AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

胸椎椎間関節症には針が一番

2016-06-01 | 腰背痛

 

.胸椎椎間関節症の症例(40才、男)
 
最近、5年来の腰背痛を訴える40才男性患者に施術する機会を得た。医師の診断名は、
胸椎椎間関節症だという。その時は医師が胸椎椎間関節症という診断をつけるのは珍しいことたと思った。その医師の治療は、胸椎椎間関節にブロック注射を行うものだが、薬物副作用の関係からか、ブロックは一回の外来につき、2カ処までしかできないという。そのためか、大した効果しか得られないと患者はいう。
 
私はすでに35年以上前から腰痛の何割かは胸椎椎間関節症に由来していると考えていた。そしてその治療には針治療が非常に効果があると確信しているので、この患者も迷うことなく、いわゆる一行への刺針(=夾脊針)を行った。 

 
具体的にはこの患者は大きな大柄で肉付きもよかったので側臥位で、一行の圧痛硬結を調べると、多数見つかった。そこに二寸中国針でTh1~Th12椎体棘突起傍点から、椎弓根部に針先がぶつかるまで10本ほど深刺、5分間置針。その後、反対側の側臥位にして同様の刺針手技を行った。術中、症状に一致した響き(=再現痛)も得られた。

 
残存症状に対しては、立位前屈位で一行の反応点に二寸中国針を何本か速刺速抜し、症状ほぼ消失した。この患者は経過が長いので、再び症状は出現するだろうが、何回か同様の治療を行えば、大幅な症状の軽減が得られ略治にもっていけだろう。



2.本症例を通じて、考えたこと 


1)胸椎椎間関節症で医者も患者も困っている

「胸椎椎間関節症」を検索ワードとしてネット検索すると、多くの件数がヒットできた。結構困っている患者がいることが確認できた。患者の「どうすればよいか」との質問に対し、あるドクターは「椎間関節ブロックをすればよく効くが、この技術を持っている医師は少ないのが現状」と回答していた。現代医学でも案外困っていることを改めて知った。ここで繰り返し指摘しておくが、こうした患者に鍼灸(ただし現代鍼灸)が非常に効果的であることを指摘しておきたい。


2)胸椎椎間関節の治療法

胸椎椎間関節症の痛みは、脊髄神経後枝の走行に沿って痛みが出現する。何度も本ブロクで書いたように、患者の訴える症状を起点として斜め上内方45~60°の背部一行線上に圧痛を見出し、そこに深刺するのが効果的な治療になる。たとえば志室(L2棘突起下外方3寸)穴附近の腰痛を訴えた場合、Th12棘突起の傍点への深刺で改善できるのが普通である。しかし志室部の痛みを、起立筋や腰方形筋の筋緊張による結果だと捉え、志室局所に行う施術は、あまり効果ない一見すると腰部の痛みであっても、その原因が胸椎部椎間関節にあるとは思いもよらないのである。


ドクターが日常臨床でこの現象を把握し、治療に応用していることは一つの進歩なのだが、先の症例のように、一回の外来治療で2カ所までしかブロックできないのであれば、特に慢性の椎間関節症には対応できないだろう。その点、針治療は薬物を使わないので、数十カ所に施術できるメリットがある。(ドクターもステロイドではなく塩水でブロックを行えばよい)

 

 http://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/edd3b1f0a86da4657600b324b87c4b3d

 

 3)椎間関節症との診断は妥当なのか?
 

           周囲筋の過収縮
               ↑
   椎間関節の力学的ストレス → 椎間関節症性変化       
             ↓
     脊髄神経後枝興奮

椎間関節の力学的ストレスは、関節症性変化、周囲筋緊張、脊髄神経後枝興奮といった変化が生ずる。どこを問題視するかによっって、診断名は椎間関節症・筋筋膜症・脊髄神経後枝神経痛といろいろ出てくる。椎間関節性変化の原因が力学的ストレスだということで、椎間関節をとくに重視するとの立場をとれば、椎間関節症の診断が妥当なのだろうか。
そうであるならば、椎間関節ブロックが効果的になる筈である。
 
しかし今回の症例もそうだが、胸椎棘突起から5㎜~1㎝から椎弓根に当たるほど深刺すると再現痛を得やすく、治療効果が高い。これは胸椎においては長・短回旋筋の過緊張が症状をもたらしていると見なすべきだろうと思う。したがって私的な病態把握としては、胸椎椎体傍筋の筋々膜症とした方がすっきりするのではないか?

