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「古代アンデスの染織と文化」-アンデスの紐・Ⅰ-  上野 八重子

2017-08-15 09:27:02 | 上野八重子
◆アンデスの組紐


 ◆アンデス組み紐(パターンの見本)

◆アンデスの組み紐-手が組み台となる- ペルー・チュチェーロ村にて

◆経巻き組織の紐(環状) 豊雲記念館蔵

◆経巻き組織(平) 菱文様・表

◆経巻き組織(平) 菱文様・裏

◆経巻き組織の飾り房(環状) 豊雲記念館蔵

◆経巻き組織の投石紐(四重経の平) 豊雲記念館蔵

◆経巻き組織の帯(五重経の環状) 豊雲記念館蔵

◆経巻き組織の帯(五重経の環状) 豊雲記念館蔵
 -ほつれている部分から中を見たところ-


2006年7月10日発行のART&CRAFT FORUM 41号に掲載した記事を改めて下記します。

「古代アンデスの染織と文化」-アンデスの紐・Ⅰ-  上野 八重子

 ◆日本とアンデスの組紐
 「ビュンビュンビュン」中心が幅広になった2㍍程の紐にボールを挟み、二つ折りにして両端を持ち、頭上で勢いよく回し…回しながら手の中の1本だけを放すとボールが勢いよく飛び出して…これを小学校でやると必ず「やらせて~」と児童が飛んできます。 しかし、これは遊び道具ではなく戦いや狩猟に使われたれっきとした投石紐という武器なのです。
 「紐」と一口に言ってしまいますが、幅広のものから日本の帯締めのような細い紐まであり、用途は頭や衣服に巻く装飾的なものと、投石紐という実用的なものがあり、双方共に多種多様な技法が使われています。
 先程の投石紐を見てみましょう。一般的には丸や角の細い組紐が多く、中には日本の模様と同じものもあります。が…アンデスと日本の組み方の違いには大きく分けて二つあり、一つには組み台を使うか使わないかが上げられるでしょう。
日本人は道具を考えるのを得意とする民族と言われています。絹糸文化という事もあり、滑り易い絹糸を早く綺麗に組む手段として、錘のついた組み台は素晴らしい道具だったに違いありません。それに比べ正反対なのがアンデスです。
糸は…と言えば獣毛の強撚糸、組み台は握り拳。片手で糸束を握り、拳が組み台となり糸を組んでいきます。糸束の握り具合、組み糸の引き具合で微妙に紐の固さが左右されます。実際に組んでみると糸数の少ないものなら何とか組めるものの、32本組ともなると配列がわからなくなってしまいます。通常、切り込みボード(日本の組み台をボード化したもの。イギリス人がリハビリ用に考えたという)を使用して組んでいますが、それでも模様に慣れるまでには時間を要します。アンデス人の拳一つで様々な模様を創り出す工夫と根気良さには脱帽です。
 二つ目は紐が中空かどうかと言う事でしょうか。日本の組紐は斜めに糸が組まれるために中が空洞になっている紐が多くあります。実際にはしっかり組まれているので環になっている訳ではありませんが。アンデスの組紐は…と言うと、必ず糸が対角線に移動しますので紐はガッチリと締まり丈夫なものとなります。石を投げる道具ゆえ丈夫さが要求されたのでしょう。しかし「丈夫であれば良い」だけなら無地でよいのに、どれも手の込んだ模様が施されているのです。使わない時は男性の頭飾りとなるからでしょうか。 カラフルな紐を見ていると、身を飾る華麗な雄鳥の姿とダブり妙に納得してしまいます。
 更に、模様の点で違いを言えば、アンデス紐には途中で色を変えたり、無地の中に動物や自然界を図案化したもの、アルファベット等の模様が浮き出ているものが多く見受けられます。これは不必要な色糸は中に入れ、模様に応じて出し入れする面倒な操作が必要となります。日本では、染色技術が発達していた為か最初から1本の糸を段染めや重ね染めで染め分けられたので組む段階での操作は必要無かったのでしょう。
 しかし、こうした優れた手仕事も戦いや狩猟することも無くなった現在では組める人も僅かとなっているようです。
 インカ時代の主都クスコで、在住日本人の友人から「組紐が出来る人が見つかった」との情報で標高3800メートルのチンチェーロ村に出かけてみました。
すり鉢の底のようなクスコの町から、日本では廃車場にすら無いようなオンボロバスで黒煙をまき散らしながら標高を上げていきます。近隣の生活路線バスらしく、車中には大きな荷物をいくつも持つ人、子豚や鶏も同乗、クシャクシャとコカの葉を噛んでいるおじいさんもいて、生活臭が漂うそんな中にいられる事が何だかとても嬉しく感じられました。
チンチェーロ村は織物で知られた村で富士山とほぼ同じ高さ、畑にはジャガイモやトウモロコシ、豆類が植えられ、辺り一面緑色のパッチワークの様。
 実演をしてくれるのはシワクチャなおじいちゃん。いざ始めてみると何だか怪しい手付きでなかなか先に進みません。聞くと、組むのは何十年ぶり…なのだそうです。どうやら何日分かの稼ぎになる高収入バイトの話を聞いて飛びついたらしい…それでも私が帰った後、特訓したのか翌日には糸を変えながら組む模様が出来上がっていました。そこで次に私にも組めるやさしい模様をお願いしたら「その柄は出来ない」と言うのです。理由は「この村の模様では無いから」とのこと。納得! この言葉を聞いてアンデス全般的に疑問であった多くの事が理解できるようになりました。

