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「古代アンデスの染織と文化」-アンデスの紐・Ⅳ ブレーディング 上野 八重子

2017-09-20 09:52:58 | 上野八重子
◆トワィニングによるブレーディング紐 (豊雲記念館蔵)

◆写真2.ブレーディングとカギ針のベスト
(水谷悦子 作)

◆写真3.製作中のスカート(水谷悦子 作)

◆写真4.写真1からヒントを得たベスト
(水谷悦子 作)

◆写真5.インターロックで模様出し(豊雲記念館蔵)

◆写真6.途中で分けて組んである(豊雲記念館蔵)


 ◆写真7.色糸の出し入れ操作で模様を現す(豊雲記念館蔵)

◆写真8.写真1の中心スタート部分(豊雲記念館蔵)

◆写真9.織端を唐組で組んである
(豊雲記念館蔵)

◆写真10.紀元前7世紀の唐組
(豊雲記念館蔵)

◆写真11.多重織とブレーディングの帯
(豊雲記念館蔵)

◆写真12.写真11の部分、織部分に後から刺繍
(豊雲記念館蔵)

◆写真13.ブレスレットを作る少女
(ペルー・チンチェーロ村にて)


2007年7月10日発行のART&CRAFT FORUM 45号に掲載した記事を改めて下記します。

「古代アンデスの染織と文化」-アンデスの紐・Ⅳ ブレーディング 上野 八重子

 ◆紐から衣服へ
 写真2、3、4は1本のアンデス・ブレーディング紐(写真1)から面白さを見出し、ベストやスカートに展開させたものです。写真2、3は菱形部分がブレーディング、他はかぎ針で細い紐状に編み次の菱形に繋げてあります。“開ける、閉じる、増減が自由”なブレーディングの特性と、得意な編物を生かした作品と言えるでしょう(アンデスクラス卒業生・水谷悦子作)。
 こうした違う技法との組み合わせはアンデスでは珍しい事ではなく、一枚の布に何種類もの技法が使われており、それが見事に部位ごとに理にかなった役割をしているのです。しかし、最初からうまくいっていたのでしょうか?長い経験と失敗を重ねながら上手い方法をあみ出したのかもしれませんね。
 先日、草木染め作品展を予定している方から電話があり、会場で染め方を問われた時、基本から外れていると「それは間違っています」と突っ込まれるので、自分は良い色だと思っていても出展品は思い切った事が出来ないのよ…との話でした。こういう話に出合うといつも疑問に思ってしまいます。
乱暴な言い方かもしれませんが「やってみたらいいんじゃないの、新しい事は挑戦からしか生まれないし、駄目でも結果は自分の肉になるのよ」と突っ込む人にも、言われる人にも言いたくなってしまいす。連載④でも書きましたが、ペルーの草木染め体験ツアーで「そんな事はしてはいけないと教わりました」と文句を言うのは日本人だけ…だそうです。古代アンデス人のように「それも有りかぁ~」精神を持って、自由で柔軟な頭で物創りが出来たらと思う昨今です。基本とは守り続けると共に常に進化もあるべきなのではないでしょうか?

 ◆ブレーディング(平組紐)
 今回はブレーディング技法を取り上げてみたいと思います。
ブレーディング技法はアンデスに限られたものではなく現代でも多くの作家が取り入れている技法です。簡単に説明すると経糸だけをセットし、手で糸を上下させながら組んでいくと糸は斜め方向に移動しながら経糸が時には緯糸となり平織り、綾織り、ねじり(2本組み)、端までいくと45度の角度で戻っていきます。
単純な組織ですが色糸の配置、端までいかずに随意にインターロックで戻る、又はインターロックせずに戻ると切れ目が出来る(写真5、6)表側と内側の色糸をチェンジする等で限りなく模様を作れる面白さがあります。が、その反面、手作業ゆえにとても時間を要します。  
 ブレーディングは細い組紐とは違って幅の広い帯状のものが可能となり、4世紀頃に作られた頭や腰に巻く装飾品には幅6㌢長さ3㍍前後のものが残っています。その多くは2本を1セットとしてねじりながら組んであり(トワイニング)、ねじる色糸が表面に、見せたくない色糸はその中を通すことで模様が作られていきます(写真7)。
この様な長い紐や帯を作る為には組縮み分も考えると用意する糸は4㍍を超えるのではと思われますが、そこは知恵者のアンデス人、中心から組んでいったと思われるものもあります(写真8)よく見ると中心を境にして模様が違っていて、故意に変えたのか二人で組んだので違ってしまったのでしょうか?「完璧なものは神様しか許されない」という作風はこんなところにもあるのかもしれません。繊細緻密を誇るアンデス人にもこんな作風がある事を知るとホッとしませんか。作者は後世にそんなチェックをされているとは思いもよらないでしょうね。
 又、長いものを組む為のもう一つの考え方として紡ぎ方があるかも知れません。連載②で触れましたがコマのような紡錘車を使う事で足りなくなった糸をその場で継ぎ足せるという利点もあったのでは?さばきにくい長い糸を最初から用意しなくても良かったのでは…
 ブレーディングの中には、日本の唐組と同じもの(写真9、10)がありますがアンデスでも紀元前7世紀には帯の端飾りとして組まれており、それらが手で組まれているのに対し日本では組台を使い…と地球の反対側の文化の違いを感じられ面白いものです。

◆後帯機だからのブレーディング
 写真11、12を見ておわかりの通り、この帯は多重織りとブレーディングを交互に組み合わせ、ブレーディングの斜め方向に糸が動くのを上手く利用して作られています。表が多重織りなら裏はブレーディング、一定間隔で裏表を逆にするという二重構成になっているのです。
これもナスカ文化期・紀元4世紀頃に多く見られる特殊な帯で、裏表の織りと組みが同時進行で制作されていきます。

※織り用の経糸とブレーディング用の経糸を重ねてセットします。
※織り用の経糸は上下を固定し、ブレーディング用の経糸は上だけを固定してスタートします。
※最初にブレーディングを組み、中心の糸が端に行ったところでストップします。  
※機の上下を逆転させ、組んだ部分を手前にめくり、織り用の経糸を出して織りを始めるのですが1段織るごとに組み糸を順に下側に落としていきます。
※組み糸が全部下に落ちたら機を裏返し、上下を逆転させブレーディングを組み始めます。
※これを繰り返しながら進みます。

この様な織り方は機を裏返し、上下を逆転させる事が可能な後帯機ならではの技法と言えるのではないでしょうか。

◆アンデスに残る紐づくり
 古代染織品に見られるような多種多様なブレーディングは現在では作られていないと思われます。僅かに目にする事が出来たのがクスコ郊外のチンチェーロ村で少女が目にも止まらぬ早さで組んでいたブレスレットでした(写真13)。手にとってみると、組みと言うより日本でも子供達の間で流行したプロミスリングの作り方と似ている結びの方法です。少女達はまだ中学生位でしたが、こうして作り置きして市の立つ日に土産品として売り、一家の立派な稼ぎ手となっています。
 現在では後進国のように思われているアンデス地域ですが、数十世紀前には今でも追いつかないような高度な技と知恵を持っていたことを古代の染織品を見るたびに痛感させられています。 つづく


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