0.最初に
以下、日本の制定法としての行政手続法については「行政手続法」と表記する。鍵括弧のない場合は、制定法ではなく、行政法の一分野などとしての行政手続法を指す。
1.行政手続法の一般的な存在意義と機能
〔1〕行政手続の意味
行政手続を最も広く捉えるならば、行政活動の手続的な側面をいい、行政活動に関する一連の行為を法的手続の観点からみた表現である。しかし、これは、事前手続と事後手続とを総合するものであり、一般的には事前手続のみを指している。
ここで、事前と事後とを区別する基準は、何らかの行政決定(例.行政行為)がなされた時点である。
続いて、事前手続または事後手続とされるものをあげておこう。
事前手続とされるものとしては、行政行為のための手続を初めとして、行政立法(策定)手続、行政計画(策定)手続、行政指導手続、行政強制手続、行政調査手続などがあげられる。いずれも行政決定に向けての手続であって、行政作用法総論の講義において学習する行政作用を行うための手続であるということができる。
これに対し、事後手続は、行政決定がなされた後に、私人の側から行政主体または行政機関に対して不服や苦情を申し立てるための手続である。その代表が行政不服審査制度である。他に、行政苦情処理制度、オンブズマン制度、行政型ADR、行政審判制度があげられる。事後手続は、何らかの行政決定に関する行政上の救済手続であると理解してよく、そのために目的または内容に裁判所における訴訟手続との共通点または類似点があり、事前手続とは性格を異にする。
但し、行政審判は、聴聞手続として位置づけられるために事前手続であると考えられるものがあり(独占禁止法第49条などを参照)、行政不服審査や行政事件訴訟と類似する手続であるために事後手続と考えられる側面もある。
〔2〕事前手続
そのため、一般的には事前手続のみを狭義の行政手続とすることが多く、実際に事前手続を第一次的行政手続または一般的行政手続ということもある。そして、行政手続法は、事前手続に関する一般的な法律として定められることが多い。
事前手続としての行政手続には、二つの意味合いがある。
まず、手続的な措置を指す場合である。これは、告知・聴聞、意見書の提出、審議会への諮問、公聴会、裁量基準や解釈基準(処分基準や審査基準)の定立や公表、文書または資料の閲覧権の保障、会議の公開などを指している。ここでは、通知および聴聞に関する行政行為の送達に関する規定などを総括して、事前手続規定としておく。
次に、行政の過程を指す場合である。これは、何らかの行政決定(行政行為など、公権力の行使にあたる行為の実現を目的とするものが多い)に至るまでの過程を指している。例えば、行政行為の通常過程は、申請または職権に基づく開始→処分の内容の決定→文書または口頭による相手方への了知(これで完了)となる。これを別の側面から見ると、申請または職権に基づく開始→行政決定に関する審理→決定の起案を作成する職員→関係役職→決裁権者の決裁→行政庁の名で外部に公表、という流れになる。
なお、日本では、一般的行政手続に関する基本法としての「行政手続法」は1993年に制定・公布され、翌年に施行された。
〔3〕行政手続法の存在意義
事前手続に関する一般法としての行政手続法の存在意義は何であろうか。
第一に、私人の権利・利益の保護であり、さらに その完全な実現である。これは、最も大きな存在意義であると言えよう。
かつては、私人の権利・利益の保護であれ、法治国家の原理の完全な実現であれ、事後手続による救済で足りると考えられていた。しかし、実のところ、裁判による救済(事後手続)のみによっては、違法な行政活動に対する統制として不十分であり、私人の権利・利益の保護としても十全なものではない。ここで、主に塩野宏『行政法Ⅰ』〔第六版〕(2015年、有斐閣)268頁により、事後手続(とくに裁判)による救済の問題点をあげておく。
a.私人に時間と費用がかかる。
b.違法な処分を取り消す判決を得たとしても、完全に処分以前の状態が回復されることはなかろう。
c.違法な処分によって一度状態が変更されると、それを取り巻く秩序ができてしまい、覆すことが困難であるばかりか、覆すことのデメリットが生じる。
d.賠償や補償を得られたとしても、金銭によるのが原則(原状回復が不可能である場合も存在する)。
e.日本の行政事件訴訟制度は、違法な「処分」のみを救済の対象とする。不当な「処分」は、裁量の逸脱・濫用などがない限り、対象としえない。
f.裁判所の態度→「著しく合理性を欠くとは認められない」、「著しく合理性を欠くものでない限り」など、実体的な統制(とくに裁量)に対する消極的な姿勢→裁量などの統制の法理が形成されにくい。
