ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

財政運営に必要な財源の確保を図るための公債の発行の特例に関する法律の一部を改正する法律案の審議が始まった

2021年02月20日 19時00分00秒 | 国際・政治

 今日(2021年2月21日)付の朝日新聞朝刊7面14版に「財政 借金頼み拍車 特例公債法改正案 審議入り」という記事が掲載されています。

 「特例公債法改正案」とは、このブログでも2021年1月29日0時20分30秒付の「令和2年度第3次補正予算が成立した/財政運営に必要な財源の確保を図るための公債の発行の特例に関する法律の一部を改正する法律案」のことです。その内容も紹介済みです。この法律案の審議が2月19日に始まったという内容の記事が、前掲朝日新聞朝刊記事です。

 状況が状況なので、財政支出の拡大にはやむをえない面もあります。しかし、際限なく拡げる訳にもいきません。このままではいつか、と不確定なまま記さなければなりませんが、破綻し、増税などということになるからです。

 現在、「財政運営に必要な財源の確保を図るための公債の発行の特例に関する法律」により、「当該各年度の予算をもって国会の議決を経た金額の範囲内で」という条件(同第3条第1項)は付きますが5年度分にわたって公債を発行することができるようになっています。最近では2016年に改正されており、この時には4年度分から5年度分への延長などについて野党の反対があったものの、時の安倍内閣が財政健全化の取り組みを進める旨を説明しています。ところが、事実は御存知の通りでして、国債の発行残高は上昇する一方であり、記事では「政府の財政健全化の目標の達成時期は先送りが続いている」と書かれていますが実質的には目標が放棄されたのと同じです。

 そして2020年度のCOVID-19です。財務省が発表している「令和2年度一般会計補正後予算 歳出・歳入の構成」によると、公債金による歳入は58兆2,476億円ほどであり、歳入全体の45.4%を占めます。このうち、建設公債が9兆4,390億円ほどで歳入全体の7.4%、特例公債すなわち赤字国債が48兆8,086億円ほどで歳入全体の38.0%ということになります。また、普通国債残高(特例公債、建設公債および復興債)は2020年度末で932兆円になるであろうと見込まれています。

 ドイツがCOVID-19の感染拡大の下で売上税(日本の消費税に相当)の税率を引き下げるなど思い切った財政対策を行えたのは、それまでに財政健全化に取り組んでいたからです。まさに有事への備えとも言えます。日本は有事への備えが不十分にすぎたとも言えます。勿論、これは日本国憲法のせいではありません。日本国憲法に責任を転嫁する人々のせいです。

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第35回 取消訴訟における狭義の訴えの利益

2021年02月20日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.狭義の訴えの利益の意味

 狭義の訴えの利益は、客観的訴えの利益、または単に訴えの利益ともいい、原告が請求について本案判決を求める必要性、その実効性を意味する。

 これに対し、「広義の訴えの利益」の意味は論者によって異なり、原告適格のみを指す場合と、処分性も含める場合とがある。

 「処分」が取り消されたとき、現実に法律上の利益を回復することができなければ、訴訟を提起する意味はない。また、取消判決によって現実的な救済を与えることができなければ、取消判決の意味がない。そのため、狭義の訴えの利益の有無は、原告が、具体的に訴訟において「処分」の法律上の効果を法律の規定に基づいて現実に受け、取消判決が下された場合に原告の具体的な権利や利益が回復するか否か、という問題となる。

 行政事件訴訟法第9条第1項は「(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)」という形で狭義の訴えの利益についても定める。引用から明らかであるように、狭義の訴えの利益についても「法律上の利益」の有無が問題となる。

 

 2.原告(控訴人または上告人を含む)が死亡した場合

 訴訟の原告が死亡した場合に、相続人等が訴訟を承継することが多い。しかし、事件の性質によっては承継が許されず、狭義の訴えの利益が失われたとして訴訟が終了(または却下)されることもある。原告の利益が相続可能なものであるか否かが一つの判断要素でもある。

