冬が来る前に、
雪囲いを終わった11月
私はいつも、、
ネットで格安40日前航空切符を予約している。
庭木の根元に霜がが立ち上がるころ、
北海道の
「手厳しい冬に、、、さ!来い!冬よ!、、、」と
冬に向かう直前、、、元気をもらいに
いつも息子に会いに行く。
43歳、、学者系、、、臨床医。
おっとりの呑気だった息子も
医師になって17年になるのだろうか?。。。
命が相手の仕事だけに、
ドクターヘリの運んでくる急病人や怪我人の
一分一秒が、命につながるだけに
仕事に没頭してきた17年だった。
親から見ると、マイホームパパにはなれないとは思うが
息子の仕事に理解を持って、おおらかに包んでくれる、、、女性を待っている。、
少々、、、家庭的には、家事一般を、
手伝ってくれないかもしれないこの男を
心から、家族と思ってくれる、、、あたたかな味噌汁を作れる女性が
そのうち現れてくれると、、、今も神様を信じています。
そう、、縁結びの神様が、、、きっといらっしゃる。
情感の豊かな、、幼いころは、
親もびっくりするような
作品をつくりあげて、
親も先生も、
彼は、、、作家になるのかな?などと、、話し合っていた。
結局、蛙の子は、、、カエルになった。
血は争えないモノですね。
親が医師
母親の父も医師。
オジサンも医師
従兄弟も医師。
迷い迷い、、、青春時代は納得いくまで迷って浮遊した彼も
林芙美男にはなれなかった。
浪人した後は、
運よく、、、実に運よく、、、
日本一歴史のある順天堂に合格した。
それからは、、
、親も息子も卒業目指して、、、それしか考えない道が開けた。
両親は、背中合わせに働いた。
もし、、、卒業前に、親の命が尽きたらどうしよう、、、!
私は大学に入るとすぐに父に旅立たれた学生の頃の恐怖が甦った。
生き抜かねば!、、親も緊張した。
過ぎし日の薬学生だったころ、、、
卒業までは、家庭教師や、アルバイトで、
同級生にサポートしてもらいながら
過ごした日々が、、、楽しくも、、苦しくも、、、忘れてはいない。
卒業旅行にはゆけなかった。
父の後をとって開業していた兄に
卒業旅行のお金を融通してほしいと、頼みに行ったら
「すべての遺産相続の権利を放棄した私との約束は、卒業までだ。」と言われた。
結局、私は卒業旅行には参加できなかった。
外から見ると、、、一人娘の御嬢さんであり、
内側から見ると、ワンマン長男の独裁家政のもとで
結構、、、苦境に居た。
親に早く死なれた学生の不安が甦った。
にわかに、不安になり、
卒業するまでの7年間だけ、授業料の合計と生活費の保証をしてくれる
保険に入った。
卒業してから17年たっているのに、
未だにピンピンしている主人と私!
保険の心配などいらなかったのである。
しかし、、、あの時は、、、
不安で、、不安で保険に入ったものだった。
ともかく。天下の名門医学部が、息子を入学させてくれたのですから
家族一丸となって働きました。
医師になった息子にとっても
医師の主人にとっても、
日進月歩の医学の進歩に遅れまいと、
受験生の連続のような人生を、好きな道として選択した二人だった。
家の中は、パソコンと、本と、、、学会と、、、
学門と実践の、毎日でした。
息子は、生涯を、
医師にしてくれた順天のお役にたてられることを心がけて
大学に残った。
ブレはない。
自分の道だと考えているようですね。
私も、息子が天職だと思って、心から、大学に勤めていることを
感謝しています。
北海道に、、引き戻そうとは、、もう考えていません。
そちらで、良い方と、きっと出逢います。!(^^
世間様にお役にたつ仕事を続けてくれることを祈りながら
もう43歳なのですから、
幸せな家庭を持ってほしいと祈っている。
日本の税制では、大学勤務医はお金持ちにはなれないかもしれませんが
設備もよく、日進月歩の医学についてゆける先生方も居て
同僚とも切磋琢磨して、充実感はあると思いますので、
環境に感謝して、後は、忙しすぎて消耗品にならないように、
チーム作りに、がんばってください。
家庭からサポートしてくれる女性であれば
本人達の、引き合う引力にお任せして
幸せな家庭を作ってくれることを祈っています。
いつか、、、きっと、、現れるであろう、、、運命の女性。
息子の妻となって、家庭を切り盛りすることに
幸せを感じてくれる女性であれば、
家事の手伝いは、、まずしないであろうと思う医師に
「仕方がない、、」と、
大きな気持ちで、健康管理をしてくれる女性であれば
私は、、、どんなに感謝することでしょう、、、。
性格は、寂しがり屋で、
芸術も感性豊かな鑑賞眼で、小中学校では「金賞」もいただいた。
芸術や、芸事の話はとっても盛り上がるし、
三国志の漫画が大好きで、
母の私も、三国志が大好きで、こと、、私に関する限り、
成都まで、三国志の歴史の旅をしてきました。
暇なしの息子に代わって、、
成都の三国志の「諸葛孔明」の象などを、
写真に撮ってきました。
彼が小学生だった頃の記憶を思い出すと。
ピアノを弾いたり、、、漫画を書いていました。
中学校では、ブラスバンドのリーダーをして、
卒業式には「指揮棒を振っていました。」
卒業後は、、、せっかく、、道内一の高校に進学できたのに
アルトサクソフォンで、マルタの曲を弾いていたり
ライブをしたり、、、音楽に夢中でした。
私の母が
国立音楽大学のピアノ科卒で、息子が子供の時
グランドピアノで、童謡を教えてくれたりしたことが
きっかけになったと、、、、仕方がなかった面もありますが、、、
勉強は、一拍休みの高校時代でした。
御婆ちゃんの影響の大きさにも、感ずるところがあります。
素直で、プロ意識が強く、
プライド高く育ったところがあり、
物事を差別する心はなくても、御婆ちゃんのクラシックへの価値観に
影響は受けていました。
、人それぞれのプロ性に敬意をはらえるようになったのは
我に返った、、、浪人時代からでしょうか?
謙虚な心を根っこに持っていますが、
負けず嫌いで、自分は自分の道を行くこだわりも強く持っており
お父さんに負けない医師になるのだと、頑張っています。
親の私は、彼の人生は彼の私物であるからと、常づね感じていたので、
自分の納得する道を力いっぱい進み
世の中の片隅を、、しっかり照らせる「医師」として
健康で、少なくとも70歳代いっぱいは、患者さんに向き合ってほしいと
願っています。
応援をしてくれた人には、
仕事を通して感謝を示していってください。
静岡は、、、不思議な縁がある土地です。
戦争前に外科医だった私の父が勤めていた病院があります。
静岡に勤められたという事は
お爺ちゃんの導きかもしれません。
戦前に、父と母が最も幸せな結婚生活を送った場所が
静岡だったというから、
キット御加護もあるはずです。
私の父の生まれたところは、
徳川の第一の局の菩提寺のある市谷の武家屋敷の有ったところです。
静岡にご縁があるというのも不思議ではありません。
地元の方と仲良く、地域に貢献してください。
幸い、市長さんは、
ママと同年代の日大同窓生の才女だった方ですから
御縁の深さを感じています。
ママは73歳ですから、
これからは、君の幸せと、
健康を祈りながら、
ありのままの君を愛してくれる女性が現れることを祈っています。
これは公開していないブログですから、
親戚と親友と、家族だけの掲示板ですから、
ママの願いを書きました。