日帝時代には記録に残るような大規模飢饉はなかった。でも,局地的には発生していたようです。
『朝鮮を知る事典』「飢饉」の項より
「朝鮮には春窮麦嶺という言葉があり、秋播麦の収穫前の端境期を乗り越える困難さをさす」
「日本の植民地支配下では、近代インドにみられたような大量の餓死者の発生といった事態はなかったものの、地主制の確立や日本への米の大量輸出など、社会的要因による食糧不足は慢性化した。それはこの時期に、朝鮮人の体格の劣悪化が進んだことに象徴的に表れている」
「1930年代初頭、朝鮮農村は全農家の48%(約120万戸)の絶糧農家を出す状態になり…」
また,『新しい韓国近現代史』(桐書房、韓国放送通信大学の教科書。国定ではない)には
「1930年代はじめには、…70%の農家は毎年春の端境期を越せず、草根木皮で命をつないだ」
という記述があります。ちょっと数字が違うのが気になりますが。
30年代の朝鮮農民の生活についていろいろ調べてみると、その悲惨さを示す文献がいくらでも出てくる。
「わずかばかりの畑に飢えた麦でさえ成熟するまで待ちきれずに,まだ実も固まらない乳熟期に刈り取って精白し,されにこれを粉にして粥を作ってすすっている有り様だ。それでもまだ麦ができるようになれば多少とも潤うけれども,4~5月のいわゆる春窮期には,草の芽を摘み,木の根を堀り,木の皮を剥ぎ,アカシヤの花をとってやっと生命をつないでいる。だからだれもが弾力なくふくれあがって栄養不良となり,むさ苦しいオンドルで水ばかり飲んで寝ころんでいる。ある農業指導員から『農民はもっとも多忙な田植えのときさえ,粟飯でも二度三度食べているものはほんのわずかでしょう』と聞かされて驚いた」
(1933年6月12日「大阪毎日新聞」)
「ただでさえ不足がちの,朝鮮人消費用の米は減っていき,大多数の人々は,草根木皮を食べて生きなければならぬありさまであった」
(宇垣一成総督の1934年の談話,李玉『朝鮮史』1982クセジュ文庫)
「過去多年の搾取誅求に悩まされて,心のうちは著しく荒廃し,いわゆる酔生夢死,奮発心も感激性もすり減って希望も理想も意気もない」
(宇垣総督)(鄭在貞『新しい韓国近現代史』)
「農家,特に小作農の中には,秋の収穫期に小作料と借用食糧および債務利子を支払えば,あとには稲を脱穀した台と籾を入れていたパガジしか残らないという,惨憺たる状態にあるものも少なくない……。自ら食糧を生産しながら,自身はこれを食べることができず,端境期になると,もっぱら草根木皮で生命をながらえることが多い」
(京城日報社編『朝鮮年鑑』1940年版)
しかし,本当にこのような状態であったのなら,その間も継続的な人口増加していたというのが不思議です。
何らかの作為や誇張があったのではないでしょうか。
資料によく出てくる宇垣総督は,1920年に始まり,朝鮮農村を疲弊させた元凶といわれる「産米増殖計画」を34年で打ち切り,「農村振興運動」を始めた人物です。この人物が,朝鮮農村の状態を実態以上に悪くいう理由があるとすれば,自らが計画した農村振興運動の予算を取るために国内向けにスタンドプレイをしたかもしれない。
大阪毎日新聞の記事はどうか? 戦前の新聞に客観的報道を求めるのは無理がある。政府の完全な監視下の記事でしょう。当時,世界恐慌と31年の内地・朝鮮双方の大豊作による米価暴落で,日本の農村も疲弊していた。朝鮮の窮状を訴えることにより,
「朝鮮はもっとひどいんだから,日本の農民も我慢しろ」
という政府の情報操作の可能性はないか。
京城日報社の年鑑も,40年という戦時体制に突入する時期を考えれば,上のようなことがありうる。参考に,次は日本の状況ですが…
「昭和恐慌のおこった1930年には,豊作とかさなって米価はわずかの間に約3分の2に暴落し,いわゆる「豊作飢饉」が発生した。ついで翌年と1934年には東北・北海道が「凶作飢饉」にみまわれた。平年作に近かった1932年にも
「凶作ならざる農村に,食ふべき食糧がない,とは何たる矛盾の甚だしい世の様だ。いま農村には,食ふに困るものが簇出してゐる。山の木の葉を取って来て食ったり,豆腐粕(おから)で飢を凌いだり,犬や猫を殺して食ったり,フスマで命を継いだり,欠食児童の弁当ドロが行はれたりしてゐる」(『日本農業年報』第一集)
と伝えられ,同年末の農家負債額は約55億円にものぼった。
農村救済請願運動の高まりに対応して,政府は1932年度から公共土木事業を行って農民に現金収入の途を与えた。しかし,軍事費の膨張にともなってこの事業は縮小され,産業組合を中心に農民を結束させて「自力更生」をはからせる農山漁村経済更生運動が対策の中心になっていった。」
(山川出版社高校教科書『新詳説日本史』1987年検定)
まあ,素直に解釈すれば,実際に,韓半島のある時期,ある農村地域で,相当にひどい状態が現出したのでしょう。
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