 ●最大判昭和42年5月24日民集21巻5号1043頁(朝日訴訟。Ⅰ-16)

 事案:Xは肺結核のために国立岡山療養所に入所し、生活保護法に基づく医療補助および生活扶助を受けていた。昭和31年、A(津山市社会福祉事務所長)はXの実兄に対し、毎月1500円をXに仕送りするように命じた。これによってXは仕送りを受けることとなったが、Aは昭和31年7月18日付で同年8月1日以降にXの生活扶助を廃止する上、仕送りの1500円から日用品費としての600円を控除した残額900円をXの医療費の自己負担額とし、その残りについて医療扶助を行う旨の保護変更決定を行った。Xは、この保護変更決定を不服としてB(岡山県知事)に対して不服申立てを行ったが、Bが同年11月10日に却下の旨の決定を行った。Xは同年12月3日にY(厚生大臣)に対して不服申立てをしたが、Yは昭和32年2月15日付で却下裁決を行った。そこでXは出訴した。一審判決(東京地判昭和35年10月19日行集11巻10号2921頁)はXの請求を認めてYの裁決を取り消したが、控訴審判決(東京高判昭和38年11月4日行集14巻11号1963頁)は一審判決を取り消してXの請求を棄却したので、Xが上告した。なお、Xは昭和39年2月14日に死亡しており、Xの相続人が訴訟を承継していた。

 判旨:最高裁判所大法廷は、本件訴訟がXの死亡により終了したことを主文において宣言した上で、次のように述べている。

 「生活保護法の規定に基づき要保護者または被保護者が国から生活保護を受けるのは、単なる国の恩恵ないし社会政策の実施に伴う反射的利益ではなく、法的権利であつて、保護受給権とも称すべきものと解すべきである。しかし、この権利は、被保護者自身の最低限度の生活を維持するために当該個人に与えられた一身専属の権利であつて、他にこれを譲渡し得ないし(59条参照)、相続の対象ともなり得ないというべきである。また、被保護者の生存中の扶助ですでに遅滞にあるものの給付を求める権利についても、医療扶助の場合はもちろんのこと、金銭給付を内容とする生活扶助の場合でも、それは当該被保護者の最低限度の生活の需要を満たすことを目的とするものであつて、法の予定する目的以外に流用することを許さないものであるから、当該被保護者の死亡によつて当然消滅し、相続の対象となり得ない、と解するのが相当である。また、所論不当利得返還請求権は、保護受給権を前提としてはじめて成立するものであり、その保護受給権が右に述べたように一身専属の権利である以上、相続の対象となり得ないと解するのが相当である。」

 ●最三小判昭和49年12月10日民集28巻10号1868頁(旭丘中学校事件、Ⅰ-115)

 事案:Xらは京都市立中学校の教員であったが、昭和29年4月1日に同市立の別の中学校への転補処分を受けた。しかし、Xらはこれに従わなかったため、いずれも懲戒免職処分を受けた。Xらはこの処分の取消を求めて出訴した。一審判決(京都地判昭和30年3月5日行集6巻3号728頁)はXらの請求を認容し、控訴審判決(大阪高判昭和34年5月29日行集10巻5号1046頁)も一審判決を支持したが、最一小判昭和36年4月27日民集15巻4号928頁は控訴審判決を破棄し、事件を大阪高等裁判所に差し戻した。同裁判所係属中の昭和40年10月23日にX1が死亡し、差戻控訴審判決(大阪高判昭和43年11月19日行集19巻11号1792頁)は、X1について訴訟の終了を宣言して妻X4の受継申立を棄却し、X2およびX3については請求を棄却した。最高裁判所第三小法廷は、X2およびX3については上告を棄却したが、X4については原判決を破棄し、大阪高等裁判所に差し戻した。

