青春タイムトラベル ~ 昭和の街角

昭和・平成 ~良き時代の「街の景色」がここにあります。

もう止められない!感染拡大!

2020-12-09 | 今を考える

医者が疲弊し、収入に直撃するダメージを受ける人がいる一方、こういうお店は「3密」のまま、毎晩マスクもしない人で賑わい、店の近くからでも聞こえる大声を発している。こういう店で感染した人間は、極論「何が起きても病院に行くな!」と思う。

しかも、ここは駅前の真ん前の小さな路地の横丁です。普通の買い物客がこの道を通る。家路を急ぐサラリーマンも通る。そこにマスクもしない年寄り顧客や、酒飲みが交差する。田舎の誰も通らない一画ではありません。勿論、夜中まで営業しています。

何があっても、医者や看護師が疲弊してボロボロになっても面倒を見てくれるから、みんな安心して旅行にも、飲み屋にも行き、医療破綻なんかしないから、旅行業者や飲食店を守ろう・・・政府はそう甘く考えていたのかも知れないが、自分の頭で何も考えることが出来ない人は、その通りに動く。

政府が何を言おうと、1人1人が正しい行いをすれば良いのに!

やっかいなのは、1部の人間が見本を示せば良いという問題ではなく、たとえ1部の人間だけであっても、してはいけない行動を取ると、周囲のみんなが感染してしまうということ。「何とか警察」等と呼ばれる人間が出て来るのも分かる気がするし、真偽はともかく、共産国家は引き締めがきついので感染封じ込みが可能になるのも分かる気がする。自由主義国家は、馬鹿を野放しにするお気楽な国・・・そんなハズはないのだけれど。

コロナウイルス感染を止めるのは、結局一人一人の行動しかない。ワクチン云々と騒いでいるが、インフルエンザ予防接種を一体どれだけの人が接種したのだろう?マスクはワクチンに匹敵する。だから、今年はインフルの感染者が激減している。

「富岳」が、ウレタンマスクや布マスクでは感染拡大は防ぐことが出来ないと言っているのに、未だに不織布マスクを使わない人がいる。これだけでも感染拡大に繋がる。マスクをすればOKという問題ではない。これだけ「やれること」「やるべきこと」をしていない人間が世の中に溢れている以上、コロナ慣れして油断している人々に感染拡大して行くのは、もう誰も止めることが出来ないような気がします。


ヨーコ・オノ・レノン全史

2020-12-08 | 本は友達・読書も大切です!
今日12月8日は、ジョン・レノンの命日です。今年はジョン・レノン生誕80周年であると共に、殺害されてから40年目の年です。そこで、ジョンを偲ぶために今日、前から気になっていた本を買いました。
 
オノ・ヨーコの評伝「ヨーコ・オノ・レノン全史」です。
 
 
あくまでも主役はヨーコ。それだけで読む気にならない人が大勢いると売れないかも知れないので(笑)、ジョンがヨーコに寄り添うように、物語は書かれています。ただし、ジョンとヨーコが一緒にいたのは、わずか10年ちょっとの時間です。
 
そもそも海外ではビートルズのジョン・レノンをたぶらかした日本人がヨーコという言われ方しかしませんし、ビートルズを解散させた女という汚名さえ着せられています。
 
本当の所は、ヨーコの家は士族。討幕運動で活躍し、明治天皇のもとで、重職を歴任した名士が曾祖父で、竹下元総理や加山雄三とも遠縁にあたる名家に生まれた、あの時代に英語もペラペラで1人海を渡ったお嬢様。そこに貧乏港町に生まれた素行の悪い不良の成り上がりが、しつこくすり寄って来たというのが客観的な事実です。(笑)
 
ジョンの生誕80年に、ヨーコとジョンの正しい史実を読んでみようと思いました。これ、面白いです。ボリューム満点の内容は、読み終えるのに時間が掛かりそうです。
 
 

追悼  ジョン・レノン ~凶弾に倒れて40年

2020-12-08 | 昭和・思い出は色褪せない

今日は朝から、ジョン・レノンの音楽を聴いています。え?なぜ?今日12月8日は、レノンの命日なので追悼のためです。今年はジョン・レノン生誕80周年であると共に、殺害されてから40年目の年です。時間が経つのは本当に早いと、感じざるを得ません。

1980年12月8日に自宅前で射殺された時、彼はまだ40歳。世界中が早過ぎる死を悼みました。今年でそれから40年。ジョンの生前と死後が、同じ月日になりました。

80年の中で、ザ・ビートルズとしての活動が8年。ソロになっても半分引退していた時期がありました。考えてみれば決して長くはないと言うより、物凄く密度の濃い「短い」活動期間を過ごしただけで、彼は今でも人々の記憶に残っているわけです。どう生きるか、何をするかについて考えさせられます。

ジョン・レノンについては、僕は実際リアルタイムで彼のソロ・アルバム発売を見て来ましたが、それほど売れませんでした。ザ・ビートルズ解散後はジョージ・ハリスンやリンゴ・スターの方が先に好セールスを記録し、ポール・マッカートニーがその後爆発しました。ジョンは亡くなってから伝説になったという見方が、正しいと僕は思います。

また現在もオノ・ヨーコさんが、正直ザ・ビートルズの歴史を書き換えているような気もします。ジョン、ジョージ亡き後、ポールがもしヨーコより先に亡くなれば、更に歴史が改ざんされそうで、それだけは起きて欲しくありません。

 
 

「木綿のハンカチーフ」は盗作?