ここから、行政手続法が有する一般的機能を考えることが可能である。芝池義一『行政法総論講義』〔第4版補訂版〕(2006年、有斐閣)284頁は、行政手続法の一般的機能として、次の諸点をあげる。
甲 「行政決定の民主的正当性の確保に資する」こと
乙 「行政決定にあたっての行政機関の慎重さを確保する」こと
丙 「行政機関が単独で判断するよりもより適切な決定が得られる可能性が与えられる」こと
丁 「違法な行政活動による権利侵害の未然防止、既成事実の発生の予防の意味がある」こと
また、芝池義一『行政法読本』〔第4版〕(2016年、有斐閣)216頁は「行政手続の有用性」として次の諸点をあげる。
A 「事実の確認・情報の収集としての行政手続」 これは結局のところ「適法な決定をするために、行政手続は役に立つ」ということである。
B 「民主的正当性の獲得手段としての行政手続」 行政庁に裁量権が認められる場合に、その行政庁による選択と決定の際に「民意を反映させ」て「民主的正当性の確保に役立つ」ということである。
C 「早期の権利保護手段としての行政手続」
さらに私なりの考え方を述べてみると、次の通りである(芝池教授の指摘と重なる部分もある)。
一 事前手続の整備により、適正な行政権の執行を図ることができる。
二 事前手続を可能な限り統一することにより、行政の事務処理が透明度を増し、私人にも手続の内容を理解しうることになるから、行政の側において労力を省くことも可能であるし、無駄な争いごとを生じさせる必要もなくなる。
三 相手方に防禦権行使を保障し、法律による行政の原理をよりよく実現できることになるのである。事前手続に私人を参加させ、意見を述べさせることにより、私人にも行政決定を納得させることが可能である。
四 行政計画などについては、地域住民の同意を得やすいし、発意を得ることも可能であるから、より住民の支持を得られるものができる可能性がある。
2.適正な行政手続とは
適正な行政手続と一口に言うことはたやすいが、その内容は何であろうか。塩野・前掲書295頁は「それぞれの国の事情を前提としつつも、かなり共通の原理が判例、さらに制定法により具体化されている。その中でも、告知・聴聞、文書閲覧、理由附記、処分基準の設定・公表がいわば適正手続四原則とでもいうべきものとして普遍化していることが注目される」と述べる。
①告知・聴聞:行政決定をする前に、相手方たる私人に決定(となりうべきもの)の内容および理由を知らせ、私人の主張を聴くことによって、決定の適法性や妥当性を確保するとともに、私人の権利・利益を保護しようとするものである。元来、統治機関が、その意思決定の際に当事者や利害関係人に対して口頭審理をするという意味である。
②文書閲覧:聴聞に際して行政決定の相手方たる私人が、問題となっている事案に関して行政側の文書などの記録を閲覧すること。行政決定(となりうべきもの)の証拠を私人が知ることを意味し、聴聞の際に私人が的確な意見を述べる上において重要であり、聴聞を実質化する意味をも有する。ドイツの連邦行政手続法第29条第1項第1文が、文書閲覧を規定する例である。文書閲覧を発展させれば、情報公開法になる(アメリカが典型例)。
③理由付記:行政行為をなす際に、その理由を書面に付記して相手方たる私人に知らせること。日本の「行政手続法」第8条および第14条においては「理由の提示」と表現されており、これには理由を口頭で告げる場合も含まれるのであるが、口頭による理由の説明では不十分であると考えられることもある。
④基準の設定・公表:処分などの性質を問わず、また、解釈基準か裁量基準かを問わず、設定・公表することにより、私人の側の予測可能性に資するし、行政側の恣意や独断を防ぐ意味がある。また、公表することにより、無用な争いを避ける意味合いもある。所得税などの基本通達が公開されているのも、或る程度はこのような理由によるものと考えられる。
3.行政手続法(適正な行政手続)の憲法上の根拠と判例の状況
〔1〕学説の状況
日本国憲法が国民の権利や自由の保障を第一の目的としているのであれば、当然、適正な行政手続を要請すると考えられる。しかし、憲法には行政手続に関する明文の規定が存在しない。適正な行政手続を定める法の憲法上の根拠に関する議論が続けられている。
(1)憲法第31条説
憲法第31条は刑事手続の適正に関する基本的な規定であるが、これが行政手続にも適用あるいは準用されるべきである、とする説である。行政手続であっても法の定めによることが要請されるのは当然であるし、行政手続によって権利や自由が侵害される可能性は常に存在する。その意味において、憲法第31条説は妥当な点を含む。しかし、行政手続には、刑事手続に類似するものもあれば、全く異なる性格のものもあるので、この説には疑問が寄せられる。
