咲く花も 落ちたる花も 椿かな
中村 梅士 Baishi
一輪挿しのように咲いた椿も美しいが、落ちた椿も地に咲
いているかのように鮮やかな生け花となっている。
武家の庭には椿は縁起が悪いとされたらしい。
首を斬り落とされた姿を連想するからだというのである。
しかし、武士にとって死は覚悟するべきものであり、死し
てなお咲いている姿はあっぱれとも思える。
物は考えようである。
椿の孤高さが好きである。
今日も桜は満開である。
今週いっぱいの事であろう。
とはいえ、以前とは違って、腰が重くなった。
明日は登城日だから、週末の楽しみとしよう。
後の祭りでは悔いが残る。
与えることは自分の意志だから望めばできる。
しかし、もらうことは難しい。
奪うことは罪である。
与える価値の10%程度をいただくこと、これが商売であ
ろう。
小さな価値でも多くの人に与えることができれば報酬も多
くなる。
与えることができる価値を生み出し、さらに、多くの人に
与えられる智慧を編みだすことが商売繁盛の原理だというこ
とになる。
この価値創造とプロモーションが勝負所である。
これからの時代、既存の組織や価値が急速に経済力を失っ
てゆく。
依存すべき組織も人脈もあやしい時代にあって最後の拠点
は自分の人間力である。
人生は一冊の問題集として取り組むほかはない。
アメリカ国境を越えてくる無数の不法移民の商売はいかに
あるべきだろうか。
不法に入国することはバイキン大盗領が認めている。
アメリカにとっては不幸なことだが、難民にとっては生活
を立てるチャンスである。
大統領公認であれば、もはや不法移民ではない。
超法規的移民である。
州とかけあって、農地開墾や建設業などに門戸を開いても
らうのがよいのではないか。
しかし、現実には麻薬密売組織にショバ代を取られ、組織
の財源となっているという。
しかも、結局は、麻薬密売などに従属する羽目に陥ってい
るという。
アメリカ民主党政権でアメリカは急速に力を失うが、自業
自得である。
それもアメリカのカルマの刈り取りなのであろう。
アメリカの世紀は終わったのだ。
しかし、中共の世紀にしてはならない。
戦わなければならない。
日本国独立宣言・神聖九州やまとの国
New Asia Happiness Party