 
筋々膜性腰痛と椎間関節症は、同時に両者の症状所見が日常的に同時にみられることが多いので、要するに「鶏が先か卵が先か」の問題になる。。
ただし、棘突起傍筋への深刺が有効となるか、椎間関節部への刺針が有効となるかについては、二者択一的に治療効果がクリアーに限定されるようなので、治療的診断的方法から、両者をあえて区別することはできるように思う。


筋々膜性腰痛の針灸治療(下) 腰方形筋性腰痛と大腰筋性腰痛 Ver.1.1

2015-06-01 | 腰背痛


1.腰方形筋性腰痛

1)腰方形筋の構造

起立筋は仙骨に向けて幅が狭くなっている関係で、腸骨稜上縁にあるのは起立筋ではなく、腰方筋になる。第12肋骨から骨盤の間に走る筋。腰神経叢支配。本筋は腰背筋ではなく、腹筋に分類される。  

 腹筋前腹筋:腹直筋                                       
 側腹筋:外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋                      
 後腹筋:腰方形筋                                                                                
                                                                  

 

 

※かつては、腹筋力が弱いと腰部筋に、より体重負荷が加わるので 腰痛になるとされ、腰痛治療には腹筋強化が重視された。しかし現在では腰痛で腹筋の関与は、あまりないとされるようになった。

 

2)腰方形筋性腰痛の特徴 

①腰方形筋起始部の圧痛点


トラベルのトリガーポイント書籍をみると、腰方形筋の放散痛は殿部になっているが、私の経験からは、そうした印象はもっていない。症状部位から障害筋を推察するのは難しく、結局は圧痛点所見が重要である。患者が痛みを感じるのは、腰方形筋の起始である腸骨稜縁が多く、腰宣穴や力針穴が代表的圧痛点となる。側腹位にさせて、これらの部点を押圧すると圧痛点が明瞭になる。  


腰宜(ようぎ)穴:
L4棘突起下の外方3寸。すなわち大腸兪の外方1.5寸。腸骨稜上縁。
力鍼(りきしん)穴:L4棘突起下の外方4寸。腸骨稜上縁。

②腰方形筋停止部圧痛点


腰方形筋停止である第12肋骨部(≒胃倉穴)が痛むこともある。この場合、側腹位にさせ、この部を母指腹で深々と押圧するようにすると圧痛が明瞭になる。

 
胃倉:
教科書の胃倉は、Th12棘突起下外方3寸にとる。ここでは側臥位にせしめて、腰方形 が第12浮肋骨に付着している部に胃倉をとる。起立筋の外縁を触知する。その筋の外縁を圧し、脊柱方向に押圧し、最も指が沈む方向を把握。それが起立筋と腰方形筋のつくる筋溝でり、深部には横突起の先端がある。指の沈む方向に沿い、3寸~2.5寸の5番~10番針を5㎝ 程度刺入する。

※胃倉は代田文誌が腹痛の特効穴として「胆石疝痛に対し刺針すると、疼痛が頓挫できることが多い」と記している。実際は尿路結石疝痛に対して、これを頓挫できることが多い。私の経験では、胆石疝痛の鎮痛は側臥位にしての魂門斜刺深刺((肋間には刺入しない)である。

 

 

 

2.大腰筋性腰痛

1)大腰筋の基礎知識


大腿骨から腰椎のそれぞれ全部の間に走る筋である。腸骨筋は骨盤から大腿骨の間に走る筋で、途中で大腰筋と同じの束(腱)になり大腿骨に付着しているので、2筋合わせて腸腰筋とよばる。股関節を屈曲の作用がある。腹腔の後にあり、脊柱を前屈させる筋でもある。


