東洋療法学校協会編教科書「經絡経穴概論」(旧版)の図は、木炭画で描かれており、微妙なところを、詳細に描かない妙な工夫をしている。私はこの編者らの苦労を知っているので、いちがいに批判できない。経穴の位置には諸説あるので、わが国の東洋療法学校協会編纂という立場をとる以上、反対意見の出ない表記となるのはやむをえない。ただし経穴を学習する者にとって、経穴位置が明確に図示されていないと勉強しづらいものになる。何の権限もない私は、自分の見解を自由に表明できる立場にある。この立場を利用し、「私はこのように考えていますよ」ということを諸先生方々の参考に供することにする。
数年前に私は、鍼灸学校で3年間において「經絡経穴概論」の講師をしたことがあったので、立場上教科書に準拠した解剖経穴図を制作した。この概要を部位別に、数回にわたって公開する。図は、コピーし利用されることを前提として、あえて容量を多く設定してある。ただし平成22年度から教科書も改訂版に変わったので、部分的に異なる点もあるかと思う。
胸骨体下端(中庭穴)と臍(神闕穴)の間を8寸とし、その中点に中脘穴をとる。ところで、なぜ中脘との名前がつけられたのだろうか。筆者の学生時代、担当の先生から、胃の中央といった意味だと教えられたが、調べてみると「脘」といいう漢字に、胃や袋といった意味はなかった(10年前の話)。
漢和辞典によれば、脘には「平たく伸ばした肉」という意味がある。では、平たく伸ばした肉とは何か?
腹直筋をさすと思われる。したがって中脘とは、腹直筋の中央にある穴といった意味であろうと思う。同じように考えると、上脘は腹直筋の上方の穴、中脘は腹直筋下方の穴であろう。
最近、中脘の意味を漢和辞典で調べ直すと、今度は胃袋といった意味が追加されていた。「脘」という漢字が中国で使われ始めて、少なくtも二千年は経過しているのに、漢和辞典の内容の変化はどうしたものだろう。本来の意味からはずれ、少しずつ慣用的な使われ方が主流となったものではないか。間違って使う人々が多くなれば、その間違いも正しいことになってしまう。
1)方法
指端刺絡とは、手足の各指の左右爪甲根部から、三稜針等で刺絡し、ごく少量出血させる方法で、針灸治療の伝統的手法の一つである。この部は古典的に井穴とされ、大部分が各経絡の末端になる。
2)従来的適応症
古典五兪穴の作用分類では、心下満(心窩部のつかえ感)の際に使うとされる。実際的には、急性心疾患や脳卒中発作時の緊急処置としても適応がある。常用法では、対症治療として神経根症時や糖尿病等での知覚鈍麻に使うと速効することが多い(持続効果は丸1日程度)。
2.指先刺絡の作用機序
1)グロムス機構とは
手足の指の末端の血流は、動脈から静脈に流れる経路で、一般的な毛細血管を経由するものとは別に、小動脈から小静脈へと短絡する経路がある。これをグロムス機構(動静脈吻合)といい、指先にあるものをとくに指端グロムス機構とよぶ。
2)グロムス機構の臨床応用
寒冷時にはグロムスを閉じて末梢血流量を減らすことで核心温度の低下を防止し、熱暑時にはグロムス機構を開いて放熱を盛んにするというのが本来の生理的意義がある。指端の1カ所の指先グロムスを刺激すると、その指の血行が促進されるので、知覚麻痺に効果がある。それにとどまらず、理論上は手足全部のグロムスに影響を与え、全部の指の血行を改善するとされる(石川太刀雄)。
指先グロムス刺激では、脳や心臓などにはグロムスはないので内臓血流に変化を与えることはできない。しかしながら実際には脳卒中や虚血性心疾患時の承知として効果的なので、指の末端といった知覚過敏部刺激による血管収縮に関係するとも解釈できる。
3.指端刺絡と自律神経の関係
古典針灸書をみてみると、治療法として、「まず刺し、・・・・」という記述に出くわすことが多い。これはまず「刺絡し、・・・・」ということだとされている。針灸治療の最初に刺絡処置を行った後、本格的な補瀉治療が行われた。つまり刺絡は補法でも瀉法でもないという解釈をしているらしい。刺針時の切皮痛は補でも瀉でもなく単なる有害刺激とするのが普通だが、指先刺絡に限定するなら、部位的特性として知覚に敏感なので、刺痛を伴いやすく、結果的に瀉法になってしまうと私は考えていた。ところがそういう訳でもないことを知った。
近来話題になった本に、安保徹著「医療が病いをつくる 免疫からの警鐘」岩波書店刊がある。福田稔医師は安保理論をベースとし、浅見鉄雄医師の論文を追認し、指端刺絡が副交感神経興奮作用のあることを提示した(」難病を治す驚異の刺絡療法」マキノ出版による)
