村上ファンド事件に関して。 堺屋太一氏の談話が今日の朝刊に掲載されていました。
堺屋さんの書籍は色々と読んできましたが、この談話には失望しました。
村上ファンドは、「日本的資本主義」をただす意味で重要な機能があった。 官僚主義、日本的経営体制の持つ硬直性やゆがみという閉塞感を打ち破った。 「あるべき資本市場」を目指し、日本的資本主義を突き崩す一翼を担うはずだった。 それが、単なる「買い占め屋」に成り下がったのが、今回の事件。
前半部分の概要はこんな所です。 問題はこの後です。 そのまま引用します。
村上前代表への批判の矛先が変わって、自由な投資行動を抑制する議論や、日本の資本市場全体に対する批判に結びつけられる可能性がある。 反動で古風な勤勉倫理が重視され、「額に汗して働く」 ことが一番の美徳とされれば、農本主義への回帰だ。 金融技術の発達や、知的財産といった新たな価値の創造も阻害しかねない。 成り金や格差社会への反発とつながれば、結果の平等が議論され、官僚が主導すれば正しいとする社会へ逆戻りする心配もある。
少し長くなりました。 原文のままです。 下線は私が付けました。
勤勉倫理が古風でしょうか? まぁ、その判断は嗜好に属するとして無視しましょう。 問題は、その勤勉倫理が新たな価値の創造を阻害する、としていることです。 勤勉無くして、創造など出来ないでしょう。 投資ファンドを選択して資金を提供するだけで楽して儲ける社会。 汗して働くことを尊ばない社会。 それが異常な価値観です。 金さえ儲ければ、それで良しとするからおかしくなる。
自己を伸ばすことで、世のために尽くして人のために働かす。 そのことの尊さを教えるべきです。 自己を伸ばすためには、己の一切を傾け、仕事に没頭することが必要です。 それが額に汗することでしょう。
堺屋さんに関しては、所詮、経済の目でしか世の中を見られないのか、と失望致しました。
同時に、朝日新聞にも少なからず失望しました。 この談話内容は極論です。 極論であるなら、新聞に掲載する際には対論も同時掲載すべきだと思います。 そうしなければ、極論で社会をリードする恐れがあります。 マスコミの影響力は著しく肥大しています。 極論に偏る報道は考えるべきでしょう。
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