起始:浅頭は第12胸椎~第4腰椎までの椎体および肋骨突起。深頭は全腰椎の肋骨突起

停止:大腿骨の小転子
支配神経:大腿神経
作用:股関節の屈曲(大腿の前方挙上)
 

2)病態生理と原因

腸腰筋中の大腰筋は、腰痛と深い関係がある。腰背部筋収縮は脊柱を後屈させる際の力となり、腰筋は脊柱の収縮は脊柱を前屈する際の力となるから、生理的には両者間に力学的バランスがとている。
何らかの原因で腸腰筋の持続的収縮が起こると、中腰姿勢状態になり、上体を伸展させる際に、どく痛む。中腰姿勢の持続は、バランスをとるために腰背部筋の緊張を惹起するようになり、背筋の筋筋膜性腰痛も合併するようになる。

※「すべての腰痛は大腰筋に原因がある」と説く者もいるが、まったく同意できない。大腰筋を刺激しなければ速効できない腰痛は1割以下だと思う。


3)腰方形筋性腰痛と大腰筋性腰痛の鑑別

   
腰方形筋性も大腰筋性も、背部一行線上に圧痛がみられないという共通点がある。両者の違いだが、腰方形筋性腰痛は、腸骨稜上縁の同筋起始部に圧痛があることが多い。しかし
大腰筋性痛は、通常の押圧ではどこも圧痛点は発見できず、起立筋外縁から椎間板方向に深く押圧し圧痛点が発見できるという点にある。

4)大腰筋過収縮の症状

  
①中腰姿勢になり、無理に上体を起こすと腰痛増悪。

②朝起きたときに痛いことが多い。(持続収縮した腸腰筋を無理に伸張状態にしている)
③腰神経叢興奮症状
大腰筋と腰方形筋の間を腰神経叢の分枝が通っている。この腰神経叢から出る神経中、とくに大腿神経と閉鎖神経が刺激され、これらの神経を刺激すれば、それぞれ大腿前面あるい下腿内側に針響を与える(同時に、大腿前面痛や下腿内側痛が本法の適応になる)。針がや下方を刺激すれば、腰神経叢からの分枝である陰部大腿神経(陰部~大腿内側に響く)外側大腿皮神経(大腿外側に響く)に響く。大腰筋過緊張の場合、5~10分程度置針する。

 

5)大腰筋刺針 

広く知られているのは、伏臥位にてL4、L5椎体棘突起の外方3寸からの深刺で大腰筋に刺入するものである。この方法は、起立筋や椎体横突起間を貫かねばならないため、技術に難しく、刺激感も強くなるのが普通である。


筆者の方法を紹介する。側腹位(=シムズポジション)、3寸#5~10の針を用い、ヤコビー線の高さで、起立筋外縁(痩せた者では横突起の直前)を刺入点とし、椎体側面方向に7~8㎝刺入針先が患部へ響くと、ズーンと重く響くような感覚が腰全体に広がる。この肢位にしても大腰筋の緊張が触知できない場合、患側の大腿をさらに挙げて腹に近づけるようにすると触知しやすくなる。

※大腰筋刺針は普通は強い針響を与えるが、押し手を弱くして組織に抵抗を与えないようスルスルと刺入すれば、3寸#10程度の針であっても、比較的抵抗なく患者に用いることもできる。 

 



6)大腰筋脱力のケース

まれなケースだが、腰砕け状態で、まったく立位になれない者がいる。これは大腰筋の脱力を意味している。大腰筋の伸張持続が極端な場合、このままでは筋が断裂すると筋・腱紡錘中の受容器が反応し、反射的に脱力状態になる。このような症状の腰痛は、10年に1度ほど診る感じである。

