今日は友達の結婚式。
でも何の準備もしてない。
っつーか仕事だし。
結婚式の知らせを受けた時は、
けっこう暇だったので何も考えずに出席の返事をしてしまったが、
いやいや、やはり年度末は警戒しておくべきだった。
仕事先で礼服に着替え、タクシーに乗り込んで会場へ。
ヤベー間に合わない。
さきほどコンビニで買った祝儀袋に札を突っ込み、名前を書く。
そこまでして、ようやく一服。
と思ったらタクシー禁煙でした。
もはや喫煙家に居場所なし。
会場について一目散にロビーヘ。
式に出席してる友人が待っててくれてたので助かりました。
その友人の案内のお陰で、複雑な式場内をスムーズに進め、
なんとかギリギリセーフ!!
正にいま入場しようと支度している新婦の横をすり抜けて。
挙式はチャペル方式。
友達である新郎の入場。
続いて新婦と新婦の父上の入場。
パイプオルガンのメロディに導かれるように、
新婦親子が赤い絨毯の上をゆっくり進む。
その先に待つ新郎のもとへと。
そして新婦は父の手を離れ、
新郎の横へと歩む。
僕は何故かこの場面に弱い。
めっぽう弱い。
なんかもうツボにメッキリ食い込む。
何十年と愛して育ててきた娘が、
今まさに我が手を離れて、
どっかの男に奪い去られるのである。
新郎!キサマぁぁぁぁッ!!(友達だろ)
そして神父が二人に祝福を授ける。
いつも不思議ですが、
なぜカタコトの外人神父と決まっているのだろう。
普通に日本人の神父とかいても良さそーなものだが。
スコヤカナトキモ ソージャーナイトキモ
ソージャーナイ、って。
違う、違う、そうじゃ、そうじゃない♪
の聴きすぎか。
このような正式な場所では
そうではない、と
きちんと発音すべきじゃないんじゃないでしょうか?
あれ?
そして一通り式辞が済む。
静寂。
明るい太陽の光がチャペルに振りそそぎ、
人々の静かな願い、祝福、歓喜を乗せて、
バッハの「主よ、人の望みの喜びを」が流れる。
確かに音楽とは人間が生み出した文化の極みかもしれない。
そして舞台は披露宴へと続く。
すごいですね。
作り込まれている。
二人の生い立ちから、なれそめ、そして現在、
時の流れが映像化されて会場に流れる。
素晴らしいですね。
もうなんか、エンターテイメントですね。
BGMはミスターチルドレン・・・・・・・・・・・・・・・・・。
祝辞の場面になり、
新婦の友達が登場。
声を詰まらせながら祝辞を読み上げる友。
そして神父も涙を流す。
神父が泣いてどーする。新婦ね。
もらい泣きしそうになる。
なぜ2人が泣いているのかは全くの謎ですが。
最後の挨拶で、ようやく新郎と話が出来ました。
「新居に襲撃するから、大量に酒を用意して待ってろよ」と僕。
「ああ、いつでも来いよ」と笑う新郎。
友よ、とりあえずは、おめでとう。
でもこれからが始まり。
健やかな時も、そうではない時も、妻を愛し続けると誓いますか?
「はい!誓います!!」
そう堂々と誓ったのだ。
君に、幸せあれ。
ベートーヴェン交響曲第9番 「歓喜の歌」
歓喜よ、神々の麗しき霊感よ
天上の楽園の乙女よ
我々は火のように酔いしれて
崇高な汝(歓喜)の聖所に入る
汝が魔力は再び結び合わせる
時流が強く切り離したものを
すべての人々は兄弟となる
汝の柔らかな翼が留まる所で
ひとりの友の友となるという
大きな成功を勝ち取った者
心優しき妻を得た者は
彼の歓声に声を合わせよ
そうだ、地上にただ一人だけでも
心を分かち合う魂があると言える者も歓呼せよ
そしてそれがどうしてもできなかった者は
この輪から泣く泣く立ち去るがよい
すべての被造物は
創造主の乳房から歓喜を飲み、
すべての善人とすべての悪人は
創造主の薔薇の踏み跡をたどる。
口づけと葡萄酒と死の試練を受けた友を
創造主は我々に与えた
快楽は虫けらのような弱い人間にも与えられ
智天使ケルビムは神の御前に立つ
神の計画により
太陽が喜ばしく天空を駆け巡るように
兄弟たちよ、自らの道を進め
英雄のように喜ばしく勝利を目指せ
抱き合おう、諸人(もろびと)よ!
この口づけを全世界に!
兄弟よ、この星空の上に
父なる神が住んでおられるに違いない
諸人よ、ひざまついたか
世界よ、創造主を予感するか
星空の彼方に神を求めよ
星々の上に、神は必ず住みたもう
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時の移ろうなかで、人は変わってゆく。
その変化は時には運命の如く抗い難い。
だが天と地を貫くほどの柱を持って、
どんな揺さぶりにも頑強に耐えてみせろ。
なんて、人のことだと、なんとでも言えますね。