AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

刺絡法の整理

2010-11-02 | やや特殊な針灸技術

1.刺絡の法的側面 
平成17年6月14日の内閣の答弁以後、針灸師の行う刺絡の正当性は認識されたが、その正当性は「あくまでも個別の判断が必要」との要件づきである。現在でも、針灸学校教育や月雑誌「医道の日本」でも刺絡治療はタブー視されている。その一方で、平成3年頃から<日本刺絡学会>が発足している。

いずれにしても、刺絡は針灸治療の一方法として、当院では普通に行われており、現在まで重大な医療過誤は生じていない。しかし私的勉強会で、私は刺絡を指導したことがあるが、それを聴いた教え子の某先生は、患者からバンバン刺絡するようになってしまった。こういう人がいるから困る。

2.古典での刺絡の位置づけ
 『素問』三部九候論篇には次のように記されている。実するときには之を寫し、虚するときには之を補え。必ず先ず其の血脉を去れ。而して後に之を調えよ」文中の「血脉」とは、瘀血のことである。

治療の際には、必ず先に刺絡をして瘀血を去り、その後に毫針によって虚実を調えよ、という。毫針による治療を行う前に、まず刺絡をすることが一般的だったらしい。

針灸治療には去法と実法があり、まず去法(刺絡のこと)を行った後に、実法として、通常の針灸治療を行うと師匠に教わった。

3.刺絡に適する針の種類
刺絡は、針治療の一手段として、古来から行われていた。古代では、鋒針により刺絡が行われ、現代では三稜針に取って代わった。だだし三稜針は入手困難なことから、ディスポ注射針で行われることも多い。

刺絡用として使い易いのは、21ゲージ程度の太さであろう。細いと出血させるのが難しく、太いと刺痛が強くなる。
※ゲージ(G)とは、1インチ(25.4mm)の何分の1かを表しており、21Gは外径0.80mmの太さの針。ゲージ番号が大きいほど細くなる。

4.刺絡の分類
1)乱刺刺絡(工藤訓正医師の造語)
方法:筋肉や皮膚表面が数センチの面積で緊張している時、この面に対して数カ所~十数カ所刺絡し、指頭で血を絞り出す方法。

目的:筋緊張→鬱血→筋緊張という、コリの悪循環を遮断する。鬱血の改善→コリの改善を目的とする。

2)細絡刺絡
方法:細絡から刺絡する方法。静脈圧が強い場合、刺絡針を抜針しただけで、静脈血が出てくる。放血後、軽く絞ってテープ固定する。
静脈血が弱い場合、刺絡しただけでは、ほとんど血は出ない。軽く周囲を圧して血を絞り出すが、治療効果は劣る。

目的:周囲軟部組織の緊張等により、局所の静脈環流が悪くなっている(=瘀血)ため、血液が流出できない。この状況で静脈が流入するので、目に見えないほど細い静脈であっても、次第に膨らんで、細絡を形成する。すると局所静脈圧が高まることで、痛みを誘発する。この状況で、細絡刺絡をすれば、静脈圧が減少し、治癒機転が働く。

3)井穴刺絡
方法:手足の爪甲根部去ること1分から刺絡することで、数滴の血を出す方法。

目的:手足の尖端には動静脈吻合とよばれる装置がある。手足の末端には毛細血管があるが、その少し手前の爪甲根部あたりには、小動脈→小静脈とショートカットする脈管があり、手足末端の血行調整をしている。この部から刺絡することは、動静脈吻合を刺激し、全身的な血行動態に変化を与え   ることができる。例→狭心痛に少衝刺絡。
   
阿保-福田理論では、井穴刺絡すると身体は副交感神経優位に作用するということである。そんなに簡単にいくもなのかとの疑念は残る。

5.増強法としての湿吸
吸角法には、乾吸(皮膚に単に吸角をかける方法)と湿吸(点状刺絡または細絡刺絡した後に吸角をかける方法)がある。

1)乾吸の臨床的意義
乾吸をかける→患者は交感神経緊張状態になり、リフレッシュ効果が得られる。
乾吸をはずす→5分~15分後に吸角をはずせば、副交感神経緊張状態になりリラクセーション効果が得られる。
 
乾吸の効果は、このリラクセーション効果を期待している。したがって、もともと交感神経緊張状態にない者(≒虚証体質者)には、適応とならず、乾吸をしても「気持ちよい」との感想は得られない。

2)湿吸の意義(私見)
刺絡とは、血を少量出すことで効果が得られる。刺絡しても予想したほどの血が出ない場合、治療効果があまりないことになるが、こうした場合、陰圧にすることによって放血を促進できる。細絡刺絡や点状刺絡の効果増強法として用いられる。
またプラスアルファの作用として、乾吸時と同じくリラクセーション効果が期待できる。

6.臨床で効果がある実戦的刺絡

1)井穴刺絡:指先の知覚低下に有効。糖尿病性知覚障害にも一時的に有効。

2)風府刺絡:点状刺絡。ときに電動吸角併用。後頭部痛、項コリ、不眠、眼精疲労時、項部に発赤があり、充満感がある(虚 していない)場合に有効。

3)五十肩で上腕挙上時に、上腕外側が痛む(上腕外側皮神経痛)場合、症状部から点状刺絡して有効。ただし持続効果は丸1日程度。

4)肝兪刺絡:ストレスが溜まり、背部のコリが強い場合、肝兪あたりから点状刺絡(ときに湿吸)する。

5)L5-S1棘突起付近の細絡刺絡:腰痛を訴える者で、同部付近に細絡があれば、細絡刺絡して有効。

6)委中刺絡:腰痛で前屈困難であり、局所に針灸しても効果が乏しい場合、委中から刺絡して著効を得る場合がある。委中刺絡は膝窩静脈から刺絡するので、細絡刺絡とは異なる。(故)間中喜雄先生は、患者を立位にして委中から刺絡していた。本人が医師だがらいいようなものだが、この体位では血が噴き出すことがある。伏臥位で行うべきだろう。