麻生さんの葬式から数日後、
世間はクリスマスを迎えた。
昼過ぎから雨が降った。
妻は洗濯が出来ないのを残念がっていた。
キリストの優れたところは、
どんなにささやかな善意にも罪があるということを教えてくれるところにある。
自分が生まれてこの方、
一つの罪さえも犯していないと言える者だけが、
あの犯罪者に石を投げるが良い。
汝の敵を愛せよ―
彼女の様々な事情から、
形だけの結婚生活を送っているとはいえ、
クリスマスくらいは何か華やかなプレゼントでも、と思う。
もっとも、僕の少ない給料では高が知れているが。
それに彼女もそんな事は望んでいないのだ。
ディケンズの二都物語を読みながら、
そんなことを考えていると、
ふいに彼女が「出掛けよう」と言った。
「平気なのか?」と僕は聞いた。
「うん」と彼女は言った。
彼女が前の夫から逃げる為に、
僕の部屋に転がり込んできたのは1年前のことだ。
中学の時のクラスメートだった。
「しばらく泊めて欲しいの」と彼女は言った。
僕の今の住まいを誰に聞いたか知らないが、
いきなりそんな事を言われても困る。
どのようにしてこの状況を丸く収めれば良いか、
僕は今にも泣き崩れそうな彼女を見ながら考えていると、
ある事に気付いた。
彼女の右手の甲には火傷の跡があった。
最初は気にしなかった。
だが、左足首にもアザがあるのを見た瞬間に、
僕はなんとなく彼女の事情を理解した。
彼女の結婚式には僕も招待された。
ちょうど1年前くらいだ。
相手は優しそうな男性だった。
彼女も幸せそうだった。
「狭い部屋だけど」と僕は言った。
「しばらくいるといい」
「ありがとう」と彼女は言った。
とにかく僕がまずしなければならなかったのは、
彼女の為にもう一組布団を買うことだった。