(2)憲法第13条説
「国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」という規定から、実体的な保障はもちろん、手続的にも尊重(配慮)が求められるとする考え方である。この考え方は、憲法第31条よりも権利や自由の保護の幅を広げうる可能性を帯びており、その意味において妥当性を有する。しかし、憲法第13条を単純に基本的人権の総則的規定であると理解することができるのかという問題があることなどから、やはり不十分な点が残る。また、第13条から、行政手続法の目的の一つである法治国家の原理を導き出せるかについても問われなければならない。さらに、国民参加の原理を第13条にどこまで読み込めるかという疑問もある。国民参加の原理を持ち出すのであれば、たとえば第1条や第15条を補足的にあげるべきであろう。
(3)憲法第31条・憲法第13条併用説
やや安直な説とも言えるが、憲法第31条説と憲法第13条説のそれぞれの短所をカヴァーしうる考え方である。憲法の明文の規定に根拠を求めるべきであるという命題が存在するとするならば、この説が最も妥当であろう。但し、補強として他の条文を援用する必要があると考えられる。
(4)手続的法治国説
これは、他の説と異なり、憲法の特定の条文に根拠を求めない考え方である。この見解は、法律による行政の原理が憲法上の明文の根拠に依拠していないことを指摘して、国民の権利や利益を、実体的に保障するのは当然として、手続的にも保障することが憲法上の要請である、と述べる。第31条、第13条のいずれも、行政手続法の根拠として十分でないと思われるだけに、敢えて明文の根拠を求めないという点に妥当性がある。しかし、手続的法治国は、何も行政手続のみに求められる原理ではないのであり、少なくとも第31条(ないし第39条)に重要な部分が含まれていることは否定できない。行政手続の多様性を前提とするにしても、やはり、可能な限り明文の根拠を前提とするのが憲法解釈の基本原則ではなかろうか。
(5)判例の立場(傾向)
現在の「行政手続法」が制定されるまで、日本において、行政手続(とくに告知・聴聞)は多くの法律により規定されていたが、統一性を欠いていた。類似する処分について異なる手続が定められ、あるいは全く定められていない、という状態であった。そのためであろうか、少々不明確であると思われる判例の立場あるいは傾向を敢えて整理すると、適正な行政手続に全く理解を示さなかった訳ではないが、ほとんどが個別法の規定の有無、あるいは個別法の解釈という次元に留まっていたようである。但し、憲法第31条説に或る程度の理解を示している。
●最一小判昭和46年10月28日民集25巻7号1037頁(個人タクシー事件、Ⅰ−117);告知・聴聞に関して、また、審査基準・処分基準の設定に関して
事案:Xは新規の個人タクシー営業免許を申請した。陸運局長Yはこれを受理し、聴聞を行ったが、道路運送法第6条に規定された要件に該当しないとして申請を却下する処分を行った。Xは、聴聞において自己の主張と証拠を十分に提出する機会を与えられなかったなどとして出訴した。一審判決(東京地判昭和38年9月18日行集14巻9号1666頁)はXの請求を認め、控訴審判決(東京高判昭和40年9月16日行集16巻9号1585頁)も原告の請求を認めた。最高裁判所第一小法廷も原告の請求を認め、本件の審査手続に瑕疵があったとしてYの申請却下処分を違法と判断した。
判旨:「本件におけるように、多数の者のうちから少数特定の者を、具体的個別的事実関係に基づき選択して免許の許否を決しようとする行政庁としては、事実の認定につき行政庁の独断を疑うことが客観的にもつともと認められるような不公正な手続をとつてはならないものと解せられる」。道路運送法第6条は「抽象的な免許基準を定めているにすぎないのであるから、内部的にせよ、さらに、その趣旨を具体化した審査基準を設定し、これを公正かつ合理的に適用すべく、とくに、右基準の内容が微妙、高度の認定を要するようなものである等の場合には、右基準を適用するうえで必要とされる事項について、申請人に対し、その主張と証拠の提出の機会を与えなければならないというべきである。免許の申請人はこのような公正な手続によつて免許の許否につき判定を受くべき法的利益を有するものと解すべく、これに反する審査手続によつて免許の申請の却下処分がされたときは、右利益を侵害するものとして、右処分の違法事由となるものというべきである」。
●最一小判昭和50年5月29日民集29巻5号662頁(群馬中央バス事件、Ⅰ−118);告知・聴聞に関して、また、審議会への諮問手続の公正確保に関して
