もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

ケネディ文書非公開に思う

2017年10月28日 | 社会・政治問題

 ケネディ暗殺後50年が経過したため、凍結されていた関連文書の公開が行われたが、機密性の高い300点は公開が見送られた。

 文書の公開は、複雑に入り組んだ情報機関の実態を露にするとともに、存命する情報関係者の生命に危険を及ぼすとの判断によるもで、これによって暗殺事件の真相は少なくとも後25年間は明らかにならないだろうと思われる。しかしながら、日本が教訓としなければならないのは、機密に指定された事項に対する秘匿性の高さである。調査に従事した人、報告書を作成した人並びに報告書を読んだ人の数は相当な数に上ると思われるが、50年間も秘密が守られていることは称賛しなければならないと思う。その人々は、金銭等により漏洩を求める誘惑を受けたこともあったであろうし、真実を知っていることを誇らしげに発表したい欲望にかられたこともあったであろうが、漏洩が国を危うくするかもしれないという自制心と国家を危殆に陥れてはならないとする愛国心を持って、秘匿が続けられているものと思う。アメリカでは公務員の守秘義務違反は刑法罪であるのみならず、違反者は造反者・売国奴として社会から追放される風土であることを考慮しても見習うべきと考える。条約に付随する秘密議定書が露になる、秘密の通信が暴露される、ゲリラ攻撃された国の指導者の所在を漏らす、秘密会議の内容を得々として話す、日本の現状は、情報を与える側と受け取る側の双方が、知る権利を隠れ蓑にした"のぞき見趣味"を満足する行動に走っているように思えてならない。

 公務員(特別職国家公務員である国会議員を含む。)の守秘義務をもっと厳格にしなければ、秘匿性の高い情報を日本に提供しない国がますます増えていくことを懸念するものである。