 判旨:X1は本訴継続中に死亡したから「もはや将来にわたつて公務員としての地位を回復するに由ないこととなつたことは明らかであるが、本件免職処分後死亡に至るまでの間に公務員として有するはずであつた給料請求権その他の権利を主張することができなかつたという法律状態は依然として存続しており、その排除、是正のためには遡つて右処分の取消しを必要とするのであるから、将来における公務員の地位の回復が不可能になつたというだけでは、右処分の取消しを求める法律上の利益ないし適格が失われるものではない」(行政事件訴訟法9条および前掲最大判昭和40年4月28日を参照)。「右の場合、原告である当該公務員が訴訟係属中に死亡したとしても、免職処分の取消しによつて回復される右給料請求権等が一身専属的な権利ではなく、相続の対象となりうる性質のものである以上、その訴訟は、原告の死亡により訴訟追行の必要が絶対的に消滅したものとして当然終了するものではなく、相続人において引き続きこれを追行することができるものと解すべきである。けだし、免職処分を取り消す判決によつて給料請求権等を回復しうる関係は、右取消しに付随する単なる法律要件的効果ないし反射的効果ではなく、取消訴訟の実質的目的をなすものであつて、その訴訟の原告適格を基礎づける法律上の利益とみるべき」であり、「右利益が相続によつて承継されるものであるときは、これに伴い原告適格も相続人に継承されると解するのを相当とするからである」。

 この判決において言及される給料請求権等は、行政事件訴訟法第9条第1項括弧書きにいう「処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益」の典型例である。

 ●最三小判平成9年1月28日民集51巻1号250頁

 「第34回 取消訴訟の原告適格(2)において扱った判決であり、訴訟の最中に死亡した一部原告の遺族による訴訟承継を否定している。本件開発許可の取消しを求める法律上の利益は一身専属的であり、相続の対象にならない、という理由による。

 

 3.不許可処分を争っている間に行事(集会等)の開催予定日が過ぎてしまった場合

 ●最一小判昭和28年12月23日民集7巻13号1561頁(Ⅰ—65)

 事案:X(日本労働組合総評議会)は、昭和27年5月1日にメーデーのための集会を皇居外苑で行うため、昭和26年11月10日付でY(厚生大臣)に対し皇居外苑使用許可の申請を行ったが、Yは昭和27年3月13日付で不許可処分を行った。そのため、Xが不許可処分の取消などを求めて出訴した。一審判決(東京地判昭和27年4月28日行集3巻3号634頁)はXの請求を一部認容したが、控訴審判決(東京高判昭和27年11月15日行集3巻11号2366頁)は一審判決中Xの勝訴部分を取り消して請求を棄却した。最高裁判所大法廷は、次のように述べてXの上告を棄却した。

 判旨:「実体法が訴訟上行使しなければならないものとして認めた形成権に基くいわゆる狭義の形成訴訟の場合にあつては、法律がかかる形成権を認めるに際して当然訴訟上保護の利益あるようその内容を規定しているのであるから、抽象的には所論のごとくその権利発生の法定要件を充たす限り一応その訴は保護の利益あるものといい得るであろう。しかし、狭義の形成訴訟の場合においても、形成権発生後の事情の変動により具体的に保護の利益なきに至ることあるべきは多言を要しないところである。(例えば離婚の訴提起後協議離婚の成立した場合の如きである。)また、被上告人は同年5月1日における皇居外苑の使用を許可しなかつただけで、上告人に対して将来に亘り使用を禁じたものでないことも明白である。されば、上告人の本訴請求は、同日の経過により判決を求める法律上の利益を喪失したものといわなければならない」。

 

 4.「処分」の効果が消滅した場合

 (1)狭義の訴えの利益が否定された事例

 「処分」の効果は、何らかの行為が完了することにより、または期間の経過により、消滅する。そのため、狭義の訴えの利益も消滅することが多い。

 ●最三小判昭和48年3月6日集民108号387頁

 判旨:「建築基準法9条1項の規定により除却命令を受けた違反建築物について代執行による除却工事が完了した以上、右除却命令および代執行令書発付処分の取消しを求める訴は、その利益を有しないものと解すべきであ」る。

