画像のとおり、すき家が「特大」牛丼を発売するそうな・・・
今では「並」でも残しそうなくらい食が細くなってしまったのだが、こいつは、肉が6倍、ご飯が2.5倍のモンスターともいえる牛丼だ。いや、もはや牛丼と呼ぶのはふさわしくないのかもしれない。ドンブリではなく、大皿というべきものか?
カロリーも2,248カロリーと、メタボ一直線のボリューム。厚生労働省当たりから、禁止命令がかかりそうな代物だ。
在野の牛丼研究家?として、地道に活動してきたが、こいつは明らかに桁外れであり、個人的には許されるものではない。「ドンブリで食べる」と言う範疇から逸脱しているし、「早く食べる」というスタンスからも逸脱している。また、990円という価格はワンコインで食べれるという「安価の原則」※からも外れている。
まあ、試みとしては話題性があるので、「最後まで美味しく食べる」ことのできる人は、チャレンジしてみてはいかが?ただ、くれぐれも、食べ残しのないように。
※「早い」「安い」「うまい」とういのが牛丼の原則。この原則にこの牛丼は合致するかというのが私の疑問です。
今では「並」でも残しそうなくらい食が細くなってしまったのだが、こいつは、肉が6倍、ご飯が2.5倍のモンスターともいえる牛丼だ。いや、もはや牛丼と呼ぶのはふさわしくないのかもしれない。ドンブリではなく、大皿というべきものか?
カロリーも2,248カロリーと、メタボ一直線のボリューム。厚生労働省当たりから、禁止命令がかかりそうな代物だ。
在野の牛丼研究家?として、地道に活動してきたが、こいつは明らかに桁外れであり、個人的には許されるものではない。「ドンブリで食べる」と言う範疇から逸脱しているし、「早く食べる」というスタンスからも逸脱している。また、990円という価格はワンコインで食べれるという「安価の原則」※からも外れている。
まあ、試みとしては話題性があるので、「最後まで美味しく食べる」ことのできる人は、チャレンジしてみてはいかが?ただ、くれぐれも、食べ残しのないように。
※「早い」「安い」「うまい」とういのが牛丼の原則。この原則にこの牛丼は合致するかというのが私の疑問です。
毎朝、「書こう!」と思うのだが、ついつい忘れてしまうことに「セミ」の話題がある。
今年は冷夏で「セミの声を聞かないな・・・」と思っていたら、最近、通勤途上で、ようやく「セミ」を見かけるようになった。
とはいえ、ここで書く理由としては「小平」ではなく、「23区内」でセミが鳴いているからである。
最近、通勤経路をバスに変更し、直接国分寺まで出ているので、あまり歩かなくなった。一橋学園経由だったら、玉川上水を渡るところでセミの認識するだろうに、残念なことに、もう、そのルートは通らない。
しかし、中央線から電車を乗り換える、当にその瞬間、セミの声がシャワーのように降り注ぐ。都心においても、季節の風物詩が感じられるのだと、一瞬、通勤中であることを忘れてしまう。
できれば、季節感を忘れることなく、暮らしていきたいと願っている。
今年は冷夏で「セミの声を聞かないな・・・」と思っていたら、最近、通勤途上で、ようやく「セミ」を見かけるようになった。
とはいえ、ここで書く理由としては「小平」ではなく、「23区内」でセミが鳴いているからである。
最近、通勤経路をバスに変更し、直接国分寺まで出ているので、あまり歩かなくなった。一橋学園経由だったら、玉川上水を渡るところでセミの認識するだろうに、残念なことに、もう、そのルートは通らない。
しかし、中央線から電車を乗り換える、当にその瞬間、セミの声がシャワーのように降り注ぐ。都心においても、季節の風物詩が感じられるのだと、一瞬、通勤中であることを忘れてしまう。
できれば、季節感を忘れることなく、暮らしていきたいと願っている。
机の上に山積みされた「資格」関連の図書をみて、ふと思う。「自分はいったい何なんだろう?」と。
資格について言えば、自称「否」資格マニアであり、生涯学習の一環として追究しているに過ぎない。
しかしながら、資格取得の実践者であり、その数は日本でもトップクラスであり、また、職能系資格では取得数「日本一」である。
本業は銀行員であるが、「資格」という存在自体を研究対象としている「在野の研究者」である。
そして、その研究が評価されることはない・・・何せ、ニッチな分野ですから。「教育学」の先生に拾っていただいたが、実際、自分としては「社会学」の分野じゃないか・・・と真剣に悩み始めている。
あるいは、資格により、キャリア形成を行うといった観点から、元に戻って「経営学」で論じるべきではないか・・・とも思い始めている。
ここに来て「軸」がぶれ始めている。とはいえ、今までは何もしていないから、ぶれることすらなかった訳で、ちょっとは考え始めたのかな~とも思っている。
修士論文提出まであと170日程度。もう後戻りはできない状態である。誰がなんと言おうと、資格の取得数、取得分野、研究歴でいえば、日本で100本の指(ちょっと弱気)には入るはずだから、自分の考えを思うがままに述べていくしかない。
早く成果物のアウトラインを完成させ、楽になりたいものである。
※とはいえ、成果物が完成したとしても、周囲の目は「資格マニアのたわごと」なんだろうな・・・・
資格について言えば、自称「否」資格マニアであり、生涯学習の一環として追究しているに過ぎない。
しかしながら、資格取得の実践者であり、その数は日本でもトップクラスであり、また、職能系資格では取得数「日本一」である。
本業は銀行員であるが、「資格」という存在自体を研究対象としている「在野の研究者」である。
そして、その研究が評価されることはない・・・何せ、ニッチな分野ですから。「教育学」の先生に拾っていただいたが、実際、自分としては「社会学」の分野じゃないか・・・と真剣に悩み始めている。
あるいは、資格により、キャリア形成を行うといった観点から、元に戻って「経営学」で論じるべきではないか・・・とも思い始めている。
ここに来て「軸」がぶれ始めている。とはいえ、今までは何もしていないから、ぶれることすらなかった訳で、ちょっとは考え始めたのかな~とも思っている。
修士論文提出まであと170日程度。もう後戻りはできない状態である。誰がなんと言おうと、資格の取得数、取得分野、研究歴でいえば、日本で100本の指(ちょっと弱気)には入るはずだから、自分の考えを思うがままに述べていくしかない。
早く成果物のアウトラインを完成させ、楽になりたいものである。
※とはいえ、成果物が完成したとしても、周囲の目は「資格マニアのたわごと」なんだろうな・・・・
先に述べたとおり、夏休み初日。うれしくて、2時半頃に目が覚めた!
