今回は、山岡鉄舟の書『花隠逸』です。
本紙:29.8㎝x64.6㎝。明治。
【山岡鉄舟】天保7年(1836)ー明治21年(1888)。剣豪、政治家。無刀流を創始する。江戸無血開城に尽力した。能書家として知られる。
生涯、10万(100万?)以上の書を残したと言われる(偽物はその何倍も)山岡鉄舟ですが、書で得た金は恵まれない人々に与えていたそうです。禅にも通じ、金、名誉、そして命にも無頓着であったらしい。剛直な剣、流麗な書だけではなく、人生の達人でもあったのですね。
山岡鉄舟の書は、読めないので有名です。今回の品は、国文学専攻の教授も読めませんでした(^^;
じゃあ、なぜ理系の私にわかったのか?・・・・扁額の裏に書いてありました(^.^)
さて、問題の『花隠逸』です。これは何だ?
調べてみると、北宋の儒学者、周敦頤(しゅうとんい、1017-1073)の「愛蓮の説」の中にある語句であることがわかりました。
愛蓮説
水陸艸木之花、可愛者甚蕃。
晋陶淵明独愛菊。自李唐来、世人甚愛牡丹。
予独愛蓮之出淤泥而不染、濯清漣而不妖、中通外直、
不蔓不枝、香遠益清、亭亭浮植、可遠観而不可褻翫焉。
予謂、菊花之隠逸者也、牡丹花之富貴者也、蓮花之君子者也。
噫、菊之愛、陶後鮮有聞。蓮之愛、同予者何人。牡丹之愛、宜乎衆矣。
予謂菊,花之隠逸者也、・・・
予謂(おも)へらく、菊は花の隠逸なる者なり、・・・
私は思うに、菊の花は隠逸者であり、・・・
晋の陶淵明は、一人、菊を愛したが、世人はこのかた、牡丹ばかりを愛している。・・・・・・私は思うに、菊は花の隠逸者であり、牡丹は花の冨貴者であり、蓮の花は君子だ。陶淵明の後、菊を愛する人のことを聞いたことがない。私と同じくらい蓮を愛する人は、どんな人だろう。牡丹を愛する人はいっぱいいるというのに。
いつの時代も、富を求める人間は多いけれど、陶淵明のように、俗世間から逃れてひっそりと暮らす人は少ない。菊は、姿が見えなくても、暗闇でも、清らかで気高い香りによって、その存在が知れる・・・隠逸の花、菊は、陶淵明を象徴しているのですね。
なお、千宗易が天皇から利休居士の号を与えられたとき、参禅の師、古渓宗珍和尚が利休に送った賀頌が『風露新隠逸花』だったので、この書軸が茶席に掛けられることもあるようです。
故玩館の扁額『花隠逸』は、玄関を入り、先回の魯山人『静観』の下をくぐって、最初の部屋に入ったところにあります。
扁額の下では、木彫『弱法師』、ブロンズ『舞う男』が出迎えてくれます。脇には二川焼の壷、奥には、琳派の菊花図二曲屏風が置いてあります。
屏風に描かれた菊花は満開なのですが、この辺りをウロウロしている故玩館主人からは、高雅な香り・・ではなく俗臭が・・・・・世俗から離れ、隠れ住む『花隠逸の境地』には、ほど遠いようです(^.^)