水の門

体内をながれるもの。ことば。音楽。飲みもの。スピリット。

歌集『カインの祈り』

澤本佳歩歌集『カインの祈り』
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#通読+α 2022年6月分まとめ

2022年06月30日 06時56分11秒 | 黙想・聖書通読・礼拝聖句
◆6月27日
引用ツイート(※5月13日のツイート「まぁ真面目に祈ることにしたとは言え、URL踏んで相手の言いなりになったりはしない。今日のメッセージ見て明らかにツイート読んでることが判ったので、吾妻氏[私に詐欺メッセージ送ってきてた鑑定士]のために祈ったり、ふと思いついたこと等をツイートして相手の様子を見ることにする。その意味ではペテロのように毅然とするよ。」)みたいなこと書いてたが、実はそんなに祈れてなかった。
でも今朝のニュースで、コロナによる先々への不安から占いサイトに2週間で35万注ぎ込んじゃった人のことが取り上げられてて、素面になった(吾妻氏のブログも閉鎖されてしまったようだし)。ニュースでは、占い師が人の不安につけ込んでると非難する論調だったが、占い師くらいしか生活手段もち得ぬ人を生む社会状況も問題だよなぁ、と思った。
   ↓  ↓  ↓
<新改訳第三版 使徒の働き16章6-24節>
私たちが祈り場に行く途中、占いの霊につかれた若い女奴隷に出会った。この女は占いをして、主人たちに多くの利益を得させている者であった。彼女はパウロと私たちのあとについて来て、「この人たちは、いと高き神のしもべたちで、救いの道をあなたがたに宣べ伝えている人たちです」と叫び続けた。幾日もこんなことをするので、困り果てたパウロは、振り返ってその霊に、「イエス・キリストの御名によって命じる。この女から出て行け」と言った。すると即座に、霊は出て行った。彼女の主人たちは、もうける望みがなくなったのを見て、パウロとシラスを捕え、役人たちに訴えるため広場へ引き立てて行った。そして、ふたりを長官たちの前に引き出してこう言った。「この者たちはユダヤ人でありまして、私たちの町をかき乱し、ローマ人である私たちが、採用も実行もしてはならない風習を宣伝しております。」群衆もふたりに反対して立ったので、長官たちは、ふたりの着物をはいでむちで打つように命じ、何度もむちで打たせてから、ふたりを牢に入れて、看守には厳重に番をするように命じた。この命令を受けた看守は、ふたりを奥の牢に入れ、足に足かせを掛けた。
   *  *  *
占いするこの女奴隷はパウロ達のことを「神のしもべたちで、救いの道をあなたがたに宣べ伝えている人たちです」と言っており、まぁ煩わしかったろうが使徒達を迫害していたわけではない。占いの霊に憑かれていた彼女を食い物にしていた者達が、彼女から占いの霊が退散してしまうと金づるが無くなり、パウロらを訴え出て、牢に繋がれるよう仕向けたのだ。
   ↓  ↓  ↓
5月15日のイヤな短歌会の拙歌で「鑑定士のメッセは組織ぐるみかも100万円じゃとても足りない」なんて詠んでたけど、実際こういうことが日本各地であるんだろうなぁと。
使徒16章の女奴隷当人がその後どうなったかは書かれていない。吾妻氏もクリスチャンの勧めで、鑑定士としてのその名を捨てたようだったが(以前一回だけブログを見に行ったところでは)、その後の生活のフォローなどされていますように、と今朝祈った。
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どうすればいいのかな…?(´-`).。oO

2022年06月29日 11時43分10秒 | 気分・体調にあわせて
この歳になっても距離感つかめない私の歌う Calling You
(とど)

2022年5月29日 作歌。

Jevetta Steele : Calling You
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東京の会社のお偉方の好きな言葉。

2022年06月27日 12時45分07秒 | 言葉に寄せて
ただつるみネタを探していることを「合従連衡」? カッコつけたね
(とど)

2022年6月21日 作歌。
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きっと見つけてねヾ(๑╹◡╹)ノ"

2022年06月26日 04時26分42秒 | 人[その作品]に寄せて
君だけが読んでくれればいいのです虹のたもとに手紙を埋める
(とど)

2022年3月13日 作歌。

*下句はお題
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一首鑑賞(89):塚本邦雄「一皿のブイヤベースに改宗(ころ)びたり、われ」