 ●最二小判昭和59年10月26日民集38巻10号1169頁(Ⅱ—174)

 事案:仙台市に居住するA、B、CおよびDは、それぞれ、昭和54年5月24日付で仙台市建築主事から建築確認処分を受けた。Xは、これらの建築確認処分が宮城県建築条例第8条に違反するなどとして、昭和54年7月24日、仙台市建築審査会に対して審査請求を行ったが、同審査会は昭和55年2月8日に棄却裁決を行った。そこでXが出訴したが、これらの建築確認処分に係る建物は既に完成していた。一審判決(仙台地判昭和57年4月19日民集38巻10号1181頁)はXの訴えを却下し、控訴審判決(仙台高判昭和58年1月18日民集38巻10号1190頁)もXの控訴を棄却した。最高裁判所第二小法廷もXの上告を棄却した。

 判旨:「建築確認は、建築基準法6条1項の建築物の建築等の工事が着手される前に、当該建築物の計画が建築関係規定に適合していることを公権的に判断する行為であつて、それを受けなければ右工事をすることができないという法的効果が付与されており、建築関係規定に違反する建築物の出現を未然に防止することを目的としたものということができる。しかしながら、右工事が完了した後における建築主事等の検査は、当該建築物及びその敷地が建築関係規定に適合しているかどうかを基準とし、同じく特定行政庁の違反是正命令は、当該建築物及びその敷地が建築基準法並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合しているかどうかを基準とし、いずれも当該建築物及びその敷地が建築確認に係る計画どおりのものであるかどうかを基準とするものでない上、違反是正命令を発するかどうかは、特定行政庁の裁量にゆだねられているから、建築確認の存在は、検査済証の交付を拒否し又は違反是正命令を発する上において法的障害となるものではなく、また、たとえ建築確認が違法であるとして判決で取り消されたとしても、検査済証の交付を拒否し又は違反是正命令を発すべき法的拘束力が生ずるものではない。したがつて、建築確認は、それを受けなければ右工事をすることができないという法的効果を付与されているにすぎないものというべきであるから、当該工事が完了した場合においては、建築確認の取消しを求める訴えの利益は失われるものといわざるを得ない」。本件の場合は「本件各建築確認に係る各建築物は、その工事が既に完了しているというのであるから、上告人において本件各建築確認の取消しを求める訴えの利益は失われたものといわなければならない」。

 ●最三小判平成11年10月26日集民194号907頁

 事案:Y2は、昭和63年10月19日にY1(福岡市長)に対して福岡市西区Aについて開発行為許可申請を行い、Y1は同月25日に許可処分を行った。平成3年4月3日、Y2はY1に対して工事完了届出書を提出した。同年6月12日、Y1は都市計画法第29条に規定する開発許可のないように適合しているとして、Y2に対して開発行為に関する工事の検査済証を発行した。Xらは、この許可処分が違法であるとして取消などを求める訴訟を提起した。一審判決(福岡地判平成5年12月14日判タ942号118頁)はXらの請求の一部を却下、一部を棄却した。控訴審判決(福岡高判平成8年10月1日判タ942号113頁)もXらの控訴を棄却したため、Xらは上告したが、最高裁判所第三小法廷は上告を棄却した。

 判旨:「本件許可に係る開発区域内において予定された建築物について、いまだ建築基準法6条に基づく確認がされていないとしても、本件許可の取消しを求める訴えの利益は失われたというべきである」(最二小判平成5年9月10日民集47巻7号4955頁を参照)。

 (2)狭義の訴えの利益が肯定された事例

 「処分」や裁決の効果が期間の経過などの理由によって消滅した後には、当然に狭義の訴えの利益も消滅する、とも考えられる。実際に、行政事件訴訟法制定以前にはこのような考え方も存在した。

