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記憶

中学までの記憶と高校からの記憶の程度が、自分の中で歴然と分かれている。

ある程度はっきりした記憶(前者)と、おぼろげだったりそもそも記憶そのものが欠落していたり(後者)。



最近、人と会う機会が多くなり、昔を振り返ることが多くなって、特に感じる様になった。

どうしてかと考えてみると、その時々の全体の記憶量とかにもよるのだろうけど、その瞬間々の気持ちの余裕が影響している

様に思える。




高校で、授業と部活と、そして受験と、常に時間に追いまくられるようになり、大学でそこに一人暮らしと馴れない地での生活

が重なり、就職してからは残業々の日々。



結婚して落ち着いていられたのはホンの少しで、資格試験やら転職やら独立やら、そこに子供が産まれて自分そっちのけの毎日が

始まり・・・




一つ一つの事柄をつなぎ留めていく能力も心の余裕もなく、蓄積されるより排除して行く「頭」が出来上がってきたような気がする。




今、妻の記憶力に驚かされる。

自分自身の事が、自分自身以上に知り尽くされていて・・・焦る。




記憶の欠如。確かに、移植前後2か月間位の記憶は殆ど、無い。

言われると、あぁそう言えば、ぐらいな感じで、自力では今も思いだせない。



その前の記憶、確か病気になるまでは記憶していたような事まで思い出せなかったりしたものだから、病気のせい、手術のせい、

と思い続けてきたけれど、必ずしもそうでもないのかもしれない。





今後、色んな意味で余裕ができる時、それは子供たちがみな独立して、今のようなペースで仕事をしなくてもよくなった時、そして

その時に体力と経済力が保たれている、そんな時だろうか。



そんな時が、果たして自分に訪れるのだろうか??





そういえば、さぁ、お年寄り、お年寄りって、何でもかんでも、覚えているよねぇ~。

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