この状況から本来の筋トーヌスまで回復するには、大腰筋に対して長時間置針(1時間ほど)が必要であるとの見解がある。
 


起床時に生ずる腰痛の病態生理と治療

2014-03-24 | 腰背痛

※胡子修二様へ:当ブログのコメント欄に病気相談をされても、アドレス不明なのでお返事を差し上げることができません。ご質問は、当治療院である「あんご針灸院」にお願い致します。

 

私は週1回、東洋鍼灸専門学校の非常勤教員をしていて、それも無事に一年が過ぎた。先日卒業謝恩会があり、いっぱいお酒を飲み、愉快な時間を過ごすことができた。

まあ、そこまではよいのだが、その翌朝ベッドから起き上がろうとして腰痛出現していることに気がついた。こうした腰痛は過去にも何回か経験していた。自分で針すれば良いのだが、何となくめんどくさいので放置し、現在3日目でまだ痛む。

この起床時に生ずる腰痛については定説があるが、ネット検索しても、あまり記載がない様子なのでここで説明する。

1.症状

寝ている時は何でもないのに、寝床から上半身を起こす動作で、急に腰痛を自覚する場合がある。重症では継続して痛むが、軽症の場合では昼頃になると自然と腰痛消失し、夜は再び柔らか過ぎるマットレスに寝るので、翌朝は同じような腰痛が再び出現する。 

2.原因

不良な就寝姿勢とくに軟らかすぎるマットレスにより殿が深く沈むことで腰痛前彎の増強→多裂筋 緊張増強となっている状態である。軟らかすぎるマットは元々寝返りしづらいが、とくに深酒した後などでは睡眠が深くなりすぎるので、寝返りも困難になる。この状態は、仰臥位で腰部に手を差し入れるようにすると腰が浮き上がっていることで確認できる。

3.治療
仰臥位で、両手で膝を抱えるようにして、背中を丸めるような姿勢をすると多裂筋伸張体操となる(=ウィリアムズ体操)。
無論、L5附近からの背部一行刺針や多裂筋への運動針をするのが最も手っ取り早い。

昔私が病院勤務だった頃、腰痛で入院した患者には、つぶしたダンボールをマットレスとシーツの間に入れていたことを思い出した。

※今回の腰痛は、発症3日後から、厚いマットレスから薄いマットレスに取り替えた。その後、徐々に痛みは和らぎ、発症後7日で自然治癒した。

 

 

 

 


ふらつき感に、中殿筋部の骨盤ベルトが有効な例

2013-04-30 | 腰背痛

症例 Y.F.  81才女性 やや肥満

膝関節症、左肩関節痛、腰下肢痛、花粉症などを主訴として来院中の患者。鍼灸治療により、どれも症状は軽減しているが、前記症状の他に、ふらつき感も訴えていた。

橋本病の持病があり、医師に定期的に受診していること。症状が多数あったことなどの理由で、当院ではふらつきの原因追及をしなかった。ふらつきを、動揺性めまいと解釈すると、頸性メマイであることが多く、頸性めまいは鍼灸の適応でもあるので、項部に大した筋緊張はなかったが、定石にのっとり、座位にて天柱や風池には深刺し、後頸筋のコリを弛める処置はしていた。

他の症状が改善するにつれ、相対的にふらつきの苦痛順位が上がってきたが、天柱や風池以外に大した治療もないの‥‥、とひそかに私は悩んでいた。

この患者は当院から徒歩5分くらいの処に住んでいるのだが、自転車に乗って当院に来院していることを当院の窓から見て初めて知った。「ふらふらしているのに、危険ではないか」と問うと、「自転車に乗っていればふらつくことはない」と返事した。

そういえば、本患者は自分のふらつきを、「めまいとは違う」と何回も説明していた。私は長らく、これを動揺性めまいと考えていた。そして「広義ではめまいの中に含めます」と患者に説明していた。