 しかし、これは単純に過ぎる。前掲最三小判昭和49年12月10日が示すように、本体たる「処分」の主な効果が消滅しても付随的な効果が残る場合が存在するからである。

 例えば、或る地方議会の議員が除名処分を受けたとする。この議員が除名処分の取消を求めて出訴したが、係争中に任期が満了したという場合には、除名処分を取り消しても、既に任期が満了しているために議員たる身分を回復することはできない。しかし、「処分」に付随する効果として、任期満了までの歳費請求権が残っている。 これは立派な法的効果であり、除名処分が取り消されるならば、除名処分時から任期満了時までの歳費請求が可能であり、地方公共団体には歳費を支払う義務が再び発生することとなる。

 かつて、行政事件訴訟特例法にはこのような場合に関する規定が存在しなかった。そのため、上の地方議会の議員のような事例について、最大判昭和35年3月9日民集14巻3号355頁は訴えの利益を否定した。しかし、行政事件訴訟法が制定され、第9条第1項(制定当時は第1項しかなかった)の括弧書きにより、このような問題については狭義の訴えの利益を認めることとした。

 ●最大判昭和40年4月28日民集19巻3号721頁

 事案:Xは名古屋郵政局管内の某郵便局に勤務する郵政省の職員であったが、昭和24年8月、名古屋郵政局長によって罷免された。その後、Xは免職処分の取消を求めて出訴したが、昭和26年4月にXは三重県内の某市議会議員に立候補し、当選した。一審判決(名古屋地判昭和35年5月30日民集19巻3号729頁)はXの請求を棄却し、控訴審判決(原判決。名古屋高判昭和37年1月31日行集13巻1号84頁)はXの控訴を棄却した。最高裁判所大法廷は控訴審判決を破棄し、事件を名古屋地方裁判所に差し戻した。

 判旨:「原判決(その引用する第一審判決)の認定にかかる前示事実に照らせば、本件免職処分が取り消されたとしても、上告人は市議会議員に立候補したことにより郵政省の職員たる地位を回復するに由ないこと、まさに、原判決(および第一審判決)説示のとおりである。しかし、公務職免職の行政処分は、それが取り消されない限り、免職処分の効力を保有し、当該公務員は、違法な免職処分さえなければ公務員として有するはずであつた給料請求権その他の権利、利益につき裁判所に救済を求めることができなくなるのであるから、本件免職処分の効力を排除する判決を求めることは、右の権利、利益を回復するための必要な手段であると認められる」から、Xが「上告人が郵政省の職員たる地位を回復するに由なくなつた現在においても、特段の事情の認められない本件において、上告人の叙上のごとき権利、利益が害されたままになつているという不利益状態の存在する余地がある以上、上告人は、なおかつ、本件訴訟を追行する利益を有するものと認めるのが相当である」。

 ●最二小判平成21年2月27日民集63巻2号299頁

 事案:Xは、平成16年4月に普通乗用自動車を運転していたところ、道路交通法に違反する行為を行ったとして神奈川県警から交通反則告知書・免許証保管証の交付を受けた。その後、同年10月にXは運転免許証更新処分を受けたが、前記の違反行為の故に道路交通法第92条の2第1項にいう一般運転者に該当するとして、有効期間は5年であるが優良運転者である旨の記載(同第93条第1項)がない運転免許証の交付を受けた。Xは神奈川県公安委員会に対して異議申立てをしたが棄却決定を出されたため、この棄却決定の取消を求め、神奈川県を被告として出訴した。一審判決(横浜地判平成17年12月21日民集63巻2号326頁)はXの訴えを却下したが、控訴審判決(東京高判平成18年6月28日民集63巻2号351頁)は一審判決を取消し、事件を横浜地方裁判所に差し戻す判決を下した。神奈川県が上告したが、最高裁判所第二小法廷は上告を棄却した。

