生涯学習の部屋

資格取得数238。6つの修士と18の学士と2つの短期大学士。MBAサラリーマンの生きがい発見生涯学習奮闘記。

人生論

2010年01月07日 22時43分25秒 | ちょっと立ち止まって・・・

私が本格的に大学で学び始めたのは6年前からである。

それまでは、普通のサラリーマンをしていた。某大学経済学部卒業、銀行員生活14年の36歳の平凡な人間である。

まあ、ちょっと違ったのは「資格」に対する意欲が旺盛であったことぐらい。それと、読書が好きだということが普通と違ったかしら。加えて、通信教育が好きで、民間の資格の通教を多数履修していた。

通信教育を年間10講座ぐらい履修していた。会社で5講座まで補助が出たし、それ以外にも安い通信教育をやっていた。通信制大学に入学したのも、民間の通信教育に払っているのと大差がなかったから抵抗なく入学できた。

通信制の産能大学を卒業するまでは、学士が1つで普通のサラリーマンだったが、産能を卒業してからの4年間が凄かった。1修士7学士を取得してしまったからだ。学歴的に、一般社会人から「大きく乖離」したのはここ4年の話。それまでは、本当に普通のサラリーマンだった。

例えば、誰でも2年間で1修士4学士を狙うことが、制度上可能となっている。無論、積上単位や基礎資格を充足しているのが条件であるが、意外と、なんとかなるものである。

要は、「やるかやらないか」という問題と「やることに価値を見出せるか」という問題である。

価値を見出せないと、学習のモチベーションは向上しないのだが、私には「無用の用」という座右の銘があった。まあ、今必要でなくても、将来、それが必要となることもあるかもしれぬ。

それに、私は100%忙しい人はいないと思っている(まあ、一部秒単位で行動している人もいるので100%は暴論かもしれない)。たとえ1秒でも、無駄にしていないという人にあったことがないからだ。

人間は人生という時間を何か別のものに等価交換することで日常を送っている。私は他の人より、少し、学習(学位や資格)に換えている量が多いだけ。

仕事を通して人生をお金に換えている人が多いのだが、その人生は、果たして、無条件に幸福と言えるのだろうか?私は、なかなか、そこに価値を見出せないから、人とは違ったことをしているだけ。

貴重な人生。時は、無常に過ぎていく。一体、あなたは、その人生を何と等価交換していくのだろう。何に交換するかは自己責任であり、自分の専管事項である。後に振り返って、「つまらぬものと交換してしまった・・・」と思わぬよう、ゆめゆめ油断されることなきよう。

無論、私がやっていることがベストではない。それに、人真似をすることは、自分の選択権を放棄している。何に換えるかを決めるのは自分自身であるから、人生は悩ましいものだと言えるのだ。

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中央線からも・・・

2010年01月07日 22時37分42秒 | 富士の高嶺
最近、中央線が高架になったためか、朝の出勤時に富士山を見ることができる。

中央線からの富士山、とっても美しい♪

電車の中で本を読んでいるのだが、ついつい、富士山を眺めてしまう。その雄姿、美しさは比類なし。

無論、この世の中には、もっと美しい風景があると思う。しかし、それより、ただ、ただ、白く艶やかに輝いている富士を眺める方が、私にとっては心に強く響くものとなっている。
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凄く凹む・・・

2010年01月07日 22時06分19秒 | 放送大学
記述式のレポートが戻ってきた。

コメントが圧巻。

「理解が大変不十分です。つまみ喰いではなくじっくりテキストを学んで下さい」となっていた。

ワードでつくったレポートには大きな字で「致命的まちがい」と書かれており、更に凹む・・・

今回、試験を受験するのを見送ろうかしら・・・来期の試験は日曜日だから、しっかり学習してから受験しようかと思い始めている。
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