前回報告の<ひょうその灸>で、爪の上に施灸した。爪上に灸をするという治療は、玉川病院症例報告回で昭和57年に乗物酔いに母指爪中央の灸が効いたという報告をしている。ここに転記する。
タイトル:車酔い予防に足母指爪中央の灸
1.症例報告(抄)
66歳、女性。普段から健康管理目的で毎月1回来院している患者。ある日電話があり、「5日後から二泊三日のバス旅行をするので、車酔いの灸を教えて欲しい」とのこと。そこで旅行三日前から毎日一回、両足母指爪中央に米粒大灸を熱く感じるまですえるよう伝えた。後日来院時、その効果を聞けば、「行きのバスは酔わなかったが帰りは酔った。モグサをバッグに入れ忘れたので、帰りのバスに乗る時に宿で灸をできなかった」と返答した。
この患者はその一ヶ月半後にも二泊三日のバス旅行をした。「前回の教訓を生かし、今度は行きも帰りもバスに乗る前に灸をしたので酔わなかった」「これまでは朝食に玉子を食べると必ず酔うので遠慮して食べなかったが、灸すると絶対に酔わないことがわかったので、2回目の旅行の時は安心して三個食べた」と喜んでいた。
2.コメント
医道の日本誌鍼灸治療室(43)車酔い(1980年12月号)に、往年のわが国を代表する四人の治療家が自分の治療を解説している。母趾爪中央の灸のことは清水完治氏の発表で知った。首藤伝明氏氏は築賓近くの圧痛部の皮内鍼で車酔いをほぼ予防できるという。
深谷伊三郎氏は中厲兌(足第二指の爪甲根部外側に厲兌をとり、その内側)の灸がよいという話なので試したが、一向に効かず赤面したと述べている。池田政一氏は、足臨泣・丘墟・陽輔などへの皮内鍼を推奨している。ちなみに代田文誌氏は、厲兌の灸を推している。
例によって様々な意見となったが、興味深いことは全員下腿~足に、灸または皮内鍼といった皮膚刺激を行っているという共通点がみられる。
これらの報告からなぜ私は母趾中央の灸を選んだのかといえば、電話でも取穴位置を説明でき、爪の上への灸なので灸痕も残らないだろうと思ったからである。
平衡感覚は内耳や眼からの情報に加え、深部知覚障害(筋紡錘や腱紡錘)が前庭で統合され、正常に機能している。しかしメマイ時には深部知覚の障害も生じており、筋紡錘や腱紡錘に刺激介入することで深部知覚情報も正常に前庭に送り込まれるのではないかと考えた。