2022年06月22日 08時51分39秒 | 一首鑑賞
雨に負け風に敗れて一皿のブイヤベースに改宗(ころ)びたり、われ
塚本邦雄『汨羅變』


 この一首を読んでまず思ったのは、創世記のエサウが空腹に耐えかねてレンズ豆の煮物と引き換えに弟ヤコブに長子の権利を譲り渡してしまうエピソードである。少し引用する。

二人の子供は成長して、エサウは巧みな狩人で野の人となったが、ヤコブは穏やかな人で天幕の周りで働くのを常とした。 イサクはエサウを愛した。狩りの獲物が好物だったからである。しかし、リベカはヤコブを愛した。ある日のこと、ヤコブが煮物をしていると、エサウが疲れきって野原から帰って来た。エサウはヤコブに言った。「お願いだ、その赤いもの(アドム)、そこの赤いものを食べさせてほしい。わたしは疲れきっているんだ。」彼が名をエドムとも呼ばれたのはこのためである。ヤコブは言った。「まず、お兄さんの長子の権利を譲ってください。」「ああ、もう死にそうだ。長子の権利などどうでもよい」とエサウが答えると、ヤコブは言った。「では、今すぐ誓ってください。」エサウは誓い、長子の権利をヤコブに譲ってしまった。ヤコブはエサウにパンとレンズ豆の煮物を与えた。エサウは飲み食いしたあげく立ち、去って行った。こうしてエサウは、長子の権利を軽んじた。(創世記25章27〜34節)

 掲出歌「雨に負け風に敗れて」は当然、宮澤賢治の「雨ニモマケズ」を踏まえているのだろう。そうそう高潔には生きられない、生きていれば「一皿のブイヤベース」と引き換えに、これだけは譲れないと思っていた信念を曲げてしまうこともあるのではないか、とやや自虐味を交じえながら人間の悲哀を詠った一首である。
 私の母教会は、主日礼拝を重んじるため、また伝道活動に勤しむために、忙し過ぎたり日曜出勤のあったりする仕事は辞めて他の仕事に変えることを推奨している教会であった(今はどうか知らない)。振り返ってみれば自分の不器用さのためと分かるのだが、私は社会人になってから四年ほどは仕事で上手くいかず、勤務時間も長すぎると母教会の信徒にクレームされたのもあり、転職を繰り返した。私としては、皆んな会社を辞めるように言ったのに現実的には何も助けてくれないじゃん……と内心不満たらたらで、社会人三年目には二進も三進も行かなくなり母教会を一時離れた。イザヤ書47章13節「助言が多すぎて、お前は弱ってしまった」の通りの状態だったのである。今となれば、「助言」や「提案」は、「指示」や「命令」とは違ったのだなぁと分かるのだが、当時の私は具体に飛びつく奴隷根性の塊でしかなかった。
 社会人三年目に派遣会社に登録して事務の仕事をしていた時、私は(どうせ神様から離れちゃったんだし、こうなったら思いっきり好きと思えることを試してみよう)と、昼食代を大幅にケチって色々習い事をした。都内某所の個人スタジオにトラックダウン(音楽のミキシング)の方法を習いに行ったのもその一つである。そこのスタジオの持ち主は私の先々のことも心配してくれ、半ば同情心もあったのであろうが「ウチの名前を出していいよ」と職歴を捏造することを勧めてきた。それは罪だ、と私にはハッキリ判った。でも私はその唆しに乗った。もう就職活動でどん詰まっていたというのは勿論あった。けれど、スタジオ主の言ったことはその人の罪としてあるにしても、それを実行した私の罪は私自身の罪なのだ。ましてや私は、聖書を読んで罪の基準を知っていたのだから、弁解の余地はなかった。創世記3章で、神に禁じられていた園の中央の木の果実を食べた口実を「蛇がだましたので、食べてしまいました」 と答えたエバと私は全く同罪である。
 それでも神は憐れみにより、映像のポストプロダクションのバイトを、その後にはBGM制作(主に選曲)の正社員の仕事を下さった。大変ながらもやり甲斐のある仕事であったのは確かだ。しかし(今思えば)定められた時に、神様は私に精神の病を発症させた。そして定年により先に山梨に来ていた両親の元へ身を寄せることになった。「転落人生」と傍目には映るであろう。因果応報と思う方もいるかもしれない。もう山梨に来て二十年が経った。今は障害者の作業所で働き、障害年金暮らしである。でも私は、今の地位まで突き落とされたことに、逆に神の誠実さと本当の意味での憐れみを感じる。私に言えるのはここまでである。
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明確に意思表示せず(伝わらず)、アシストで言った私の責任になる。

2022年06月21日 17時11分26秒 | その他
例えばしたくてしてるわけじゃないぶつ切れ会話の通訳などは
(とど)

2022年5月29日 作歌。

*上句はお題
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自作ポストカード♪⑺

2022年06月18日 10時57分17秒 | 言葉に寄せて




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神様ってば、自慢気なの?(☝︎ ՞ਊ ՞)☝︎

2022年06月15日 16時57分40秒 | その他
こいつめちゃマスターピース!と造ったなんて今日の今日まで知らずにきました
(とど)