まあ、遠足前の小学生のようなもので、勝手に目が覚めてしまう・・・
さて、休む前に、多くの会社の同僚から「で、休みはどこか行かれるのですか?」と聞かれる訳だ。
正直に「大学院で授業を受けます」と言うべきか、「実家には帰りません」あるいは「ちょっと都内で・・・」と言うべきか?
前の支店では、多くの人が大学院で学んでいることを知っていたから、特に気を遣う必要もなかったのだが、新しい職場では、言っていいものか、言わなくていいことなのかわからない。
プライベートなことなのだから、言う必要はないのだが、既に、色々なルートから「私の学習歴」を知っている人もいる。その人に対しては、言葉を濁すことは嘘をつくこととなってしまう。
事実、「実家には帰らず、都内で過ごします」と言った方が、「ああ、大学に行っているんだっけ?」と切り替えしてきた。素性がばれている人もいるのだ。
で、毎日顔を合わせる人に対しては、正直に「大学院に在籍してまして、夏季スクーリングに行ってきます」あるいは「学校で授業を受けます」と答えることとした。
身近な人は、いずれ、私が院生であることは「確実にバレる」。修了式のために、通常、銀行員が休みを取らない日に休暇をとらないといけないし、明星の場合、修士論文を作成すれば、いずれ、名前は何らかの形で必ずネット上で公表される。
いずれにせよ、遅かれ、早かれわかってしまうことなら、「誰に言って」「誰に内緒にしているか」に気を悩ませるより、可能な限り正直に言ってしまったほうがすっきりする。
悪いことしてるわけじゃないし・・・
ただ、それを自慢しているとか、鼻にかけているととられると悔しいし、癪である。そんな気持ちは毛頭なく、ただ、純粋に学びたいだけである。その自分の性格を新しい職場の方々が受け入れてくれるか、それが心配なだけである。
まあ、遠足前の小学生のようなもので、勝手に目が覚めてしまう・・・
さて、休む前に、多くの会社の同僚から「で、休みはどこか行かれるのですか?」と聞かれる訳だ。
正直に「大学院で授業を受けます」と言うべきか、「実家には帰りません」あるいは「ちょっと都内で・・・」と言うべきか?
前の支店では、多くの人が大学院で学んでいることを知っていたから、特に気を遣う必要もなかったのだが、新しい職場では、言っていいものか、言わなくていいことなのかわからない。
プライベートなことなのだから、言う必要はないのだが、既に、色々なルートから「私の学習歴」を知っている人もいる。その人に対しては、言葉を濁すことは嘘をつくこととなってしまう。
事実、「実家には帰らず、都内で過ごします」と言った方が、「ああ、大学に行っているんだっけ?」と切り替えしてきた。素性がばれている人もいるのだ。
で、毎日顔を合わせる人に対しては、正直に「大学院に在籍してまして、夏季スクーリングに行ってきます」あるいは「学校で授業を受けます」と答えることとした。
身近な人は、いずれ、私が院生であることは「確実にバレる」。修了式のために、通常、銀行員が休みを取らない日に休暇をとらないといけないし、明星の場合、修士論文を作成すれば、いずれ、名前は何らかの形で必ずネット上で公表される。
いずれにせよ、遅かれ、早かれわかってしまうことなら、「誰に言って」「誰に内緒にしているか」に気を悩ませるより、可能な限り正直に言ってしまったほうがすっきりする。
悪いことしてるわけじゃないし・・・
ただ、それを自慢しているとか、鼻にかけているととられると悔しいし、癪である。そんな気持ちは毛頭なく、ただ、純粋に学びたいだけである。その自分の性格を新しい職場の方々が受け入れてくれるか、それが心配なだけである。