浅見先生の見解は、30年来の実践から生まれたそうで、手足の第4指からの刺絡は、副交感神経緊張を抑えて交感神経緊張を亢進させる作用があり、副交感神経緊張で悪化する疾患(喘息・アトピー性皮膚炎・蕁麻疹など)などに適応があると述べている。なお浅見先生の井穴刺絡では一カ所につき30滴ほど出血させるという。私は2~3滴程度だったので意外な感じがする(浅見鉄雄先生の井穴刺絡学:優游堂本舗「戸塚鍼灸院別館」HPより)。
福田先生の見解は、第1、2、3,5指からの指端刺絡は交感神経緊張を弛める作用があるとするもので、広義の交感神経緊張症(頭痛、高血圧、肩こり、腰痛など病の大部分)に効果があるとしている。
刺絡した指は、<血行がよくなる→すなわち副交感神経緊張に傾く>とは理解できるにしても、なぜ第4指だけ逆の作用になるのか分からない。しかしメカニズムが分からなくでも治療に役立てばよいとするのが臨床家の考え方である。交感神経緊張にもっていく治療は、西条一止理論では座位での灸治療だったので、武器がもう一つ増えた格好になる。本当に使える武器なのか否か、今後追試してみたい。
1.内膝眼と外膝眼の位置
東洋療法学校協会の経絡経穴学テキストによれば、内膝眼(奇穴)は、仰臥位で膝伸展位で、膝蓋骨靱帯内側の陥凹部にとる。外膝眼(奇穴)は、同姿勢で、膝蓋靱帯外側の陥凹部にとる。
ただし日本経穴委員会では、犢鼻穴位置(膝蓋靱帯上の中央部)を外膝眼を定めており、犢鼻穴と外膝眼を同一部とみなしている。本稿では東洋療法学校協会テキストに従う。
2.膝関節内刺針の意義
膝伸展位にて内外の膝眼穴から直刺すると、針は膝蓋下脂肪体→関節滑膜→関節腔と入ることになる。ある程度深刺して関節滑膜を刺激すると、関節全体に響く感じが得られる。関節滑膜には神経・血管が豊富なので、関節滑液の分泌、知覚神経興奮の鎮静、血流改善などの治癒機転が働く。
さらに深刺すると関節腔に入るが、関節腔内にあるのは関節液だけなので、刺激する意味はない。
※関節包:骨膜が互いに連続してできた2層の膜で、内面を滑膜、外面を線維膜とよぶ。
なお膝眼穴刺針の体位は、可能であれば膝完全伸展位の方が、当たりがいいようで、膝下にマクラを入れての軽度屈曲肢位の刺針は、効きが悪いという印象がある。
3.細菌性膝関節炎への注意
膝関節痛に対し、医師が行う関節包内へのステロイド注射には関節リスクを伴う。細菌性関節炎になると、施術後数時間~2日程度後に、急激な疼痛・発赤・腫脹・熱感・運動制限などがおこる。ひどくなると悪寒発熱出現。このような場合、緊急で関節部への直接的な抗生物質投与が必要となる。
鍼灸治療での内膝蓋・外膝眼刺鍼では、使う鍼が医師の使う針と比べ、細菌感染の頻度が低いとはいえ、細菌感染リスクがあることに変わりはない。感染過誤を起こさなぬよう、鍼の滅菌、刺針患部の消毒、施術者の手指の消毒など細心の注意が必要である。
最近になり、上部後頸部で三叉神経の走行が、三叉神経脊髄路を下って、第2第3大頸髄の高さまでいったん下ってから再び上行する過程で、近くを走行する大後頭神経との間で影響を与えることが知られるようになった。大後頭神経の代表刺激点は天柱なので、天柱刺針により三叉神経症状が改善される機序に説明がついたのである。
それから一歩発展させて、天柱刺針により効果がみられる顔面部症状を、天柱症候群とよぶようになった。常見の天柱症候群症状には、前頭部痛、眼精疲労、鼻汁などである。
八髎穴は、左右8つの後仙骨孔をいう。臨床的によく用いるのは次髎穴と中髎穴であるが、きちんと説明した本もないようなので整理しておく。
八髎穴に関係する神経は、仙骨神経後枝、陰部神経、骨盤神経の3種類である。
1.次髎穴刺激の適応
整形ペイン疾患に関係するのは仙骨神経後枝で中殿皮神経(S1~S3)が上位3つの穴から出て、仙骨と仙骨外縁部の知覚を支配している。したがって、仙骨周囲の痛みがあれば、上髎~中髎への施術が必要であり、その代表穴は中央であるS2の次髎穴となる。
2.中髎穴刺激の適応
骨盤内臓疾患に関係するのは陰部神経と骨盤神経で、ともにS2~S4から出る。その中心はS3の中髎穴になる。
陰部神経は混合性の体性神経で、陰部の知覚とシモの穴(肛門や尿道)の括約筋をコントロールしている。したがって、脱肛、痔疾、尿道炎、膀胱炎、子宮脱などで陰部神経を刺激する治療が成り立つ。もっとも陰部神経をきちんと刺激するには、中髎穴刺激よりも、陰部神経ブロック刺針の法が適している。
骨盤神経は骨盤内臓器を副交感支配する神経である。骨盤内臓器はおおむね副交感神経が主支配しているので、骨盤内臓疾患(下部消化器、泌尿器、婦人科)に広く適応がある。