2020-12-07 | 青春の音盤

こんな歌詞の曲があります。ボブ・ディラン作詞・作曲の「Spanish boots of Spanish leather (スペイン革のブーツ)」という曲です。

 

ああ、私は旅立って行くわ、心から愛するあなた
朝に私は旅立って行く
海の向こうからあなたに送ってあげられるものが何かあるかしら
私が土を踏むことになるその地から

いや、僕に送ることが出来るものなんて何もないよ、心から愛する君
欲しいと思うものなんて僕には何もない
すれたりすることなく、僕のもとに帰ってくれるだけでいい
二人を隔てる広大な大海原の向こうから

ああ、でも何か素敵なものがほしいんじゃないかと思ったの
金や銀でできたものを
マドリードの山の中
それともバルセロナの海辺で見つけたものを

ああ、僕の為に暗闇に星が出るとしても
大海原の底深く沈むダイヤモンドが手に入ったとしても
君の甘いキスのためならいつでも捨てられる
僕が欲しいのはそれだけなのだから

長いこといなくなるかも知れないから
ただ聞いているだけなの
何か私のことを思い出してもらえるようなものをあなたに送れないかな
離れ離れの時間、あなたがもっと楽に過ごせるような何かを

ああ、よくも繰り返し聞けるものだね
僕の悲しみを募らせるだけなのに
今日君にしてほしいことを
明日もしてほしいだけなのに

1人寂しく過ごしている日に手紙が届いた
船に乗って旅に出た彼女からの手紙
いつまた戻って来るか分からない
それは自分の気持ち次第と書かれていた

愛する人よ、そんな風に考えてしまうなんて
君はきっと心がぐらついているんだね
君の気持ちは僕から離れてしまい
これから向かう国のことでいっぱいなんだ

気を付けて、西から吹き付ける風に気を付けて
激しい嵐にも用心して
そう、何か僕に送ってくれるというのなら
スペイン革でできたスパニッシュ・ブーツがいいな


この曲は1964年に発表されたアルバム「THE TIMES THEY ARE A-CHANGIN'」に収録されており、皆さんの頭に浮かんだ日本の有名の曲は1975年12月21日に発売されていますので、ディランが盗作したのではありません

 

ディランの歌詞を見て、太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」を思い出した人は多いと思います。歌詞が似ているだけではなく、男女の気持ちが代わる代わる歌われるという曲の構成自体まで同じです。ディランの曲では、離れて行くのが女性ということで、木綿とは逆ですが。(僕は太田裕美さんのファンで、シングル・アルバムを全部持っています。彼女への誹謗中傷記事ではありません。)

「木綿のハンカチーフ」という曲がこれまで世の中に無かったとして、僕が今、この曲を世に出していたら、きっと世間は「盗作」だと言うでしょう。しかし、それなりに名前が通った人がすると三谷幸喜ではありませんが、「オマージュ」「~をモチーフにしてる」「~を下敷きに」「~にインスパイアされて」等と言われます。これって、日本が文化的にまだまだ子供だという証ではないでしょうか?

ドラマ「古畑任三郎」は「刑事コロンボ」の盗作としか思えない。キャラクター設定だけではなく、内容が酷似しているエピソードが多いからです。「盗作」と「モチーフ、インスパイア」の違いは、発表する人間に誇りがあるか無いか。そして、それを評価する社会のレベルがどの程度なのかに関わる問題ではないでしょうか?どう見てもディズニーランドやどこかで見た有名なキャラをオリジナルだと主張する国と、それを盗作だと指摘する国がある。その他国の盗作を指摘する国で、今回取り上げた曲が盗作だとされないのは如何なものでしょうか。


ゴルフコースの心地良い音 2

2020-12-06 | スポーツの話題

( 朝、静けさの中 )

僕は朝1番のスタートが大好きです。朝の静けさは格別です。プレーヤー自身もまだ、饒舌になる時間ではありません。そして冷たい空気と露を帯びた地面は、僕たちにポケットに手を入れ、あまり音をたてずに歩くことを促します。

靴の底が芝生の上を擦る音が聞こえるのは、朝だけです。ゴルフバッグの中のアイアンがガチャガチャぶつかる音が、木々の間でこだまし、遠くまで響くような気がするのも朝だけです。また、150ヤード離れたグリーンにボールが落ちた音が、あたかもすぐそばにボトッと落ちたかのように聞こえるのも、朝だけです。

これらのめったに聞こえない音を聞かせてもらえる時、孤独を大切にするという、ゴルフ特有のよさが実感できます。

( 旗竿のガチャッという音 )

誰でも経験があると思います。グリーン周りで、どこまで飛んでいくか分からないほど、スピードがつき過ぎたボールを打ってしまうことがあります。ところが顔を上げてみると、それが旗竿に当たり、カップに入ってしまったり、そのすぐそばにこぼれたり、ということがあります。

そんな時はガチャッという音がします。旗の鳴る音がしばしの間、空中を漂います。そしてその2,3秒の間に、私達はそのガチャッが、救済の音だということに気づきます。何ら明白な理由もなく、そのホールでの新しい命を与えられたのです。

( 夕暮れの音楽 )

ゴルフコースにおいては、たそがれ時もミュージックタイムです。プレーをしている人の数がだんだん減ってきます。自然光がもっとも豊かになり、僕達を取り囲む全ての色が、最も輝かしい色になります。

影が地上の風景の上をずっと長く伸びて、凹凸をくっきりと定義します。そして、これ以上の風景はないと思った瞬間に、自然のオーケストラが開演します。

コオロギや沢山の秋の虫。季節によってはカエルたち、ミュージシャン達の登場です。この演奏を聞くと、ゴルフは自然と共存することで成り立っていること、そして僕達は、その事実に敬意を払うべきであることを、改めて思い起こさせてくれます。