事案:X(バス会社)は営業路線の延長を求めて免許を申請した。東京陸運局長は聴聞を行い、運輸審議会に諮問した。同審議会も公聴会を開き、原告や利害関係人などの意見を聴取して、Xの申請を却下すべしとする答申を陸運局長に対して行った。これを受け、陸運局長は却下処分をした。これに対し、Xは訴願を提起せずに直ちに出訴した。一審判決(東京地判昭和38年12月25日行集14巻12号2255頁)はXの請求を認めたが、控訴審判決(東京高判昭和42年7月25日行集18巻7号1014頁)はXの請求を棄却した。最高裁判所第一小法廷もXの上告を棄却した。
判旨:「一般に、行政庁が行政処分をするにあたつて、諮問機関に諮問し、その決定を尊重して処分をしなければならない旨を法が定めているのは、処分行政庁が、諮問機関の決定(答申)を慎重に検討し、これに十分な考慮を払い、特段の合理的な理由のないかぎりこれに反する処分をしないように要求することにより、当該行政処分の客観的な適正妥当と公正を担保することを法が所期しているためであると考えられるから、かかる場合における諮問機関に対する諮問の経由は、極めて重大な意義を有するものというべく、したがつて、行政処分が諮問を経ないでなされた場合はもちろん、これを経た場合においても、当該諮問機関の審理、決定(答申)の過程に重大な法規違反があることなどにより、その決定(答申)自体に法が右諮問機関に対する諮問を経ることを要求した趣旨に反すると認められるような瑕疵があるときは、これを経てなされた処分も違法として取消をまぬがれないこととなるものと解するのが相当である。そして、この理は、運輸大臣による一般乗合旅客自動車運送事業の免許の許否についての運輸審議会への諮問の場合にも、当然に妥当する」。
●最大判平成4年7月1日民集46巻5号437頁(成田新法事件、Ⅰ−116):告知・聴聞に関して、また、行政手続への憲法第31条の適用に関して
事案:新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(いわゆる成田新法。現在は成田国際空港の安全確保に関する緊急措置法)の第3条第1項に定められた工作物使用禁止命令の合憲性が問われたものである。この規定には、命令の相手方に対する告知、弁解、防御の機会を与えるという趣旨が盛り込まれていない。Y(運輸大臣)は、毎年、Xに対し、空港の規制区域内所在のX所有の小屋につき、暴力主義的破壊活動者の集合や活動などへの供用を禁止する処分を繰り返した。Xは処分の取消および国家賠償を求めて出訴したが、一審判決(千葉地判昭和59年2月3日訟月30巻7号1208頁)は、取消請求については却下し、国家賠償については棄却した。控訴審判決(東京高判昭和60年10月23日民集46巻5号483頁)は、一審判決の一部を変更したものの、やはりXの請求を一部却下し、一部棄却した。最高裁判所大法廷も、Xの請求を一部却下し、一部棄却した。
判旨:「憲法31条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない」が、「同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である」。
園部裁判官の意見:一般的に不利益処分については原則として法律に弁明や聴聞など適正な事前手続の規定を置くことが必要であるものの、具体的な規定の仕方については立法裁量に委ねられる。
可部恒雄裁判官の意見:憲法第31条説によりつつ、本件の場合については財産権に対する重大な制限に該当するかが疑問であるとして、合憲という判断を示している。
この最高裁判所大法廷判決と同じ趣旨を述べるものとして、最一小判平成4年10月29日民集46巻7号1174頁(伊方原子力発電所訴訟、Ⅰ―77)、最三小判平成5年3月16日民集47巻5号3483頁(家永第一次教科書訴訟、Ⅰ―79①)などがある。
●最三小判昭和47年12月5日民集26巻10号1795頁(Ⅰ―86):理由付記に関して
事案:法人Xは法人税について青色申告の承認を受けていたが、事件当時は解散しており、清算手続をしていた。Xが確定申告をしたところ、Y税務署長は増額更正処分(本件更正処分)を行った。しかし、その通知書には理由が書かれているとはいえ、金額が記載されているにすぎなかった。これを不服としたXは、国税局長への審査請求を経て出訴した。Yは、更正処分の理由が審査請求に対する裁決書において明確にされたと主張したが、一審判決(大分地判昭和42年3月29日行集19巻1・2号320頁)はXの請求を認めて本件更正処分を取り消した。控訴審判決(福岡高判昭和43年2月28日行集19巻1・2号317頁)はYの控訴を棄却し、最高裁判所第三小法廷もYの上告を棄却した。
