生涯学習の部屋

資格取得数238。6つの修士と18の学士と2つの短期大学士。MBAサラリーマンの生きがい発見生涯学習奮闘記。

本日の買い物は・・・

2008年05月05日 23時16分02秒 | その他
連休も残すところあと1日となってしまった。

ところで本日の買い物は「ダルマメダカの購入」が一番の目的であった。引越しの後遺症で、我が家には、今、1匹もメダカがいない・・・

家内は、ダルマッチクラブ会員番号8番の名誉にかけて、メダカを入手することが必須であった。

で、行く場所は「南大沢のアウトレット」である。連休中のアウトレットは込むのであるが・・・

まずは、国分寺まで行って、中央線で立川下車。立川南駅より多摩モノレールで終点多摩センターまで行く。途中、明星大学を家内と一緒に眺める。よくもまあ、こんな巨大なキャンパスを造ったものだ。

多摩センターでは子供の日のイベントをやっており、屋台がたくさん出ていた。

多摩センターから京王相模線で南大沢まで行く。ペットショップにいました!ダルマメダカ・・・1匹なんと1500円!それを4匹かったので、都合、メダカに6000円も費やした。普通のメダカなら、4匹100円程度のものなのだが・・・

これだけのために交通費を使うのももったいないので、リーガルショップに行って靴を買う。2足も・・・これまた出費!足が小さいので、普通の靴屋に売ってないのだ・・・

家内も靴を買った。オニヅカタイガーの靴。

帰りにイトーヨーカドーにある博多ラーメンの店に行った。「ふくちゃん」という店で、明太子の「かねふく」の外食事業としてスタートした店ということだ。

やはり、博多ラーメンは細麺!この基本に忠実で、ラーメンを完食することができました。とんこつなら食べれるんだ!ってことが証明できよかったです。

なんやかんやとやらなければいけないことをやって、家に着いたら19時50分だった。こうして、連休って過ぎていくんだな・・・
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さあ、出かけるか!

2008年05月05日 11時09分27秒 | その他
昼ごはんを食べたら、ちょっと買い物に出かけます。
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ふと思うこと・・・

2008年05月05日 10時14分21秒 | ちょっと立ち止まって・・・
番頭さんが書き込んでくださった内容にコメントを書いているなかで、ふと、思ったことがあります。それは、神の見えざる手において置かれた立場において、そのとき、そのとき、自分のベストを尽くすことが必要ではないかということ。

人生、出世することもあれば、左遷されることもある。栄誉に浴することもあれば、失意のどん底に陥ることもある。愛されることもあれば、振られることもある。盛者必衰、会者定離。色々な憂き目に会うこともあろうが、それは全て、神が自分のために与えてくれた栄誉であり試練でもある。

要は、その時々において、自分は最高のパフォーマンスを上げているかということが、後の、自分に大きな影響を与える。

パフォーマンスなんて言ってしまうと、なんだか、味気ないので、その時々に最高の自分を演じているか?といいかえて方がよいかしら?

「演じる」と言う言葉も聞きづらいなら「神から与えられた役割期待に対し、十分応えているか」という言葉に置き換えてもよい。

人生、ムダのないように、神は見えざる手において、各々に、役割期待を与えている。それに応えられたもののみが、後に、「復活」という言葉で蘇る。

例えば出世街道まっしぐらの人が、子会社に左遷されるも、そこでがんばって、社長になるケースもある。

例えばリストラされた人がいた場合、その流れに押しつぶされる人もいれば、新たな会社で成功する人もいる。

例えば愛を告白して振られてしまった人でも、振られたおかげで、新たな恋に挑戦することができる。

要は、窮地に陥ったときの適応能力とか、環境が変わったときの臨機応変能力とか、未練がましくならず前向きに取り組める能力とかが肝要であるということだ。

それから、私が信じることとしては、人生無駄な出会いはないということと、偶然は必然につながるということである。

昔の私は「人見知り」で、「偏屈」で、「変人」だったため、友人もあまりいなかった。たま~に、顔見知り程度の知人から連絡があったと思ったら「セミナーに来て」とか「いい宗教があるんだけど」とか「鍋買わないか」といったもの。つくづく人間が嫌いになってしまった。

高校も進学校だったので、生徒会のメンバー以外とは、あまり遊んだりしなかったし、むしろ、なんとなく、ライバルって感じで、心の底からはつき合いにくかった。合格ラインとか、偏差値とか、そんな話題が日常で、つまらない。文化祭なんかも、楽なほう、楽なほうに流れる。生徒会役員になったのも、文化祭で助演男優賞をとったのも、体育祭で企画を担当したのも、みんな、他の輩が動かないから。

エネルギーを使うことを避け、そんな時間があったら受験勉強に投下するといった生徒が多かった。だから、変なものがみんな私に回ってくる。で、つくづく人間不信に陥ってしまう・・・

社会人になってからも、色々、いやな目にあってきた。何度、「自分の意思を曲げるくらいなら、あえて潔い死を選ぶ!」と言う言葉を叫んだことか・・・そのたびに、職場から追われる訳ですが。

社会人として不適合者。当然、仲間といえる人々はそんなに多くないかな。(とは言え、意外と助けてくれる人々もいる。本部にいたときに、誠心誠意、営業店のためにやってきたからかしら?)

話は大きくそれすぎたが、産能大学のSCや勉強会で業務に無関係な知己を得ることができた。また、このブログなどでも、コメントを下さる方がおり、コミュニケーションをとることができる。人らしく生きることができるようになったかもしれない。

それから、言いたかったことだが、「人生いたるところに青山あり」ということわざ。突然の転勤や、引越しは、偶然に思えるが、実は、神が必然として与えたことなのである。新しい環境で自分がなすべきことを早く発見することが大切である。

私は、目黒区に引越しすることで、大阪勤務の時には困難だった「産能大学」の卒業と、「産業能率大学大学院」の修了を手に入れることができた。時間に余裕がないといわれる銀行員で、会社に入ってから「大学卒業」と「大学院修了」を、会社の指示ではなく、自己の力のみでやり遂げた人間は少なかろう・・・やはり、人生のワンチャンスを活かした事例といえる。

転職にしてもそう(転職したことはないが・・・)。転職しなければならないと「神」が認識した人間については、黙っていても、転職のキーワードとなるものが現れるはずだ(と私は信じている)。無論、それまで、自己を磨き、人脈を広げ、見地を確かなものにしておかなければならないが、そうすることで、時が転職へといざなってくれるはずだ。もし、そういう機会がなければ、あなたは転職すべき人材ではなかったのであろう。

以上、嘘みたいな話だが、実は、これには確かな根拠がある。そう、「転職したい」と強く思うようになれば、その夢は実現する。だから、その人が転職に対して準備を始めることで、今まで見えなかった「転職」をキーワードとする事象がはっきり見えてくる。そうすることで、「神の見えざる手」が見えてくるわけです。

逆に、それが見えないにもかかわらず、勢いだけで「転職」をすると、何を成功とするかが不明瞭なため、「思ったほど転職は良くない」と感じてしまう。そうなることを避けるためにも、よくよく、考え、思いを高めた段階で決断をして欲しいわけです。

※なんだか、最後はキャリアコンサルタント的な話になってしもうたがな・・・
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