産業能率大学から「入学説明会&イベントのご案内」が届いた。
資料を請求したからだろうか?とはいえ、短大・大学・大学院と、産能の全てを知り尽くした立場からすれば参加しなくても、十分趣旨は理解できる。それに、「ご参加の皆さまに本学特製ふせんセットをプレゼント!」と右下に記載されているが、特製ふせんも持っているし。
加えて、入学説明会に行っても「短大卒業生」「大学卒業生」「短大科目履修生」「大学科目履修生」「本学卒業生の配偶者」等々といった特殊な立場の私は、会場で的確に「大学に入学した場合」のカテゴリーを判断してもらえない可能性が高い。以前も入学説明会でもめましたから(笑)。
でも、もし通信制大学・短大等で学習したいという思いが少しでもあるなら、入学説明会に行ってみるのもいいだろう。ひょっとしたら、そこで人生が大きく変わるかもしれないから。
その昔、私が産能大学の説明会に参加したのは2004年のこと。それまでは、資格に造詣の深いと言われたものの「普通のサラリーマン」としての生活を送っていた。学位は経済学士1つのみ。学生会のYさんやKさんにアドバイスをいただき、夫婦で産能の通信制大学・短大の学生になったことが現在の私に繋がっている。
人生そういうもの。何がきっかけで変化するかわからないのだから。何か不愉快なことがあって「俺は不幸だ・・・」と思っていたとしても、その不愉快なことがなかった場合、自分はもっと不幸になっていたかもしれないということには思い至らない。
例えば、飛行機に乗り遅れて「残念・・・」と思っていたら、その飛行機が墜落してしまったという間一髪で命拾いという話を聞いたことがある。しかし、その話の裏には、逆に、キャンセル待ちでたまたま乗れてしまった飛行機が墜落して命を落とすという不幸な物語があるかもしれない。
今、この瞬間の自分があるのは、過去の自分の「成功」「失敗」「幸運」「不幸」等々、すべての自分の人生のストーリーが紡いできた事実に起因するのである。「メガネが壊れて不幸だ」と思ったとしても、その「メガネの破損」がなく、順調にいっていたとしたら車に引かれて死んでいるかもしれない。受験はすべて合格して欲しいものだが、不合格だから拓かれる人生のシナリオもあれば、合格してしまったために閉ざされてしまう人生のシナリオもあるのだ。
とはいえ、人間、最後は「死」で終了する。そう、いつかは分からないのだが、自分の命は期限があるのだ。その不確実だが、確実に与えられている自分の人生を、無為に消費しないように注意したいものである。