コトバヲツグムモノ

「口を噤む」のか「言葉を紡ぐ」のか…さてどちらの転がっていくのか、リスタートしてみましょう。

どれだけの事をしでかしたかの自覚

2011-08-29 23:41:35 | 親子コミュニケーション

子どもの夏休みが終わりました。

うちの子の小学校は2学期制(前・後期)なので、私が子どものころのように「今日から新学期」ということではありません。

先日、校長先生とミーティングした際に「新学期と言えないとすれば、どう言ったら良いんですかね?」と尋ねると、「私は教職員には”前期の後半”と言っています」とのことでした。

ということで、今日から「前期の後半」が始まりました。

 

学校の休み(とはいえ、先生方は普通に出勤されてますが)の終わりとともに、私のPTA活動も活発化してきます。

 

夏休み中には、児童向けの「オセロ・将棋大会」があり、先週には地域のイベントでもある「夏祭り」があり、PTA役員としての活動もあることはありました。

そして今日は、朝一番にPTA役員は集合して「あいさつ運動」。

つづいて、学級委員さんたちも交えて「校内清掃活動」。

さらには、新学期…じゃなくて後期後半最初の「本部役員会議」と、午前中だけでもフル稼働です。

秋にかけて運動会や学芸会などイベントも目白押しですから、いろいろ忙しくなってきます。

 

 

そんな気分一新の日に、うちの息子が神妙な顔をして帰ってきました。

「あんな、いろいろ理由はあるんやけどな…○○ちゃんの手を怪我させてしもたん。」

最初に怪我させたことを言わずに、「いろいろ理由はある」と言い訳から入るところが息子らしいといえばらしいんですが…

息子は息子なりに、精一杯勇気を絞って報告しようとしてますので、ここは時間がかかっても息子の言葉で話させてやろうと、あいづちだけ入れて最後まで聞くことにしました。

 

自分もいやな目に合わされたこと、そんな強くしたつもりはないけれど蹴ってしまったこと。

そして、そのせいで相手の女の子が手の指を脱臼してしまったことを、話は行きつ戻りつしましたが報告してくれました。

少し確認はしましたが、怒ることと詰問することは避けようと。

 

このときの思いを振り返ってみると、「悪いことをした」「いかなる理由があろうと暴力はだめ」ということをわかってほしい思いがあったんでしょう。

 

頭ごなしに怒ることはしませんが、「先に向こうが…」という話に戻るときに「でも、手を出したのはどっち?」ということだけは、本人が受け止めるまで何度も繰り返してたと思います。

 

この考え方は私の思いであって、それ以外の考え方を否定することではない、ということをお断りした上で、ちょっと書いてみます。

 

 

怪我をさせたことで、この行為に関しては全面的にこちらに非があります。

息子としては、「先にいやな思いをさせられた」ということを理由にしますが、そのことで手を出したことが無かったことにはなりません。

何もないのに手を出したことに比べて、同情の余地はあるでしょう。

しかし、それは同情までのことで、罪を免れることとは違います。

 

極論かもしれませんが、殺人を犯した加害者に対してその被害者が目に余る行為をしていたとしても、そこに情状酌量の余地はあっても「殺人しても仕方ない」という「殺人行為を認める」ことはないのと一緒です。

いくら、被害者側に、加害者を追い込むことがあったとしても、その行為を「容認」することは出来ません。

もちろん、同情することはあるでしょう。

 

殺人まで行かなかったとしても、「自分を傷つけられることがあった」という理由があったとしても、それを越える報復行為(身体暴力に限らず、言葉の暴力や誹謗中傷なども)をしてしまえば、その行為は容認されないだけではなく、「もとは自分が被害者だった」という事実も吹っ飛んでしまいます。

 

「だからといって、やっていいわけじゃない」

 

人は、自分の行為に対して言い訳や擁護をしてしまうのも当たり前でしょう。

しかし、そこにいかなる理由があろうとその「行為」を無かったことには出来ないんです。

 

 

息子に対し、怒ってしつける方法もあるかもしれません。

しかし、私は、「怒られた」ということだけが心に残るよりは「だめな事をした」ということをわかってほしいと思っています。

 

自分自身振り返ってみても、怒られたことは覚えてても、何で怒られたかはあまり記憶に残ってなかったりします。

 

今日だけでも何度か息子とこのことを話し、「やったことは無かったことに出来ない」ということを何度も話しました。

怪我をさせた相手は、しばらく包帯をして登校することでしょう。

誤ることは十分にし、仲直りもしたと聞いていますので、これからは手が不自由な分、いろいろ手伝ってあげることを課しました。

どれだけのことをしてしまったのか、身をもって体験してくれればいいなと。


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