 判旨:「免許証の更新処分は、免許証を有する者の申請に応じて、免許証の有効期間を更新することにより、免許の効力を時間的に延長し、適法に自動車等の運転をすることのできる地位をその名あて人に継続して保有させる効果を生じさせるものであるから、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たる」が、「免許証の更新を受けようとする者が優良運転者であるか一般運転者であるかによって、他の公安委員会を経由した更新申請書の提出の可否並びに更新時講習の講習事項等及び手数料の額が異なるものとされているが、それらは、いずれも、免許証の更新処分がされるまでの手続上の要件のみにかかわる事項であって、同更新処分がその名あて人にもたらした法律上の地位に対する不利益な影響とは解し得ないから、これ自体が同更新処分の取消しを求める利益の根拠となるものではない」。しかし、「道路交通法は、優良運転者の実績を賞揚し、優良な運転へと免許証保有者を誘導して交通事故の防止を図る目的で、優良運転者であることを免許証に記載して公に明らかにすることとするとともに、優良運転者に対し更新手続上の優遇措置を講じているのである。このことに、優良運転者の制度の上記沿革等を併せて考慮すれば、同法は、客観的に優良運転者の要件を満たす者に対しては優良運転者である旨の記載のある免許証を交付して更新処分を行うということを、単なる事実上の措置にとどめず、その者の法律上の地位として保障するとの立法政策を、交通事故の防止を図るという制度の目的を全うするため、特に採用したものと解するのが相当である」。従って、「客観的に優良運転者の要件を満たす者であれば優良運転者である旨の記載のある免許証を交付して行う更新処分を受ける法律上の地位を有することが肯定される以上、一般運転者として扱われ上記記載のない免許証を交付されて免許証の更新処分を受けた者は、上記の法律上の地位を否定されたことを理由として、これを回復するため、同更新処分の取消しを求める訴えの利益を有するというべきものである」。

 

 5.取消判決を出したとしても原状回復が困難である場合

 「処分」を取り消す判決を出したとしても原状回復が困難である場合には、狭義の訴えの利益が否定されやすい。但し、常に否定されるとは限らず、狭義の訴えの利益が認められる場合もある。

 ●名古屋地判昭和53年10月23日行集29巻10号1871頁

 事案:愛知県知事は、昭和48年9月29日に蒲郡市に対して同市の公有水面の埋立免許処分を行った。魚類養殖業を営むXは、この埋立免許処分が公有水面埋立法第4条第3項第1号に違背するとして取消を求めて出訴したが、名古屋地方裁判所はXの請求を却下した。

 判旨:「処分の取消しの訴えは処分によつて生じた違法状態を排除して原状に復し、これによつて人民の権利利益の保護救済を図ることを目的とする訴訟であるから、原状回復が法律上不可能とみるべき事態が生じた場合には、もはや当該処分を取消してみても、違法状態を排除できず、人民の権利利益の保護救済に資するところがないのであつて、当該処分を取消すべき実益がなくなつたものとしてその訴えの利益は存在しないものというべきである」。本件の「埋立地を原状の海面に回復することは、その規模、構造、現在の所有関係、利用状況、原状回復によつて予測される社会的、経済的損失及び周辺海域の汚染度などからみて、社会通念に照らし法律上原状回復が不可能であるといわなければならない」。

 ●最二小判平成4年1月24日民集46巻1号54頁

 事案:Y(兵庫県知事)は、八鹿町営土地改良事業の施行認可処分を行った。八鹿町はこの認可の後に工事に着手して完了させ、半年後に換地計画を定めた上でYに換地計画の認可を申請した。Yは約3か月後に換地計画を認可し、八鹿町が換地処分を行った上で登記を完了した。これに対し、Xは、この事業が国道バイパス建設のためのもので土地改良法第2条第2項の事業に該当しないことなどを理由として土地改良事業施行認可処分の取消しを求めた。一審判決(神戸地判昭和58年8月29日行集34巻8号1465頁)はXの訴えを却下し、控訴審判決(大阪高判昭和59年8月30日行集34巻8号1465頁)もXの控訴を棄却した。最高裁判所第二小法廷は本件を神戸地方裁判所に差し戻した。

