長雨や 残り西瓜を 薄く切り
梅士 Baishi
急に朝晩の空気が冷たくなった。
蝉の声もツクツクボウシが辻で鳴くくらいで、引き算のように虫
の声がルルルと大きく響く。
三連休も雨宿り、結局外には出なかった。
読書三昧といっても虫食い程度、本の山はさして減っていない。
海江田さんの守護霊インタヴューを読んだが、政党ってなんな
んだろうと思ったことである。
あの亡国の民主党にいながら、本心は幸福実現党の考え方と
大筋は一致している。
なのに、全く逆の見解を出して政治活動をするわけである。
政治家はほぼ共通して、政治の世界の泥水をしらなければ政治
はできないという。
泥沼とは、さまざまな画策である。
金も女も駆け引きも、政治の道具だという。
その政治とは何なのか。
幸福実現党が考えている政治とは定義が違うはずだ。
政党は、政治信条を同じくする組織というのが理屈であろう。
政治とは転化騒乱を収め、国民の自由を護り、国家の発展繁
栄をはかる事業であるはずだ。
現代では、一国の統治のみではなく、国際国家の調和と発展
のためにその役割を果たすという国際的天下を治めるということ
もある。
しかし、現実政治はそうは、なっていない。
政党とは、議席をとるためのサポート団体といういわば芸能事
務所的な位置づけになっているのではないか。
利権団体の人気をいかに矛盾なくより多く取り込むことができ
るかというのが党利党略のマニュフェストであり、政策である。
政治的良心は党利党略に優先される。
政治家は、選挙区ごとの立候補公認ポストを争う。
自民党が塞がっているなら、別の政党に、政治信条を別として
所属するのである。
自民党は愛国心を旨とする保守政党なのではない。
いまだに祟っている「河野談話」を出した河野洋平は、反日政治
家の代表であった。
自民党こそは、反日政治家の最大温床だといってもよい。
政党は票田を形成している圧力団体の最大公約数を公約にし
て選挙に臨む。
圧力団体は私利私欲であり、愛国心の団体ではない。
経団連にしてそうなのだ。
利益のために中国に内通し、消費税増税にも裏取引をにらみ
ながら賛成のパフォーマンスをとる。
しかし、それが政治だと言う時代は終わった。
政治は、愛国の統治である。
売国を政治的駆け引きとして泥水にするのは堕落にほかなら
ない。
クロムウェルほどでなくとも、基本はクロムウェルであるべきが
政治なのではないのか。
自由は最大限尊重されるが、正義を穢すことをもって自由と言
うべきではない。
海江田氏にあっても、既に正義を売って票を買っているのだ。
その罪は言い訳できないのではないか。
政治の泥水を知れというのは、妥協せよと言うべきことではな
いのではないか。
政治がその特技とする泥水に沈んでいるのである。
立憲女王国・神聖九州やまとの国
幸福実現党応援隊・ 梅士党