先回に続いて、江戸時代の小謡集、『下掛諷酒宴小諷大成』です。
『下懸酒宴小諷大成』
宝暦九(1759)年、谷口七左衛門、(再版)寛政七(1795)年、書林 此村欽英堂、31丁
能舞台で演じられる三番叟と観客。町人が多い。女性も。
曲は、春夏秋冬の順に並んでいます。全部で百番です。
鼓瀧、松竹、横山など、先回の『拾遺小諷小舞揃』同様、現行曲にないものが見られます。また、五節句の謡いとして、正月七日、三月三日、五月五日、七月七日、九月九日という謡が入っています。これらも、現行曲にはありません。
タイトルが、『下懸酒宴小諷大成』となっていますが、酒宴向きの曲は、30番ほどです。
目次の上の図が面白い。
この図のタイトルは、「謡有十徳」です。謡いには、10の徳があるというのです。
これは、現在でも、「謡曲十徳」とか「謡曲十五徳」といわれるもので、能(謡曲)を習うと、10(15)の良いことがあるとされています。江戸時代から現代まで、流派や時代によって少しずつ異なりますが、謡曲によって多くの徳が得られると言われてきました。
江戸後期の『謡曲十五徳幷注解』(文政六癸羊歳仲春 弘章
堂)にはに、十五徳が次のように説明されています。
①不行而知名所 行かずして名所を知る
②在旅得知音 旅に在つて知音を得る
③不習而識歌道 習はずして歌道を識る
④不詠而望花月 詠ぜずして花月に望む
⑤無友而慰閑居 友無うして閑居を慰む
⑥無薬而散欝気 薬無うして欝気を散ず
⑦不思而昇座上 思はずして座上に昇る
⑧不望而交高位 望まずして高位に交はる
⑨不老而知古事 老いずして古事を知る
⑩不戀而懐美人 戀ひずして美人を懐ふ
⑪不馴而近武藝 馴れずして武藝に近づく
⑫不軍而識戦場 軍ならずして戦場を識る
⑬不祈而得神徳 祈らずして神徳を得る
⑭不觸而知佛道 觸れずして佛道を知る
⑮不厳而嗜形美 厳ならずして形美を嗜む
この本、『下懸酒宴小諷大成』ではどうなっているのでしょうか。
位なうして高位にまじハる <・・・・・>⑧
賤して貴人とあそぶ <・・・・・>⑧?
ならわずして文字を知る <・・・・・>?
行ずして名所をしる <・・・・・>①
学ばずして歌道をしる <・・・・・>③
願わずして仏道にいたる <・・・・・>⑭
祈らすして神意にかなふ <・・・・・>⑬
伽なくして閑居をなぐさむ <・・・・>⑤
ぐち(愚智)にしてさとりを得る <・・・>?
療治なうして病を治す <・・・>⑥
右側に、「謡曲十五徳」のどれに相当するか、番号で示しました。
両者には、微妙な違いがあります。
この本の十徳の中で、「ならわずして文字を知る」は、一般向け啓蒙書である小謡集ならではの項目かもしれません。
本文上欄には、式三番、能面の図、小道具図、小舞の謡、語問對、諷章句、大小鼓打様とあり、これらが、上欄に、以降、掛かれています。先回のブログで紹介した『拾遺小諷小舞揃』と同様、狂言小舞の謡いが載っています。
烏帽子と冠。
能の作り物。
「語(かたり)の部」もり久(盛久)です。謡本の音曲ではない部分が語りです。もちろん、謡いでも習うのですが、メロディでなく話し言葉なので、普通、あまり一生懸命になりません。実は、語りの部分は含蓄が深く、それだけに本当は難しいで所です。こういう、小謡本に語りが載っているのは珍しい。他に、七騎落、鉢木などの語りも載っています。
狂言の小道具。
狂言面の図。
謡い本の記号、章句のかな止めの説明。
小鼓打様頭付と狂言面。
最後は、やはり、プチ知識です。
篇と冠のいろいろ。
イロハ、12月の異名。
十干十二支。
先回と同様、この小謡本でも、謡いを楽しみながら、教養が身につくように工夫がなされています。また、狂言についても、かなり頁がさかれています。当時の人々は、能と狂言、どちらも楽しんでいたのでしょう。
能・狂言を学ばねば、ひとかどの教養人とは認められなかったのでしょうね。
ありますが、輯と巻と冊の関連が分かりません。
教えていただけますか?
江戸時代、庶民の間で俳句が流行しましたが、謡いの素養がないと理解できない句も多いそうです。
松尾芭蕉の奥の細道行の目的の一つも、謡曲ゆかりの場所をたずねることでした。
武士から町人まで、俳句と謡いを楽しんでいたのですね。
巻、冊は、今で言えば、巻、号です。
巻の上は普通使わないのですが、全体が非常に大きい場合、例えばⅠ~Ⅳ期に分けて、Ⅱ期4巻3号というのに相当するでしょうか。
伽なくして閑居をなぐさむ
は、今の私を言っています。
方丈記、伊勢物語、義仲記、漢詩、源氏とを閑居の友として。そして出歩かなくても、皆様の様々なblogを徘徊して世の動きを知り、慰むでいます。
そして私の、誰もこんな拙blogに興味を持てるのかと思いつつ、遅生様を始め、皆様から、いいね、応援、続き希望、役に立ったと言う過分なご評価を頂き、とても嬉しく思っております。
遅生様の貴重コレクションには、それぞれその時代の人々の呼吸が感じられる物ばかり。その息吹を解説頂き、とても面白く、これからも訪問いたします。
謡曲十五徳などのコラム?もとても、当時の人々の興味をそそる物です。
拙句
一字一句閑居の友の夜長かな
写真のように版画の絵が入っているのも江戸の文化でしょうか。
馬琴の読本にも北斎が絵をつけているようですが、彫り師、摺師の名前がでないのは理不尽だといつも思っています。
今見ても、なかなかよくできていると思います。多分、出版社元が競っていたのでしょう。
ただ、古い文を読むのは大変です。古文書も多くあるのですが、手紙などまるで異国の文(^^;
時間切れですね(^.^)