちの、2010年4月5日から、10日まで銀座のガレリアグラフィカと言うところで、山本容子展として、私の個展にぶつけてこられました。exibit Live and Morisの森さんは、3月の第二週に企画展をやってあげますと言うので断りにくくて引き受けたのですが、向こうから延期してほしいと言われてどういう事だろうと、いぶかしく思いながらも、それに従っていたら、延期は山本容子をぶつけて来るために、彼女の都合で、延期をされたのでした。あの時も、山本容子以外にも、すさまじい妨害と、いじめを受けましたよ。瀬木慎一さんが突然に、訴訟をするだの何のと言う電話や手紙を寄こしたり、3日(土)の準備日に、電車が北鎌倉で何の車内放送もないままに、1時間半も止まったり、四月5日に主人が画廊へ挨拶へ行っている間に、その前年の、10月に受けた主人のがん検診について「結果が出ましたから、来てください」と、額田病院から、私が心配でならない様に、電話がかかってきたり、すさまじいことの連続でした。これも酒井氏が、伊藤玄二郎(その愛人の石川和子さんが大失敗をしている)を助け、この山の安野夫妻と、前田夫妻と、大原光孝さんを助けるために、栗田玲子さんと、森さんを、誘導して、行ったことでしょう。その直前の、1月17日に山口みつ子さんが、殺害をされていますしね。ひどい時期でした。

 そして、あまりにひどいので、私がたくらみはすべてわかっていますよと言う意味で、8日に、鎌倉春秋社を訪問をして、個展の案内状をわたし、『どうか見に来てください』と言ったとたんに、次の日に、井上ひさしは、自分を死んだことにしたのです。

 でも、その次の年に、3.11が、人工的に起こされて、2015年は、ルビッツ君自殺願望説などの大嘘が続くのですから、この世は、ほとんど、地獄に近いですね。

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副題8、『しかし、最悪の、地獄は大原さんの、来訪以来、額が留守中に動く様になったことだった』

 さて、2010年の、井上ひさしの死亡より前の、私の家の、オープンハウスに戻ります。お客は少なかったですよ。だが、驚いたことに、大原光孝さんが、やってきました。

 私は、これには、本当に、驚きました。一回、『ワインが割れて惜しかったねね』と言うからかいを受けて居ります。それに対する文章を、彼の名前を伏せて書いていますね。それに対する大いなる復讐を受けています。それは、藤沢東美と言う画材店の店員二人からの、信じがたい辱めに結実したうえに、そこの店員をしていた市川さんを通じて、結局のところ、T/boxのオーナー高橋盛夫さんの、『月刊ギャラリーの連載をやめさせろ』と言う讒言の、手紙へと結びつくのです。

 しかも、大原さんが来訪した時には、私の方は潜在意識の中では、すでに、・・・・・月刊ギャラリーの連載を信じがたい方法で、止めさせられた裏には、柄沢斉さんがいる・・・・・と、分かっておりました。柄沢さんと大原さんは、密接に結びついているので、大原さんは、すさまじいレベルで、損失を与えてくる敵なのです。それが、丁寧な態度で、突然に来訪です。驚きも驚きましたが、それは画廊でも同じですが、オープンハウスを名乗っている限り、「あなたが、わが家に入るのは、いやです。靴を脱がないで」などとは言えないのでした。

 大原さんは、一階に置いてあるカナッペ類のそばに置いてある、銀のスプーンをちらっと見つめました。非常に鋭いまなざしで。その次にオープンハウス内をくまなく点検をして、飾ってあった30枚程度の額を、認識した模様です。しかし、何の懸念もなく、交流していた1998年以前の時期に、同じ部屋に入って来た彼の態度とは、明らかに違うと感じました。彼が帰った後で、私と主人はごく穏やかに、「よかったね。大原さんが来てくれて。やはりいいひとだったね」と。しかし、私は内心で、『変だぞ。これはおかしい』と、思っておりました。

 その後、その美しいティースプーンが家の中を歩き始めます。また、額が、留守中に左側だけ、3cm下がっていることが続きます。

 これが何度も続くのです。さて、私は彼が、前田夫妻、安野夫妻、柳沢昇+石川和子夫妻と、通じ合っているのを知っていました。で、彼がこのうちの誰かのあそこに家では、これが、埃みたいだから、それを、いじったり動かしたりすることが大いなる脅かしになると、伝え、誰か、警察から、カギをもらっている人間が、入って脅かしているのだろうと思っておりました。

 だがね、額を左側だけ、3cm下げるのは簡単に見えて簡単ではないのです。私は一応プロですからぴったりと壁に張り付く様に、紐をかけてあります。その結び目が、釘のところに引っかかると、簡単には動かないのです。

 だから、『これは、美術関係者にしか、できない』という考えもありました。だけど、一応医者の息子で、養子に行った先も医者であり、お嬢さんの結婚相手は、横浜国立大学卒の公認会計士ですよ。そういう人間が、これほどの、恐ろしい事・・・・毎回、毎回留守をすると、脅かすために、額を動かす・・・・・と言うことをやるだろうか?と、不思議でならなくて、一応前の段階では、彼が進言して他の人がやっていると、書いています。

