江戸中期の画家、吉田元陳の扇面画『葵上』です。
18.0㎝x39.3㎝、江戸中期。
【吉田元陳(よしだげんちん)】 享保十三(1728)年―寛政七(1795)年。江戸中期に活躍。法橋、法眼に叙せられた。
明和八(1771)年に法橋、安永六(1777)年に法眼に叙せられたので、今回の品はその間の作と思われます。
扇面の骨痕が絵を貫いていますから、元々、扇面画だったようです。
女性が舞っています。
それを見つめる男と少女。
この絵は一体・・・・?
それを解くカギは、
扇面に書かれた歌詞にありました。
「沢辺の 蛍の影よりも」・・・これは、能『葵上』の一節です。
世阿弥作と言われるこの能は、源氏物語『葵の巻』から材をとり、光源氏の愛を正妻葵上に奪われた、源氏の愛人、六条御息所の怨念と哀しさをテーマにしています。
葵上は物の怪に憑りつかれ、病に臥しています。朱雀院の臣下(絵の中の男)は、照日の巫女(絵の中の少女)をよび、物の怪の正体を明らかにしようとします。やがて姿を現したのは、六条御息所の生霊でした。生霊は葵上の枕元に立って怨みの言葉、呪いの言葉を投げかけます。続くくだりが、能『葵上』前半のクライマックス、「枕の段」です。
【枕の段】
「恨めしの心や。あら恨めしの心や。人の恨みの深くして。憂き音に泣かせ給ふとも。生きてこの世にましまさば。水暗き沢辺の蛍の影よりも。光君とぞ契らん
わらはは蓬生の。もとあらざりし身となりて。葉末の露と消えもせば。それさえ殊に恨めしや。夢にだに返らぬものを我が契り。昔語りになりぬれば。なほも思ひは真澄鏡。その面影も恥づかしや。枕に立てる破れ車。うち乗せ隠れ行かうよ。うち乗せ隠れ行かうよ。」
「ああ恨めしい。本当に恨めしい。私の恨みはあまりにも深く、葵上が辛い目にあったとしても、この世に生きている限りは、水辺の蛍よりも美しく光る源氏の君と契りを結ぶでしょう。
それに対して、私はというと、元の契りに戻ることはない。昔の話にすぎなくなってしまったので、余計に思いはつのるばかり。ああ、この姿が恥ずかしい。いっそ、枕元の破れ車に葵上を乗せ、つれて行ってしまおう。」
生霊となった六条御息所の凄まじいまでの怨念が伝わってきます。
シテ、六条御息所は、泥眼とよばれる面をつけています。これは、白目と歯に金泥を塗った女面で、人から人ならぬもの(怨霊)へ変化したことを表しています。
一方、照日の巫女は通常の女面(小面)です。今回の品では、両者の表情の違いが表現されているように思えます。
ところで、能『葵上』には、病に臥した源氏の正妻、葵上は一度も登場しませんが・・・・
実は、3人の登場人物の間に置かれた小袖、これが、病に臥した葵上なのです。何というシュールな設定。
世阿弥のセンスに脱帽です(^.^)
それでも、タイトルが『葵上』ですから、不思議です。
世阿弥は遊んでいるのでしょうか(^.^)
その中で、葵上に関係した話はわかりやすいです。イメージがわきやすいのですね。
5月15日が葵祭でしたか。学生の時、友人が毎年、バイトで下級男の役で出ていました。全くやる気なし。煙草を吸って歩いていた時は、さすがに注意されました(^^;
でも、さすが、法橋、法眼にまでなられた方の絵ですね。
絵が上手いですよね(^_^)
また、3人の登場人物の間に小袖を置き、それを、病に臥した葵上とするわけですか。
ホント、そのような設定をする世阿弥のセンスにも脱帽ですね(^-^*)
さすが遅生様のコレクション。感服いたしました。
源氏で一番おもしろいのは、葵だと思っております。葵祭の喧騒、六条御息所の生霊と僧との対決、生霊の告白、夕霧の出産と葵上の死。どこをとっても絵になりますね。上村松園の絵を見た時に、震えるほどの美しさと怖さを感じました。小生の葵も、そろそろ再開しよう考えております。
今年の5月15日の葵祭も中止とか。残念です。
あふひにはあふぐ風ふくかもみそぎ