大きな揺れを感じたとき,
(ついに来た!)
と思いました。いつ来てもおかしくないと言われていた東海大地震だと思ったのですね。
しかし,その後同僚の持っていたワンセグの情報から震源地は東北地方であることがわかりました。震源地近くの震度はなんと「7」だった。震度5強の東京千代田区でも,思わず座り込むほどの揺れで恐かったですが,東北の被災地の揺れはいかばかりだったのでしょうか。
テレビの報道を通じて,東北の被害の第一報と津波警報が盛んに流される。事情がわからない間は,みな家族の安否を確認するのに忙しい。携帯が通じないなか,なんとか携帯メールやCメールが通じるようになりました。
我が家は長女を除いて,全員と連絡がとれました。長女は今,小笠原に行っている。小笠原は,震源から遠いとはいえ,「大津波警報」発令中です。洋上にいたり,ダイビング中だったりすれば,地震の発生そのものも知らない可能性がある。
「津波に気をつけて。テレビを見なさい」
携帯メールは届いているはずだけれども,返信がないのが不安です。
余震というにはあまりにも大きい揺れが何度も繰り返され,そのたびにひやっとしましたが,結局はガラスが割れたわけでもなく,火災も出ず,停電もなかった。室内の本や資料がすこし崩れた程度で済みました。
むしろ苦労したのは帰宅です。
交通機関は全面マヒ。大阪からの出張者はホテルをとろうとするが,電話が通じない。しびれを切らして近くのホテルに走るも時すでに遅し。会社では女性に優先的に毛布が配られ始め,社内泊の体制が整えられます。
私も一度は泊まる覚悟を決め,営業している数少ない飲食店で腹ごしらえをしました。そして会社に戻ったところで,都営地下鉄が部分的に運行を開始したという情報が入りました。しかし,私が使う東京メトロ(またはJR)と西武線は不通のまま。自宅に帰るのは不可能です。
一方,私の実家には母81歳と伯母88歳がいる。電話はなぜかずっとお話し中。そっちも気になります。9時を過ぎたところで,実家まで歩いて帰ることに決めました。都営三田線が動き始めたということで,とりあえず新橋まで歩いて三田まで南下することに。同方向に帰る同僚と二人で会社を出ました。
道路は大渋滞。バスやタクシーに乗った人も大変です。一時間ほど歩いて内幸町からすし詰めの三田線に乗る。三田に着いたときに,都営浅草線も動いていることがわかる。
えらい,都営線! えらい,石原慎太郎!
次の都知事選では投票するぞ! (ただし私は埼玉県民)
浅草線の終点からさらに30分弱歩き,大田区の実家についたのは11時半すぎでした。母と伯母の無事が確認できました。お話し中だったのは,受話器がはずれたままになっていたからでした。
5時間歩く覚悟で出ましたが,結局歩いたのは一時間半ほど。思ったほどの苦労ではありませんでした。
テレビをつけてみると,東北地方は地震,火事,津波でたいへんなことになっている。深夜までテレビに釘付けでした。
すでにアメリカ,韓国,中国,ニュージーランドその他の国々から支援の申し出がたくさん来ているらしい。ありがたいことです。自衛隊,米軍,その他のレスキュー隊,力を合わせて一人でも多くの人命を救っていただきたいものです。
※ その後,長女は地震発生の直前に東京行きの船に乗ったが,洋上では電波が届かないため,連絡ができなかったことが判明。12日の夕刻,無事に竹芝桟橋に到着しました。津波は,沿岸でこそ猛威を振るいますが,洋上ではほとんど体感なしだそうです。
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http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=138290&servcode=100§code=140
「日本が地震による大災難を乗り越えて立ち上がるのは時間の問題だ。 円高が維持されているからでもなく、日本政府が莫大な資金を供給しているからでもない。混とんの中でも落ち着きと節制を失わない市民の精神が生きていて、住民のためにマイクを最期まで放さない公人精神が残っているということ、これ以上の災難克服意志を示す証拠はない。」
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=138335&servcode=300§code=300
「沈着、忍耐、礼儀正しさなど日本の国民性は教育から出てきたものと思う。それだけ教育が重要だ。日本人は厳しい時であるほど団結する力が強い。大きな災難にあったが、すぐにまた立ち上がるだろう」
物質的な損害も莫大ですが,被災者の精神的ダメージも心配です。
自分のできることをすでに始めておられるようですね。
頭が下がります。
口伝えで朝鮮半島に広まったようで80代近い人だとおぼろげに記憶がありますが現実に見た人は一人だけでした。
父親が拓殖銀行に勤務しており空き家になってしまった頭取の屋敷の黒壁に白文字で大きく書かれていたそうです。
チョーソンナー チョシマラ
朝鮮人よ、気をつけなさい
イルボンヌン イロナンダ
日本は 立ち上がる
ソーリョンエ ソジマラ
ソ連には 騙されるな
ミグウル ミジマラ
アメリカは 信じるな
(発音間違いや誤訳がありましたらお許しを)
65年前の朝鮮人が予言したように、日本は必ず立ち上がって復興します!
程の苦労ではありますが、
私も東京は通信と交通の災難だと思いました。
連絡とれない娘をmixiで発見し、TDLで身動き
取れない親戚の娘を車で救出に。
結局家族全員が顔をそろえたのは昨夜の夜です。
意図せぬユーモアでしょうか。
被害の甚大さに比べて自分の家族の無事なぞ,あまりにも些細なことなので,小文字にしただけですが。
この記事の最後の小文字の※その後、以下のことです。
本文との落差の見事さに、迷ったのですが、これは聞いてみようかなと思いました。
いつからボケとツッコミを覚えられたのですか?
どんなときでもユーモアや笑いは
必要ですよね