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「コイリングのかご」 高宮紀子

2016-06-03 09:59:31 | 高宮紀子
◆コイリングのかご 1986 素材:フジ 高宮紀子作

◆「アイヌ民族のかご」
素材:テンキ  技法:コイリング

1999年10月1日発行のART&CRAFT FORUM 15号に掲載した記事を改めて下記します。

民具のかご・作品としてのかご(1)
 「コイリングのかご」       高宮 紀子(かご造形作家)

 右のかごはアイヌ民族のテンキ草のかごです。ずいぶん昔に大阪の民族学博物館で写しました。おわんぐらいの大きさもので、上についた蓋の太いダイナミックな渦巻きの線が印象的です。
このかごはコイリングという技法で作られています。コイリングというのは、かごを作る技術の一つで、植物の茎などを束にしたものを芯材にして、それを巻き材で巻きながら、芯材同士を螺旋状につないで作る方法のことです。芯材の素材は見えないのでわかりませんが、巻いているのはテンキの葉だと思います。小さいですが、固く丈夫そうなかごです。

 たためるような柔らかいかごから家具まで、いろいろな素材のコイリングのかごが世界中に見られます。昔、日本で使っていた飯櫃入れや鍋敷はワラやスゲなどが使われていますが、その他の草の茎や葉、樹木の皮やツルなどの伝統的なものから、新聞紙、ワイヤーなど使える素材はたくさんあります。芯材と巻き材という二つの構成要素を同じ素材にするか、または性質の違う2種類の素材を使って組みあわせるかはまったく自由です。

 コイリングの作業としては、巻き材で芯材をどう巻きつなげるかで、できる組織が違ってきますが、それらは使う素材やめざす用途、作る人の好みに深く関係しています。
 作業の容易さからいえば、巻き材は柔らかく、長い繊維のものがいいわけですが、民具にはいろいろと工夫も見られます。たとえば、トウモロコシの皮でコイリングされた鍋敷(日本)がそのいい例です。トウモロコシの皮は短い素材であるために材料をしょっちゅう足す必要が出てきます。そこでその端をくるりと、外で一ひねりしてループにして出して、再び束の中に入れて巻き込むというものです。できたループは飾りのようですが、材料の端をうまく処理した技術なのです。
 他にも、巻き材に色の違うものを使いパターンやシンボルを出したかごもあります。このようにコイリングと一口にいってもいろいろなかごがみられます。

 二つのかごは1986年にフジツルで作った私の作品です。
山で切ったばかりのフジの太いツルを送ってもらい、そのツルを割いて外側にある繊維と中心の木部に分け、繊維で縄をない、割いた木部を何本か束にして芯材にし、それを縄で巻いて作りました。

 アイヌ民族のかごの方は、芯材が見えないぐらいぴっちり巻かれ、見るからに頑丈そうです。鍛練された技術の賜といえると思います。でも私のかごでは芯材が数ヵ所抜けています。頑丈ではありません。
 しかし、芯材を切ったその箇所から巻き材がコイル状になった形がよく見えます。私のかごは実用のかごではなく、私の体験したことをその中に残したものです。

 最初、コイリングの技法を知った当初は、民具のかごの美しさにあこがれました。しかし、私には民具のかごの完成度は目指せない、だから素材を変えたり、何か違うことをすることで、新しいかごを作ろうと思ったのです。いろいろな素材でいくつか作りましたが、いずれもあまり満足はできませんでした。素材を変え、形を変えていくらでもかごができる、と思いましたが、そのこと自体がかえって思いとどまらせる気分にさせたように思います。その先がわからなくなりました。

 しばらくしてから、まっすぐな太いトウをラフィアでそのまま巻きつないでコイリングを始めました。それまでは芯材を外側だけにつなげていたのを、上下、左右にもつなげて、コイリングのかたまりのようなものを作りました。数日後、できたものを持ち上げたら、1本のトウがコイリングの編み目から抜けてしまいました。しかし、そこにはちゃんと巻き材がトウを巻いたコイル状のループが残っていたのです。
 ループだけ残ったおかげで、コイリングの構造がよく見えて、風穴があいたような気分になりました。何か今ままに作ったものとは方向性が違う、つまり、コイリングの構造そのものに制作の糸口がある!と気がついたのです。新しい体験でした。そして、この体験が制作のスタート地点でした。

 他のかごの技術がそうであるように、コイリングもきちんと枠にはまったものではありません。用途や芯材と巻き材の組み合わせによって、あるいは作る人の好みや意思、力かげんによって、その場限りの固有な方法へと変化し、様々な形のかごを作り出します。仮にここで、思いつくかごを紙に書き出したとしても、その量は、作るごとに増えていくことでしょう。しかも、基本的な技術の構造、または動作、という技術自体の中にも、個人的な発見を許す余地がまだ、あると思います。作り手の視点がマクロ的にもミクロ的にも広がるという、それがかごの技術の世界です。
 
 アイヌ人の作り手によるかご、そして私のかごとは遠いところでつながっている、そう言えば、言いすぎかもしれませんが、それほど、かごの領域は広いのではと考えています。


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