 判旨:「本件認可処分は、本件事業の施行者である八鹿町に対し、本件事業施行地域内の土地につき土地改良事業を施行することを認可するもの、すなわち、土地改良事業施行権を付与するものであり、本件事業において、本件認可処分後に行われる換地処分等の一連の手続及び処分は、本件認可処分が有効に存在することを前提とするものであるから、本件訴訟において本件認可処分が取り消されるとすれば、これにより右換地処分等の法的効力が影響を受けることは明らかである。そして、本件訴訟において、本件認可処分が取り消された場合に、本件事業施行地域を本件事業施行以前の原状に回復することが、本件訴訟係属中に本件事業計画に係る工事及び換地処分がすべて完了したため、社会的、経済的損失の観点からみて、社会通念上、不可能であるとしても、右のような事情は、行政事件訴訟法31条の適用に関して考慮されるべき事柄であって、本件認可処分の取消しを求める上告人の法律上の利益を消滅させるものではないと解するのが相当である。」

 

 6.代替施設が完成した場合

 ●最一小判昭和57年9月9日民集36巻9号1679頁(長沼ナイキ訴訟。Ⅱ-177)

 事案:当時の防衛庁は、第三次防衛力整備計画の執行のため、北海道夕張郡長沼町にある水源涵養保安林(本件保安林)の部分を航空自衛隊の第三高射群の配置地点に決定した。そのため、札幌防衛施設局長はY(農林大臣)に対し、保安林指定の解除の申請を行った。Yは、森林法第26条第2項にいう「公益上の理由により必要が生じたとき」に該当するとして、昭和44年7月7日、告示をもって本件保安林の指定解除処分(本件処分)を行った。これに対し、近隣住民のXらは、本件処分が憲法第9条および森林法第26条第2項に違反するとして、本件処分の取消を求めて出訴した。一審判決(札幌地判昭和48年9月7日行集27巻8号1385頁)は、自衛隊が憲法第9条に違反するなどとしてXらの請求を認容したが、控訴審判決(札幌高判昭和51年8月5日行集27巻8号1175頁)は一審判決を取り消してXらの訴えを却下した。最高裁判所第一小法廷は、Xらの上告を棄却した。

 判旨:①「一般に法律が対立する利益の調整として一方の利益のために他方の利益に制約を課する場合において、それが個々の利益主体間の利害の調整を図るというよりもむしろ、一方の利益が現在及び将来における不特定多数者の顕在的又は潜在的な利益の全体を包含するものであることに鑑み、これを個別的利益を超えた抽象的・一般的な公益としてとらえ、かかる公益保護の見地からこれと対立する他方の利益に制限を課したものとみられるときには、通常、当該公益に包含される不特定多数者の個々人に帰属する具体的利益は、直接的には右法律の保護する個別的利益としての地位を有せず、いわば右の一般的公益の保護を通じて附随的、反射的に保護される利益たる地位を有するにすぎないとされているものと解されるから、そうである限りは、かかる公益保護のための私権制限に関する措置についての行政庁の処分が法律の規定に違反し、法の保護する公益を違法に侵害するものであつても、そこに包含される不特定多数者の個別的利益の侵害は単なる法の反射的利益の侵害にとどまり、かかる侵害を受けたにすぎない者は、右処分の取消しを求めるについて行政事件訴訟法九条に定める法律上の利益を有する者には該当しないものと解すべきである。しかしながら、他方、法律が、これらの利益を専ら右のような一般的公益の中に吸収解消せしめるにとどめず、これと並んで、それらの利益の全部又は一部につきそれが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとすることももとより可能であつて、特定の法律の規定がこのような趣旨を含むものと解されるときは、右法律の規定に違反してされた行政庁の処分に対し、これらの利益を害されたとする個々人においてその処分の取消しを訴求する原告適格を有するものと解することに、なんら妨げはない」。