 だが、その後です。前田さんと、例の連中たちがやったことが恐ろしすぎますよね。3.11は、人工的に生起させられたものですよ。ルビッツ副操縦士は、自殺願望などありません。あれは、外からの遠隔操作で、行われた急降下と、激突です。

 しかも、今般、前田氏と、大原さんと、小野寺夫人のトライアングルが発生して、あれこれ、大原さんがやってきたわけですね。マルハニチロの農薬混入事件が起きた時も平成の、八墓村事件が起きた時も、彼は、重要な役割を果たしています。

 ただし、ここでは、疑惑が起こったが、彼がやったとは断言をしないと、宣言をしておきます。3.11の、大地震を生起させたという話に比較をすると、とても、小さな話です。だが、そちらは、死んだことになっている『井上ひさしがアイデアを出しました』と言っているのだから、何重の意味で、犯人側が逃げられるのです。しかし、こちらは、大原光孝さんは、生きているわけですね。だから、誣告罪でも適用されたら大変だから、誰がやったかはわかりませんと、断言をしておきます。だが、彼が、来るはずもないオープンハウスに来た頃から、この家の中に、新しい形の、怪奇現象が起こり始めたのでした。

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副題9、『蛇足、まあは、結論』

 16日の夜9時に、冒頭に添え文を入れました。そこで書いた通り、3時間前の夜六時に外出しようとしました。朝日17日が、同窓会だから、髪でもカットしようと思ったのです。前夜に出かけるなどとは、これは、準備が悪いということですが、3週間前にカットはしてあるので、やらなくても済むは済む段階だけど、それでも、本日のブログが珍しく、夕方までに、書けたから、気持ちに余裕があるから、カットをしようと、出かけたわけです。で、玄関ドアを閉めて、1分ぐらい歩いて、安野家の傍を通った時です。ガシャン、ピシャッーと、言う音が聞こえました。安野家は、建具として、最近では珍しく、アルミサッシを使っておりません。木製枠の窓なのです。たまたま、この一文の中で、ちらっと出て来る私の猫を脅かすために、前田夫人が気違いの様に激しく鳴らしながら閉めた雨戸も、木製です。前田家は、築50年近い古家を買って転居してきた家だから、雨戸が木製なのです。私達の北久里浜の家は、この雪ノ下の山より海が遠いのに、三浦半島であるせいか、東と西の両方から潮風が吹いてくるらしくて、木製の雨戸でも傷んでいるので、アルミに取り換えたりしていますが、ここは、湾のもっとも奥まったところに存在するので、海風の当りが少ないらしいのです。もしかすると、後ろに控える、小袋が谷戸(やつと読む)の山(天園と昔は言っていたハイキングコースです)があるせいかも知れませんが、風の勢いが少ないらしくて、塩の害が少ないのです。そしてこの一文の重要な主役小野寺夫人宅も、木枠製の建具を使っている家です。新しいのですが、建築家だから、人間にとって、最も良い素材を使いたいということでしょう。

 その三軒の主婦は、似ているところがあるのです。それと、非常に親しいのでした。で、安野夫妻が単独で、考え出したのか、それとも、前田家に頼まれてそうしたのか? ともかく、この一文に対する、感想と言うか抗議として、ドアの脅かしを、踏襲したわけです。まあ、ご立派な友情ですことと言って置きましょう。ただ、小野寺夫人はお子さんが居ないので、私に見えていることが見えないのだろうし、前田夫人は、きっと、保育所で子供を育てた人だから、同じく、私に見えていることが見えていないのです。だから、その三人からのけ者にされても、あら、良かったわと思うぐらいで、おしまい。

 そして、安野夫人が、その見事なタイミングで、脅かしをしてくるということは、それは、確定的な証拠となりますね。つまり、わが家の室内が、盗聴されていて、それが、直接に安野家に流れているということが。

 これは、ものすごい人権侵害ですよ。だって、私は犯人でも何でもないのですよ。ここに書いてあることは、すべて、やられた事の被害の報告なのです。しかも、普通なら個人はそれが、できませんね。と言うことは、警察が、それを、行っている? 

 そういうことで、平成の八墓村が起きた途端に、この山の連中が大喜びをした・・・・・と言うことは、平成の八墓村とは、実際に、殺人を犯したのは、保見容疑者ではなくて、警察か、CIAであることが確実ですね。デモね、これほどの、動物的なことを、すぐわかる形式とタイミングで行うという安野夫人の、感性に驚くのです。

 でもね、これで、安野家はブログを、読んでいるらしいと、初めて分かりました。でも、正しい理解とは程遠いらしいです。だから、読んでいるのは、前田家だけど、そちらから頼まれたのかもしれません。そうだとしたら、前田家だけが、読んでいる? 今回の四人の登場人物の中で、前田家だけは読んでいる?

 ただね。この文章の主役は大原さんなのです。それなのに、安野夫人が復讐に出て来る? 珍しいことです。それだけ、この一文が、的を得ていたということとなるのでしょう。

 明日、誤変換を直し、そのあとで、署名と日付を入れます。

 なお、このブログの2010年より数え始めた延べ訪問回数は、2894846です。

後注1、

浜銀鎌倉支店は、共産党の傘下に下っているぞ?・・・柄沢斉、大原光孝、前田祝一・・・△

 2015-05-14 08:42:47 | 政治

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