東京メトロ半蔵門線用として1980年から製造され、同線および東急田園都市線で1981年から活躍してきた8000系ですが、今月(2021年8月)になってから8107Fが廃車されました。既に新車の18000系が営業運転を開始しており、8000系は今後数年をかけて全編成が引退するということになります。
高津駅4番線に各駅停車押上行きの8115Fが到着するところです。左隣は大井町線G各停大井町行きの東急9000系9004Fで、東急の新車としては初のVVVF制御車です。当初から大井町線用であった9007Fを除き、東横線および横浜高速鉄道みなとみらい線を8両編成で走行していましたが、現在は全編成が大井町線の各駅停車用として運用されています。
東京メトロ8000系は、10両編成19本、つまり190両が製造されました。当初は電機子チョッパ制御車でしたが、全車がIGBT素子のVVVF制御車に改造されています。また、日本で営業用としては最初にボルスタレス台車を採用した系列であるとともに、帝都高速度交通営団(当時)としては初めてワンハンドルマスコンを採用した系列でもあります。デザインは千代田線用の6000系、有楽町線用の7000系の流れを継いでいますが、窓は最初から一段下降式でした。
半蔵門線は1978年に開業しているのですが、その時には渋谷駅から青山一丁目駅までという短い区間であったためか、帝都高速度交通営団(当時)の車両はなく、東急8500系のみが運用されていました。青山一丁目駅から永田町駅までの区間が開業したのは1982年ですが、乗客の増加が8000系の登場につながったのでしょう。なお、一部の編成は1980年代に東西線で運用されていました。
私も1980年代からこの8000系に乗っています。1980年代には、8500系のほうが10両編成化が早く進められたのに対し、8000系には8両編成もありました。また、田園都市線(当時は二子玉川園駅から中央林間駅まで。渋谷駅から二子玉川園駅までは新玉川線)では各駅停車専用で、快速や急行には8500系のみが充てられていました。8000系が快速や急行として運用されるようになったのは1990年代に入ってからです。
21世紀に入ってから、東武伊勢崎線および日光線にも直通するようになり、現在は伊勢崎線の久喜駅または日光線の南栗橋駅まで走ります(いずれも急行か準急として)。8500系とともに、製造からかなりの年数が経過してから運行区間・距離が長くなるという、あまり例のない車両でもあります。
なお、半蔵門線の車両基地は半蔵門線内になく、東急田園都市線の鷺沼駅のそばにあります。すなわち、鷺沼検車区です。鷺沼工場も併設されており、半蔵門線用の8000系、08系および18000系はもとより、日比谷線用の車両(かつては03系、現在は13000系)を見ることもあります。日比谷線の車両も鷺沼工場で検査を受けるためであり、東急東横線と東京メトロ日比谷線との相互直通運転が終了したにもかかわらず、中目黒駅で両線の線路がつながっている理由にもなっています。
鷺沼検車区は、当初、東急の検車区でしたが、1979年に半蔵門線の検車区となりました。東急時代には、長野電鉄に譲渡される直前で緑から赤およびクリーム色に塗り替えられた初代5000系が見られたりするなど、非常に面白い所でした。私の小学生時代で、現在は土橋小学校がある場所に鷺沼プールがあり、夏休みにはよく行っていたのです。