戦国時代を経て、徳川家康の統治する江戸時代には、鎖国をしての専制政治であったが、何時の時代にも、私服を肥やし、営利を貪ろうとする者は居た。贅沢の限りを盡しても、寿命は尽きるし、それらを持ってまで冥途にも逝けない。視点を変えれば、地球の命を削ってしまう。
肌の色の差別にも、地域に因るものにも、現代社会に於いてはない。と言うが、果たしてそうであろうか?葉室麟さんの著作を読みながら、どの時代にも心根が異なれば、争いは起きるし、信頼を得ようとすれば、弁えもいることを知る。でも、人間の本質は然したる変化もなし。
沖縄の方の、棲む土地を取り上げ、無謀な手立てを使ってまで、基地を造るのは止めてほしい。県民の願いであり、当然の権利でもあるのを、何故聴こうとはしないのか?聞くのは誰でもできるが、聴こうとするするには、目と耳と心がなければ出来ない。口から出る言葉も虚しい。
諍いは、時代錯誤でしょう。武器を持って制するのも、自国が弱い証拠です。加えて国民から見放される。庶民の生活を考え、出費を抑え、自国を潤す方法をしていかなければ、破滅の道に進むだけだ。戦争になれば、一瞬で命は消える。修復不可能な状態が起きる。それでは遅い。
一国のトップには、国を守る責任がある。それを放置しての暴言にも、行いにも咎が残る。庶民を苦しめ、強国の言うことにしか応じずでは、そこに留る価値もない。庶民の暮しは質素倹約なのに、懐が膨らんでいるのはどうしてなのか。財産の公表にしろ、隠匿にも思え疑わしいが。
明日の天気次第だが、突然の外出は出来ないので、事前に上司に了解を得ておく。雨が降れば施設内で、晴れていれば外に、という算段をしながら、月当番がやっておくべきことをしていないのも、と首を傾げる。想定外等言うが、色んなパターンをしておけば対応できる筈。怠慢だよ。
仕事から帰宅して、名前を呼んだらそっと出て来た。あらら、眠っていたのか。この目に弱い。