判旨:①本件更正処分に付記された理由から「更正理由を理解することはとうてい不可能であり、その記載をもってしては、更正にかかる金額がいかにして算出されたのか、それがなにゆえに被上告会社の課税所得とされるのか等の具体的根拠を知るに由ないものといわざるをえない」ので、「処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに処分の理由を相手方に知らせて不服申立の便宜を与えることを目的として更正に附記理由の記載を命じた前記法人税法の規定の趣旨にかんがみ、本件更正の附記理由には不備の違法があるものというべきである」。
②「処分庁と異なる機関の行為により附記理由不備の瑕疵が治癒されるとすることは、処分そのものの慎重合理性を確保する目的にそわないばかりでなく、処分の相手方としても、審査裁決によってはじめて具体的な処分根拠を知らされたのでは、それ以前の審査手続において十分な不服理由を主張することができないという不利益を免れない。そして、更正が附記理由不備のゆえに訴訟で取り消されるときは、更正期間の制限によりあらたな更正をする余地のないことがあるなど処分の相手方の利害に影響を及ぼすのであるから、審査裁決に理由が附記されたからといって、更正を取り消すことが所論のように無意味かつ不必要なこととなるものではない」から、「更正における附記理由不備の瑕疵は、後日これに対する審査裁決において処分の具体的根拠が明らかにされたとしても、それにより治癒されるものではないと解すべきである」。
●最三小判昭和60年1月22日民集39巻1号1頁(Ⅱ―121);やはり理由付記に関して
事案:Xは、Y(外務大臣)に対してサウジアラビアを渡航先とする一般旅券の発給を申請した。Yは拒否処分を行ったが、その際、「旅券法13条1項5号に該当する」という理由を付した。Xはこの処分の取消と国家賠償を請求して訴訟を提起し、拒否処分に付された理由が単に根拠条文をあげているだけで具体的な理由が何も記されていないことが違法である、などと主張した。一審判決(大阪地判昭和55年9月9日行集33巻1・2号229頁)はXの請求を認容して拒否処分を取り消した。Yが控訴し、控訴審判決(大阪高判昭和57年2月25日行集33巻1・2号217頁)は一審判決を取り消してXの請求を棄却した。Xが上告し、最高裁判所第三小法廷は控訴審判決を破棄してYの控訴を棄却した。
判旨:①「外国旅行の自由は憲法22条2項の保障するところであるが、その自由は公共の福祉のために合理的な制限に服するものであり、旅券発給の制限を定めた旅券法13条1項5号の規定が、外国旅行の自由に対し公共の福祉のために合理的な制限を定めたものであつて、憲法22条2項に違反しない」(最大判昭和33年9月10日民集12巻13号1969頁を参照)。
②「一般に、法律が行政処分に理由を付記すべきものとしている場合に、どの程度の記載をなすべきかは、処分の性質と理由付記を命じた各法律の規定の趣旨・目的に照らしてこれを決定すべきである」(最二小判昭和38年5月31日民集17巻4号617頁を参照)。
③「旅券法が(中略)一般旅券発給拒否通知書に拒否の理由を付記すべきものとしているのは、一般旅券の発給を拒否すれば、憲法22条2項で国民に保障された基本的人権である外国旅行の自由を制限することになるため、拒否事由の有無についての外務大臣の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに、拒否の理由を申請者に知らせることによつて、その不服申立てに便宜を与える趣旨に出たものというべきであり、このような理由付記制度の趣旨にかんがみれば、一般旅券発給拒否通知書に付記すべき理由としては、いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して一般旅券の発給が拒否されたかを、申請者においてその記載自体から了知しうるものでなければならず、単に発給拒否の根拠規定を示すだけでは、それによつて当該規定の適用の基礎となつた事実関係をも当然知りうるような場合を別として、旅券法の要求する理由付記として十分でないといわなければならない。この見地に立つて旅券法13条1項5号をみるに、同号は『前各号に掲げる者を除く外、外務大臣において、著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認めるに足りる相当の理由がある者』という概括的、抽象的な規定であるため、一般旅券発給拒否通知書に同号に該当する旨付記されただけでは、申請者において発給拒否の基因となつた事実関係をその記載自体から知ることはできないといわざるをえない。したがつて、外務大臣において旅券法13条1項5号の規定を根拠に一般旅券の発給を拒否する場合には、申請者に対する通知書に同号に該当すると付記するのみでは足りず、いかなる事実関係を認定して申請者が同号に該当すると判断したかを具体的に記載することを要すると解するのが相当である」。