2022年6月5日 作歌。

*下句はお題
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一首鑑賞(88):美好ゆか「進めない日は進まない」

2022年06月11日 08時31分35秒 | 一首鑑賞
進めない日は進まない ぶらんこを後ろに漕げば空が近づく
美好ゆか(2022年5月6日のTwitterより)


 いきなり私事で始める非礼を詫びつつ筆を執る。以前から私は体力に自信のある方ではなかったが、ここ三年ほどはとみに身体の衰えを実感するようになった。そんな私に、美好の一首はとても慕わしい。あぁそれで良いのだな、と安心させられるのだ。美好が真摯な信仰を抱いているのはTwitterの呟きの端々から明らかだが、掲出歌では聖書的な語句をあえて使わず、主への信頼の気持ちを現代の日常的なものに置き換えて表しており、信仰のない方にも届く射程を備えた一首になっていると思う。
 出エジプト記は、飢饉のためにエジプトに移住していたイスラエルの民がファラオの圧政から逃れるためにエジプトを脱出し、約束のカナンの地へ向かった歩みの初期の頃を綴った書である。出エジプト記40章34〜38節に、「雲は臨在の幕屋を覆い、主の栄光が幕屋に満ちた。モーセは臨在の幕屋に入ることができなかった。雲がその上にとどまり、主の栄光が幕屋に満ちていたからである。雲が幕屋を離れて昇ると、イスラエルの人々は出発した。旅路にあるときはいつもそうした。雲が離れて昇らないときは、離れて昇る日まで、彼らは出発しなかった。旅路にあるときはいつも、昼は主の雲が幕屋の上にあり、夜は雲の中に火が現れて、イスラエルの家のすべての人に見えたからである」とある。
 私の日常は、週の半分において作業所への通所をし、残りの半分は身の回りの雑務をする他は、短歌作りや読書、執筆、ポストカード作成、手紙書きなどを行なっている。作業所へ通所しない所謂オフの日は、溜まった疲労感と共に、やらなければいけないこと及びやりたいことの数々に圧倒されて、頭の中ではぐるぐる思い巡らしてはいるものの傍目には横になっているようにしか見えないことも多いと思う。現在の母は以前ほど干渉しなくなってきたが、日々寝込んでいるだけに見える私に「情けない!」「呆れた!」を連発していて、ただでも疲れているのにそれに追い討ちで過重をかけてくるようなところがあった。
 「怠けている」という人からのジャッジに怯えて自己証明のために行動に走っても、ただそういう自分への誇りになるだけである。見下しへの抗いが動機だと内面に怒りが蓄積されるように思う。時には有言実行になれないことが出てきてもある程度致し方ない。それよりも、自分の非は非と認め、軌道修正していくことの方がより重要な気がする。
 旧約に散見される「雲の柱」に纏わる聖句は、若い頃はよく解らない感じがしていた。いつの間にか私も性急に成果を求める結果偏重なマインドセットが醸成されてきていたのかもしれない。でも最近は、人にはどう見えようと主と共に歩むことの大切さを噛み締めながら暮らしている。モーセやイスラエルの民と歩まれた主をいつも覚えて生活していけますようにと裡に祈りつつ、次の御言葉を心に留めたい。

人間の心は自分の道を計画する。主が一歩一歩を備えてくださる。(箴言 16章9節)
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重く垂れ込めた空。

2022年06月10日 02時35分18秒 | 風景にあわせて
主の息を引き取る前の曇天よ
(とど)

2022年4月15日 句作。
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教会路地から表通りに出ると。

2022年06月09日 18時30分49秒 | 風景にあわせて
受難日や紅あざやかに花水木
(とど)

2022年4月15日 句作。
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みんな天然だよね…(ㆀ˘・з・˘)

2022年06月08日 19時21分28秒 | その他
伝道はカルト出身者に任すそういうことじゃ困るんだよね
(とど)

2022年5月29日 作歌。

*下句はお題
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手紙魔とど。

2022年06月07日 12時43分26秒 | その他
行間に想い込めすぎ手紙魔の夜な夜な文箱を開けてにんまり
(とど)

2022年5月1日 作歌。
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具体を浮かび上がらせて良いものか…?

2022年06月05日 03時29分07秒 | 人[その作品]に寄せて
プライバシー引けぬ歌集を枕辺にぼんやり付箋の束しごいてる
(とど)

2021年9月18日 作歌。
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桜雨の日に。

2022年06月01日 03時00分53秒 | 風景にあわせて
桜雨あびて墓参の母と弟
(とど)

2022年4月3日 句作。
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