 ②森林「法は、森林の存続によつて不特定多数者の受ける生活利益のうち一定範囲のものを公益と並んで保護すべき個人の個別的利益としてとらえ、かかる利益の帰属者に対し保安林の指定につき『直接の利害関係を有する者』としてその利益主張をすることができる地位を法律上付与しているものと解するのが相当である。そうすると、かかる『直接の利害関係を有する者』は、保安林の指定が違法に解除され、それによつて自己の利益を害された場合には、右解除処分に対する取消しの訴えを提起する原告適格を有する者ということができるけれども、その反面、それ以外の者は、たといこれによつてなんらかの事実上の利益を害されることがあつても、右のような取消訴訟の原告適格を有するものとすることはできないというべきである」。

 ③Xらのうち原告適格を有するとされた者についても、本件処分の「後の事情の変化により、右原告適格の基礎とされている右処分による個別的・具体的な個人的利益の侵害状態が解消するに至つた場合には、もはや右被侵害利益の回復を目的とする訴えの利益は失われるに至つたものとせざるをえない。換言すれば、(中略)原告適格の基礎は、本件保安林指定解除処分に基づく立木竹の伐採に伴う理水機能の低下の影響を直接受ける点において右保安林の存在による洪水や渇水の防止上の利益を侵害されているところにあるのであるから、本件におけるいわゆる代替施設の設置によつて右の洪水や渇水の危険が解消され、その防止上からは本件保安林の存続の必要性がなくなつたと認められるに至つたときは、もはや乙と表示のある上告人らにおいて右指定解除処分の取消しを求める訴えの利益は失われるに至つたものといわざるをえないのである」。

 

 7.「処分」の効果が消滅した後に残る利益が事実上の利益にすぎない場合

 ●最三小判昭和55年11月25日民集34巻6号781頁(Ⅱ-176)

 事案:Y1(福井県警察本部長)は、昭和48年12月17日、Xの自動車運転免許の効力を30日間停止する旨の処分を行った(但し、同日に効力停止期間を29日短縮した)。Xは、昭和49年2月15日にY2(福井県公安委員会)に対して審査請求をしたが、Y2は同年4月12日に審査請求を棄却する旨の裁決を行った。そこで、XはY1による処分およびY2による裁決の取消を求めて出訴した。一審判決(福井地判昭和51年1月23日訟務月報22巻3号688頁)はXの請求を棄却したが、控訴審判決(名古屋高金沢支判昭和52年12月14日訟務月報22巻13号2277頁)は一審判決を一部破棄してY2の裁決処分を取り消した。X、Y2の双方が上告し、最高裁判所第三小法廷はXの上告を棄却、Y2の上告を認容し、いずれについても控訴審判決を取り消してXの訴えを却下した〈なお、Y2の上告を認容した判決は最三小判昭和55年11月25日訟務月報27巻2号352頁である〉

 判旨:Xは、Y1による「処分の日から満一年間、無違反・無処分で経過し」ており、「一年を経過した日の翌日以降、Xが」Y1による処分を「理由に道路交通法上不利益を受ける虞がなくなつたことはもとより、他に」Y1による処分を「理由にXを不利益に取り扱いうることを認めた法令の規定はないから、行政事件訴訟法9条の規定の適用上、Xは、本件原処分及び本件裁決の取消によつて回復すべき法律上の利益を有しないというべきである。この点に関して」控訴審判決は「Xには、本件原処分の記載のある免許証を所持することにより警察官に」Y1による処分の「存した事実を覚知され、名誉、感情、信用等を損なう可能性が常時継続して存在するとし、その排除は法の保護に値する被上告人の利益であると解して本件裁決取消の訴を適法とした。しかしながら、このような可能性の存在が認められるとしても、それは(中略)事実上の効果にすぎないものであり、これをもつてXが本件裁決取消の訴によつて回復すべき法律上の利益を有することの根拠とするのは相当でない」。

 

 ▲第7版における履歴:「暫定版 取消訴訟における狭義の訴えの利益」として2020年11月14日23時19分00秒付で掲載し、修正の上で2021年02月20日に再掲載。

 ▲第6版における履歴:2017年10月25日掲載(「第24回 取消訴訟の訴訟要件その2―原告適格および狭義の訴えの利益を中心に―」として)。

              2017年12月20日修正。

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