このふらつきは、中殿筋筋力の低下によるものかもしれないと瞬時に思った。というのは、以前かなり肥満している老人女性が「立ち上がって歩くことができなくなった」との訴えに対し、中殿筋を覆うように、骨盤ゴムベルトを装着せしめ、歩行可能となった症例を思い出したからである(本ブログ「殿筋痛による歩行困難に対するリフォーマーベルトの適用」2012.3.24.発表)。

本例も、側臥位にして左右の中殿筋に中国針で深刺手技針して抜針の後、中殿筋を覆う骨盤ゴムベルト(商品名:リフォーマーベルト)を巻いて歩行させてみると、あまりふらつかないで歩けるということであった。

ネットで調べてみると、中殿筋筋力低下で、歩行時にふらつきが生ずるという知識は、カイロや運動療法関連のホームページに数多く載っていて、既知の事実であったことに恐れ入った。

結局、ふらつきを、動揺性めまいと早合点したことが失敗の元といえる。


脊椎圧迫骨折には一行刺針と安静 Ver.1.2

2012-07-17 | 腰背痛

筆者はかつて「脊椎圧迫骨折には一行刺針と安静」としてブログを発表した(2006.5.3)。そこ頃までは脊椎圧迫骨折は3週間~4週間程度の入院にての安静+鎮痛剤治療が普通だったので、開業針灸師がこの治療を手がける機会は少なかったと思う。

しかし最近高齢者の脊椎圧迫骨折を治療する機会があった。なぜ入院しないのかと質問すると、「入院すると筋肉も落ち、脳も刺激されないので、寝たきりになる恐れがあると医者に言われた」との返事だった。

最近、政府は医療費の高騰からか、なるべく入院期間を短くする方針にあるようで、圧迫骨折も一環なのだろうと思った。これは開業針灸師が脊椎圧迫骨折の治療ができることになるので、大いに歓迎する。圧迫骨折は鍼灸の最適応症の一つだと筆者は確信している。
前回のブログ内容に加え、刺針の要領と、実際の症例を加筆し、追補版として紹介する。

1.症状、病態
大部分は骨粗鬆症が基礎にあり、転倒やくしゃみなどをきっかけとして椎体が上下に薄くなったように骨折したもの。受傷と当時に骨折部を中心に激しい痛みが生じて座位や歩行が困難になる。ときには寝返りも困難になる。
大部分は安定骨折であって、脊髄症状は呈さない。下部胸椎と上部腰椎に好発。

2.所見
圧迫骨折部に相当する椎体棘突起の圧痛や叩打痛(+)

3.鍼灸治療
1)痛みは脊髄神経後枝の興奮によるものなので、圧痛ある棘突起直側に寸6~2寸の3~5番針で置針5分行う。伏臥位になれない場合には、左右の側腹位にて同じ部位に置針する。この方法で、症状は非常に軽減することが多い。

その際、重要となるのは、脊柱傍の正確名な圧痛点の把握である。圧痛点でない部位に刺針しても効果は期待できない。腰が痛いことイコール腰椎の問題とは限らない。予想外に胸椎上に圧痛のあることが少なくない。圧痛点は一カ所とは限らない。

使用針は2番以下では効きが悪い。棘突起直側にゆっくりと刺針するのだが、ある程度の深さまで刺針したら、硬い組織に触れるので、この部位まで針先をもっていくこと。軟らかい組織に刺針しただけでは効果は得られない。

起立筋等、背腰部筋に対する刺針は、治療意義が薄く、指圧マッサージは無効なことが多いと思う。

2)よく失敗するのは、患者自身が「非常に改善した」と考えて、トイレに行くなどで歩行した場合である。鍼灸治療で解除されたはずの筋の保護スパズムが、突然再来して治療前の症状に戻ってしまうことがある。このような場合、再び同じような針をしても、有効な治療にならないことが多い。
 針をして楽になった場合であっても、患者に「単に痛みをとっただけで、治ったわけでないこと。歩くと再び悪化すること」をきちんと伝えることが重要になる。