◆経巻き組織
 ここまでは組みによる投石紐を話してきましたが他にも経巻き組織という技法を使って多くの投石紐が作られています。一見、組紐と同じ模様に見えますが技法的には全く違い、巻くと言う操作になります。これは腰帯機に馴染んだ民族ゆえの発想ではないでしょうか。腰帯機は体を動かす事で経糸のテンションを強くも弱くも出来、中でも最大のメリットは織り面を簡単に裏返せる事でしょう。ゆえに高機では不可能な織り方も可能となります。経巻き組織はその利点をうまく生かした織りでもなく、組みでもない、面白い技法と言えると思います。
経巻き組織とは字の通り、経糸を巻いて模様を作り出す技法です。出来上がりの形は、

 平(裏側の渡っている糸が見える)
 風通(両面同時に出来、反対色の文様となる)
  環状(中空で環に出来る)

が主で投石紐以外にも房飾り、帯、袋物の飾り(本体の袋より大きい) 等に使われています。
操作としては、まず経糸を模様に応じて必要な色糸を用意しますが三重、四重経のものもあります。
まず、張った経糸を緩めて棒に巻き付け、経糸の輪の中に緯糸を通し打ち込みます。経糸の巻き方が左か右の方向かで模様の流れが変わり、菱文様は簡単に出来上がります。こうした菱文様以外にも彼らが得意とする図案化された模様を、色糸を自在に操って表しています
 紐と同じ環状経巻きは他にも袋の房飾りとして多く使われています。付け根の数段を作った所で芯糸に模様と房になる糸を引っかけ、房糸を中に入れたまま模様部分を作り、環状経巻きに膨らみを持たせる効果を狙っています。模様が終わった所で房糸と模様糸を入れ替えて更に飾り房の華やかさを増しています。
他には、環状経巻きでも5センチ幅の帯状になっているものもあり、 ほつれている所から中を見ると、使われていない糸が次の使用段まで飛んでいるのがわかります。又、模様糸3色が細糸になっており地色となる紺、赤をより浮き上がらせています。房飾りも帯もちょっとした小技で、より一層の効果を上げているのではないでしょうか。
 今回は細紐を主に書いてみました。技法と共に古代品の色遣いも見ていただけたらと思っています。  (つづく)




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