犬鍋のヨロマル漫談

ヨロマルとは韓国語で諸言語の意。日本語、韓国語、英語、ロシア語などの言葉と酒・食・歴史にまつわるエッセー。

「虎に翼」に思う~民族差別

2024-06-16 23:33:13 | 朝ドラ

写真:朝鮮総督府

 朝ドラ、「虎に翼」で、寅子の同級生に崔香淑(サイ・コウシュク/チェ・ヒャンスク)という朝鮮半島出身の女性が登場します。

 もともと兄の勧めで来日、その兄が一足先に朝鮮半島に戻り、高等試験(司法試験)の直前に、香淑も帰って行きました。

 もう出てこないのかと思っていたら、戦後に再登場。

 寅子が働く家庭裁判所設立準備室のメンバーの一人、汐見圭の奥さんになっていたのです。

 どういう経緯かというと…

 香淑が朝鮮半島に戻ったあと、兄の潤哲(ジュンテツ/ユンチョル)は労働争議を扇動した疑いで逮捕。朝鮮総督府裁判所の審理で無罪となる。その時の予審判事が、後の家庭裁判所設立準備室長、多岐川幸四郎。

 多岐川は裁判がきっかけで潤哲の妹の香淑に出会い、日本で法律を学んだことを知って、法律を学ぶ朝鮮の学生たちのサポートを手伝ってもらう。多岐川は、京城帝国大学法学部の講師もしていたいう設定です。そこにいたのが、後の夫の汐見圭。

 香淑には実際のモデルがいなかった、ということを前に書きました。

朝鮮人「留学生」、崔香淑

 一方、 多岐川幸四郎にはモデルがいます。

「家庭裁判所の父」といわれる宇田川潤四郎です。ただ、宇田川は朝鮮半島で勤務していた事実はありません。朝鮮ではなく、満州国の裁判官だったそうです。満州国は、日本が満州事変の後に作った傀儡国家で、国際的には承認されていませんでしたが。

 終戦後、満州から引き揚げてきた宇田川が、巷に溢れる戦争孤児にショックを受け、家庭裁判所に関わるというのは、ドラマが描く多岐川と同じ。

 1945年8月15日の終戦は、韓国にとっては植民地支配からの解放となり、「光復」と呼ばれます。光復と同時に、かつての支配者日本人は、朝鮮半島を石もて追われます。

 多岐川と汐見もそんな朝鮮半島からの引揚者でした。そのとき、汐見と香淑は恋仲になっていた。結婚は双方の家から猛反対にあっていたのですね。香淑は駆け落ちのように、引き揚げる汐見についていき、来日後は日本名、香子(きょうこ)を名乗って日本人として暮らす決意をする…。

 多岐川が帰国時に戦争孤児にショックを受けたのは、朝鮮半島に戦争孤児がいなかったからです。

 朝鮮半島には「志願兵制度」がありましたが、「徴兵制」が敷かれたのは戦争末期で、兵士として戦場に送られたのはごく少数(軍属はいましたが)。戦死者も少なかった。また、朝鮮半島は米軍の主な空襲対象から外れていた(北部の工業地帯だけ)ので、戦災もなかった。徴用など、労務動員で朝鮮内や内地に行ったのは独身男性だった。炭鉱事故などの犠牲者は故郷に子どもを残していたわけではない。

 一方、日本は太平洋戦争で、外地で260万人、内地で50万人の犠牲者が出て、終戦直後には12万人の戦争孤児がいたといわれます。

 平穏な朝鮮半島から再来日した香淑は、かつて自分が住んでいた東京が戦災で廃墟と化していたことにショックを受けたでしょう(架空人物ですが)。

 ところで、日本国憲法第14条に、
「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」
とあります。

 戦前の大日本帝国憲法に、「平等」についての明文規定はなかったそうです。戦前は、「人種、信条、性別、社会的身分又は門地」による差別が存在していた。 崔香淑は、女性であるとともに朝鮮半島出身であることによって差別を受けていた人物という設定なのでしょう。

 人種とは一般に「白人、黒人、黄色人種、アボリジニー」などの違いを言います。朝鮮人は同じ黄色人種ですから、「人種差別」というより「民族差別」というほうが適切です。人種差別は、公民権法が出来る前のアメリカの「黒人差別」やオーストラリアでつい数十年前まで行われていた「アボリジニー差別」が典型的。

 民族差別のほうは、欧米でシェイクスピアの『ベニスの商人』の時代から根強い「ユダヤ人差別」が有名です。日本は、歴史的にユダヤ人差別のない珍しい国家ですが、そのかわりに朝鮮半島出身者、アイヌ、琉球(沖縄)出身者への差別・偏見が根強かった。

 戦前、朝鮮半島出身者も(台湾出身者も)同じ日本人でした。しかし、さまざまな差別が存在していた。

 一つは法的差別。朝鮮半島は総督府が支配し、法律も総督府が定めました。大日本帝国憲法は朝鮮半島では発布されていませんでした。

 朝鮮半島には国政選挙の選挙権がありませんでした。ただこれは、朝鮮半島に居住する日本出身者も同じ。一方、内地に住む朝鮮人には選挙権も被選挙権もあり、実際、朴春琴という朝鮮人が衆議院議員になっています。

 ですので、これは民族差別というより、「居住地差別」というべきものです。

 日本では、戦時下にさまざまな法律が施行されましたが、その内容、タイミングにも違いがあった。

 先に述べたように、「徴兵制」は朝鮮半島では実質的に施行されなかったし、労務動員(徴用)も内地よりずいぶん遅れて実施されました。

 逆に、「日本人」として平等に扱おうとしたことが、戦後は「同化政策」として非難されたりします。

「創氏改名」は、戸籍制度を日本と朝鮮で同一にしようとしたものですが、戦後の韓国では「日本の名前を強制された」として反発しています。

創氏改名①~韓国の百科事典

 法的差別よりも大きいのが、法律には明示されないさまざまな差別感情です。

 関東大震災時の「朝鮮人虐殺事件」は、内地における朝鮮半島出身者に対する差別感情の悲劇的な現れでした。

 差別については、植民地時代を経験した韓国人たちのさまざまな証言があります。

日帝時代の証言

 では、これが日本国憲法第14条によって、解消されたのか。

 第14条は、「すべて国民は…」で始まります。これは裏返せば、「国民でないものには、第14条は適用されない」ということです。

 現代日本で、在日コリアンが差別されている、といわれます。しかしこれらの多くは「国籍条項」によるものです。韓国籍・朝鮮籍を維持している人は、法的に「国民」ではない。14条による「平等」を享受するためには、「帰化」が必要です。

 民族差別というより、「国籍差別」というべきでしょう。

 さて、ドラマの崔香淑は、結婚して「汐見香子」という名の「在日コリアン/韓国系日本人(帰化すれば)」として生きていく決意をします。しかし、出自を隠しているところからもわかるように、「差別」を恐れているのですね。

 今後、民族差別問題がドラマの中で扱われるのかどうかわかりませんが、LGBTQ問題同様、注目していきたいです。

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