3)入院を要するほどの激しい痛みでも、針治療で案外簡単にとれてしまうのが普通である。ただし治療の根本は安静であり、食事とトイレ以外はベッドで寝ているよう指示する。トイレはベッド脇に設置したポータブルトイレを使用のこと。安静にしているだけで痛みは自然に軽減してくる。ただし針治療するとその回復に要する時間が短縮できると考えている。

4.症例報告
脊椎圧迫骨折の鍼灸治療の実際例を紹介する。

1) 93才、女性。
2)
診断:第7胸椎圧迫骨折
3)現病歴:過去数回、脊椎圧迫骨折を経験。大腿頚部骨折のため手術も経験。若い頃と比べ、身長は10㎝縮んだ。円背強い。今回は7日前から理由なく突然腰背痛が生じ、痛みで体動不能となった。
病院で、第7胸椎圧迫骨折と診断され、自宅で安静にしているよう言われた。それから1週間経過するも、寝返りをうっても背痛で、トイレのため、やっと起き上がるという状態。医師からもらった鎮痛剤は飲んでも効果なく、鎮痛の座薬も無効とのこと。

4)鍼灸治療(往療) 

①初回:座位や伏臥位になれないので、右側臥位にて診察。Th5~Th10棘突起直側に強い圧痛あり、ここに4番針にて1分間ほど置針。抜針後、左側臥位にして同治療実施。最後に、Th5~Th10の棘突起間に、7.5㎝のキネシオテープ固定。※治療直後効果を求めない→痛みをとると患者は動くので、より悪化する危険性がある(過去に何回も失敗した経験がある)
②2回(翌日):痛み不変とのこと。前回同治療実施。
③3回目(3日後):痛み不変。5番針で1.5~2㎝刺針しても、骨にぶつかったという感触は得られても、硬い組織に当たったという手応えが得られず、治療効果も得られなかったので、8番針に変更。治療ポイントは同じ。
④4回目(4日後):痛み半減。座ることができ、起きて歩けるようになった。むしろ寝ていると痛く、夜睡眠も不足するとのこと。前回と同治療に加え、寝ていて痛む部位を指示させ、そこに軽く手技針。その圧痛点にロイヤルトップ貼。
⑤5回目(5日後):前回の針は非常に痛かったとのことで、8番→4番に元に戻した。4番で一行刺針しても、今回はツボに当たった手応えを感じた。痛むエリアが以前と比べ縮小、Th6~Th7一行のみとなった。
⑤6回目(6日後):やはり寝返りで痛むとのこと。肩甲骨棘下窩部中央(天宗)に強い圧痛点発見。これは後枝症候群の一環かと考えて、頸椎部を触診し、C7Th1レベル一行に強い圧痛点を発見。ここにも刺針。直後から寝返り時の疼痛は大幅に減少した。

 

以下略 






 


脊髄神経後枝興奮による腰痛の診療 Ver.1.3

2012-06-22 | 腰背痛

1.脊髄神経後枝痛由来による腰背痛
下肢症状がなく、腰背痛を訴える者で最も高頻度なのが脊髄神経後枝の興奮によるタイプであろう。背腰が痛むのは、この部を知覚支配する脊髄神経後枝が興奮するからである。ではなぜ後枝が興奮するのか、その原疾患としては椎間関節性腰痛、脊椎辷り分離症、変形性脊椎症、脊椎圧迫骨折など種々の疾患があり、それぞれ機序は異なる。ただし鍼灸治療法としては後枝痛症候群として一括した治療が可能である(治療効果は種々異なる)。

2.動的腰痛の大別
動的腰痛(体動時の痛み)を鍼灸治療パターンから区分した場合、筋々膜性と後枝性に大別できる。まずこの2つを鑑別する。側腹位にし、患者の訴える痛む部位を起点とし、斜め45度内上方(脊柱方向)に向けて仮線を引き、脊柱と交わる点の背部一行上の圧痛を押圧して調べてみる。この斜め45度というのは、脊髄神経後枝皮枝の走行に沿って調べるという意味がある。
1)一行圧痛(+)であり、仮線上の撮痛(+)であれば後枝症候群。
2)ともに(-)で起立筋上の圧痛(+)であれば筋筋膜性腰痛。

