水の門

体内をながれるもの。ことば。音楽。飲みもの。スピリット。

一首鑑賞(89):塚本邦雄「一皿のブイヤベースに改宗(ころ)びたり、われ」

2022年06月22日 08時51分39秒 | 一首鑑賞
雨に負け風に敗れて一皿のブイヤベースに改宗(ころ)びたり、われ
塚本邦雄『汨羅變』


 この一首を読んでまず思ったのは、創世記のエサウが空腹に耐えかねてレンズ豆の煮物と引き換えに弟ヤコブに長子の権利を譲り渡してしまうエピソードである。少し引用する。

二人の子供は成長して、エサウは巧みな狩人で野の人となったが、ヤコブは穏やかな人で天幕の周りで働くのを常とした。 イサクはエサウを愛した。狩りの獲物が好物だったからである。しかし、リベカはヤコブを愛した。ある日のこと、ヤコブが煮物をしていると、エサウが疲れきって野原から帰って来た。エサウはヤコブに言った。「お願いだ、その赤いもの(アドム)、そこの赤いものを食べさせてほしい。わたしは疲れきっているんだ。」彼が名をエドムとも呼ばれたのはこのためである。ヤコブは言った。「まず、お兄さんの長子の権利を譲ってください。」「ああ、もう死にそうだ。長子の権利などどうでもよい」とエサウが答えると、ヤコブは言った。「では、今すぐ誓ってください。」エサウは誓い、長子の権利をヤコブに譲ってしまった。ヤコブはエサウにパンとレンズ豆の煮物を与えた。エサウは飲み食いしたあげく立ち、去って行った。こうしてエサウは、長子の権利を軽んじた。(創世記25章27〜34節)

 掲出歌「雨に負け風に敗れて」は当然、宮澤賢治の「雨ニモマケズ」を踏まえているのだろう。そうそう高潔には生きられない、生きていれば「一皿のブイヤベース」と引き換えに、これだけは譲れないと思っていた信念を曲げてしまうこともあるのではないか、とやや自虐味を交じえながら人間の悲哀を詠った一首である。
 私の母教会は、主日礼拝を重んじるため、また伝道活動に勤しむために、忙し過ぎたり日曜出勤のあったりする仕事は辞めて他の仕事に変えることを推奨している教会であった(今はどうか知らない)。振り返ってみれば自分の不器用さのためと分かるのだが、私は社会人になってから四年ほどは仕事で上手くいかず、勤務時間も長すぎると母教会の信徒にクレームされたのもあり、転職を繰り返した。私としては、皆んな会社を辞めるように言ったのに現実的には何も助けてくれないじゃん……と内心不満たらたらで、社会人三年目には二進も三進も行かなくなり母教会を一時離れた。イザヤ書47章13節「助言が多すぎて、お前は弱ってしまった」の通りの状態だったのである。今となれば、「助言」や「提案」は、「指示」や「命令」とは違ったのだなぁと分かるのだが、当時の私は具体に飛びつく奴隷根性の塊でしかなかった。
 社会人三年目に派遣会社に登録して事務の仕事をしていた時、私は(どうせ神様から離れちゃったんだし、こうなったら思いっきり好きと思えることを試してみよう)と、昼食代を大幅にケチって色々習い事をした。都内某所の個人スタジオにトラックダウン(音楽のミキシング)の方法を習いに行ったのもその一つである。そこのスタジオの持ち主は私の先々のことも心配してくれ、半ば同情心もあったのであろうが「ウチの名前を出していいよ」と職歴を捏造することを勧めてきた。それは罪だ、と私にはハッキリ判った。でも私はその唆しに乗った。もう就職活動でどん詰まっていたというのは勿論あった。けれど、スタジオ主の言ったことはその人の罪としてあるにしても、それを実行した私の罪は私自身の罪なのだ。ましてや私は、聖書を読んで罪の基準を知っていたのだから、弁解の余地はなかった。創世記3章で、神に禁じられていた園の中央の木の果実を食べた口実を「蛇がだましたので、食べてしまいました」 と答えたエバと私は全く同罪である。
 それでも神は憐れみにより、映像のポストプロダクションのバイトを、その後にはBGM制作(主に選曲)の正社員の仕事を下さった。大変ながらもやり甲斐のある仕事であったのは確かだ。しかし(今思えば)定められた時に、神様は私に精神の病を発症させた。そして定年により先に山梨に来ていた両親の元へ身を寄せることになった。「転落人生」と傍目には映るであろう。因果応報と思う方もいるかもしれない。もう山梨に来て二十年が経った。今は障害者の作業所で働き、障害年金暮らしである。でも私は、今の地位まで突き落とされたことに、逆に神の誠実さと本当の意味での憐れみを感じる。私に言えるのはここまでである。

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