もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

1票の格差容認

2017年10月24日 | 社会・政治問題

 国政選挙後の風物詩と化した感がある1票の重み格差をめぐる提訴がなされた。

 憲法解釈はさておき、1票の重み格差は容認すべきだと考えている。なぜなら、1票の重み格差は人口密度によって生じており、重いとする過疎地と軽いとする都市部のそれぞれの有権者が享受する「恩恵」は1票の重みと反比例していると思うからである。自分の出身地である九州の寒村(A)と現住地である都市近郊(B)それぞれの場所で公立図書館を利用する場合を例にして考えれば、(A)においては1日2往復のバス便で片道30Kmの都市に赴向く必要があり所要の知識を得るためには丸々1日を費やす必要があるが、(B)では1時間に10便もある電車を利用して2~3時間で目的を達することができる。主要都市でしか開催されない美術展などを鑑賞する場合、(A)では運賃や宿泊費の負担などが必要となり更に格差が広がる。このように子供の知育と情操教育の面をとっても都市部住民と過疎地住民には、恩恵の重み格差が歴然としているのが実情であり、医療については更に格差が拡大する。このようなハンディキャップ下にある国民の声は忖度すべきであり、過疎地の代弁者と都市型住民の代弁者を数的にバランスさせるためには、1票に生じる格差を容認すべきであろうと思う。しかしながら、この主張が弱いことは、その格差を定量的に設定することが不可能という点である。

 今回の総選挙で、頑迷な護憲原理主義の議員数は3割程度までに低下したと思うが、既に改憲論議の場では少数意見に配慮すべきとの論調が出始めている。これこそ、改憲を希望した有権者が投じた1票の重みを軽視する所業ではないだろうか。