※上記の記述を裏付ける図を発見したので、載せることにする

 

3.後枝症候群の針灸治療
2)の治療は後日解説することにし、1)の治療について説明する。治療点は背部一行上の圧痛点に行う。圧痛を調べるには、側腹位にて棘突起の側面を指頭で押圧するように行う。反応ある場合、グリグリした組織が触知を伴うので、慣れれば圧痛の有無をい患者に問わなくても分かるようになる。鍼は棘突起の側面をこすりつけるように刺入し、硬い組織中に鍼は入っていく感覚を得るようにする。寸6#3~#5程度の鍼を使用。もし鍼がスカスカするようならば、もっと棘突起の直側から刺入し直す。5~10分置針して抜針する。

大部分の症例で上記方法は著効を得られるが、中には効果不十分の者がいる。おそらくこれは椎間関節性腰痛であるが、その場合、棘突起の外方5分~7分程度外方から直刺深刺(骨に当たるまで)することで椎間関節を直接刺激する方法をとる。5~10分置針して抜針する。

 私は以上のパターンで鍼灸治療をしているが、「斜め45度内上方を探り、その脊椎直側に刺針する」方法をとると、L5やS1椎体直側刺針以外の腰痛は胸椎直側に刺針することになる。意外なことに、上~中部腰椎一行の圧痛は、まれな存在になるだろう。


4.背部一行に反応が出現する訳
脊髄神経後枝は、腰背部の筋を広く神経支配している。では、なぜ背部一行に相当する、棘筋や多裂筋部に障害が多いのだろうか。一般に脊柱傍筋は短い筋で、背部二行線や三行上にみる最長筋・腸肋筋・腰方形筋は長い筋である。腰に強い外力が加わった際、長い筋は、遊びがあるので、この衝撃を受け流すことができるが、短い筋には、力の逃げ場がなく、衝撃をモロに受けるからだと説明される。


筋々膜性腰痛に対する運動針と外志室深刺

2006-03-10 | 腰背痛
 筋々膜性の腰背痛とは、筋よりも筋膜に起因する痛みである。(この筋膜痛は脊髄神経後枝が知覚支配しているので、実際は後枝症候群との混合性腰痛として見られることが多いようであり、背部一行刺針を併用するケースが少なくない)

 腰部の筋膜は浅葉と深葉に分かれている。腰仙筋膜浅葉とは、起立筋の浅層にあり、腰仙筋膜深葉とは起立筋と腰方形筋の境にある。二層の筋膜は、それぞれ異なった痛みかたをする。
  浅葉痛:局在性の明瞭な腰痛で、急性腰痛に多い。
  深葉痛:漠然として腰部広範囲にわたる腰痛で、慢性腰痛に多い。

1.浅葉痛の筋々膜性腰痛の治療
 痛む姿勢にさせ、痛む部を指で指示してもらって、この部に寸6#3程度の針で表層筋まで刺入して軽く雀啄して抜針。すると症状は少し楽になるとともに、別の場所が痛むようになる(最大圧痛点が改善したので、2番目に強い圧痛点が最大圧痛点に変化する)ので同様に刺針。これを症状が3分の2程度改善するまで繰り返す。

2.深葉痛の筋々膜性腰痛の治療
 側腹位にして、腸肋筋の外縁と腰方形筋の圧痛ある筋溝から腰仙筋膜深葉面に向けて(脊髄に向けるつもりで)刺入。なお針は2.5寸#5~#8を使用し、1.5 ~2寸深刺し、ゆっくりとした雀啄を実施。すると腰部の広範囲に気持ちよい針響が得られる。その後すぐに抜針してもよく、置針5~10分してもよい。
 本治療穴は、ほぼ志室に相当するものだが、側腹位で行うことや独特の狙いがあることから、外志室刺針と呼んでいる手法である。