●最一小判平成4年12月10日判時1453頁116頁;やはり理由付記に関して
事案:Xは、東京都公文書の開示等に関する条例に基づき、警視庁から東京都に提出された文書(個人情報実態調査に関するもの)の開示を請求した。これに対し、東京都知事は、この文書が同条例第9条第8号に該当するものとして非開示とする決定を行った(その際、理由として「本条例9条8号に該当」と記載されていたのみであった)。Xは非開示決定の取消を求めて出訴した。一審判決(東京地判平成3年3月1日行集42巻3号371頁)はXの請求を棄却したが、控訴審判決(東京高判平成3年11月27日行集42巻11・12号1806頁)は一審判決を取り消し、非開示決定を取り消した。東京都知事が上告したが、最高裁判所第一小法廷は上告を棄却した。
判旨:①「一般に、法令が行政処分に理由を付記すべきものとしている場合に、どの程度の記載をすべきかは、処分の性質と理由付記を命じた各法令の趣旨・目的に照らしてこれを決定すべきである」(前掲最二小判昭和38年5月31日を参照)。
②「本条例が右のように公文書の非開示決定通知書にその理由を付記すべきものとしているのは、同条例に基づく公文書の開示請求制度が、都民と都政との信頼関係を強化し、地方自治の本旨に即した都政を推進することを目的とするものであって、実施機関においては、公文書の開示を請求する都民の権利を十分に尊重すべきものとされていること(本条例1条、3条参照)にかんがみ、非開示理由の有無について実施機関の判断の慎重と公正妥当を担保してそのし意を抑制するとともに、非開示の理由を開示請求者に知らせることによって、その不服申立てに便宜を与える趣旨に出たものというべきである。このような理由付記制度の趣旨にかんがみれば、公文書の非開示決定通知書に付記すべき理由としては、開示請求者において、本条例9条各号所定の非開示事由のどれに該当するのかをその根拠とともに了知し得るものでなければならず、単に非開示の根拠規定を示すだけでは、当該公文書の種類、性質等とあいまって開示請求者がそれらを当然知り得るような場合は別として、本条例7条4項の要求する理由付記としては十分ではないといわなければならない」。
③「公文書の開示の請求は、開示を請求しようとする公文書を特定するために必要な事項を記載した請求書を提出してしなければならないとされている(本条例6条3号)ので、当該公文書の非開示理由として本条例9条8号に該当する旨の記載のみによって、開示請求者において、当該公文書の種類、性質あるいは開示請求書の記載に照らし、非開示理由が同号所定のどの事由に該当するのかをその根拠とともに了知し得る場合があり得るとしても、同号に該当する旨の記載だけでは、開示請求者において、非開示理由がいかなる根拠により同号所定のどの事由に該当するのかを知り得ないのが通例であると考えられる。これを本件についてみるに、被上告人によって前示のとおり特定された本件文書の種類、性質等を考慮しても、本件付記理由によっては、いかなる根拠により同号所定の非開示事由のどれに該当するとして本件非開示決定がされたのかを、被上告人において知ることができないものといわざるを得ない。そうであるとすれば、単に『東京都公文書の開示等に関する条例第9条第8号に該当』と付記されたにすぎない本件非開示決定の通知書は、本条例7条4項の定める理由付記の要件を欠くものというほかはない」。
④「公文書の非開示決定通知書に理由付記を命じた規定の趣旨が前示のとおりであることからすれば、これに記載することを要する非開示理由の程度は、相手方の知、不知にかかわりがないものというべきである」(最一小判昭和49年4月25日民集28巻3号405頁を参照)。「また、本件において、後日、実施機関の補助職員によって、被上告人に対し口頭で非開示理由の説明がされたとしても、それによって、付記理由不備の瑕疵が治癒されたものということはできない」。
▲いずれの判決も、制定法に理由付記に関する規定が存在する場合についての判断を示している。制定法にこの種の規定が存在しない場合には、理由付記を必要としていなかった。
なお、文書閲覧については、判例が存在しない。
▲第7版における履歴:2021年2月1日掲載。
▲第6版における履歴:2015年11月30日掲載(「第16回 行政手続法−事前手続に対する統制−」として)。
2017年10月26日修正。
2017年12月20日修正。