納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています
聞き手…スパイ行為の手法も進化して行くんでしょうか?
富 田…以前に噂になったじゃないの、ベンチから打席の打者に信号を送るってやつ。広島だっけ?
関 本…股間保護のカップが振動して球種を伝えるハイテク装備で、親会社の東洋工業の技術者が開発したという代物らしい
富 田…御多分に洩れず、この手法にも改良版が直ぐに現れたという話が伝わってエモやんがS電機に取材に行ったそうだ
関 本…あるチームのベンチに行って「S電機に行ってきたで。『その節はどうも』 と言うとったわ」と突っ込んでも 「何の事?」 と
軽くあしらわれたそうだ
富 田…そこまでいくと僕はついて行けない。何もないのにワザと大声を出したりして相手を疑心暗鬼にさせて混乱させる、その
程度が可愛いよね
聞き手…スパイ行為と言えば南海時代の野村さんですよね?
関 本…最近の週刊朝日でノムさんは「やった」とは認めなかったけど完全否定はしなかったね。「若い選手2~3人をウロチョロ
させるだけで効果があった」と上手く逃げていた(笑)
聞き手…野村さんの南海退団が決まると秘密裏に大阪球場の色々な装置を取り外したという噂話がありましたね?
関 本…どうなの南海在籍経験者として一言どうぞ(笑)
富 田…それはないと思いますよ…まぁ、ねぇ、、エへへ
関 本…歯切れ悪いですね。まぁそういう事にしときましょう。お互いまだ野球界にお世話になりたいですし(笑)
聞き手…この手の話は確かな証拠がなく疑い始めたらキリがないですね
富 田…ホームとビジターで打撃成績がまるで違う選手がいるのも事実で、皆が " 変だ " と考えるのは自然ですよ
関 本…随分前の日本シリーズでの話だけど相手の球場に行って最初にしたのはグラウンドのチェックじゃなくてベンチ内の
あらゆるスイッチを調べた
富 田…そこまで神経過敏になるか
関 本…読唇術の名人がいてね、西本監督(阪急)の口の動きだけを観察させてた。「次はバント、エンドラン」と指示するのが
分かればサインを盗んで解読する必要がないって訳
聞き手…上手くいったんですか?
関 本…敵もさる者、西本監督は黙して動かなかった
聞き手…では誰が作戦を指示していたのですか?
関 本…例えば監督の足元に一斗缶などを置いといて1回蹴ったらバント、2回ならエンドランと合図を出す。それを少し離れた
控え選手が三塁コーチに伝達するって方法
富 田…お互いが相手の動作の一部始終に神経を尖らせている訳ね
関 本…どこも同じような事をやっているからこそ益々高度に複雑なサインになっていく訳だ
富 田…サイン盗みは現行犯じゃないと罰する事は出来ない。投手の中には相手がサイン盗みなんかしていないのに「サインを
盗まれたから打たれた」と弁解の言い訳にしている奴がいる
関 本…でもね、今はトレードが頻繁に行われるから移籍してきたら正直に白状しますよ。一番怪しいと疑われている球団から来た
O投手が「俺は覗き役だった」と言ってた。でも自分達もやっているから怒れない。どこも同じような事をやっているからこそ
悪びれる事なくシレっと白状するんですけどね(笑)
富 田…もう、こうなったら喋っちゃうけど僕は球種を教えられると駄目なタイプ
関 本…おっ、遂にカミングアウトですか
富 田…野村さんに言ったんだ「気が散って集中出来ないから教えないで下さい」ってね
関 本…で、ノムさんは何て?
富 田…「ならお前は球種が分からなくても絶対に打てるんだな」って。 " 絶対 " って言われてもねぇ… でも逆に球種が分かっても
絶対に打てるかと言われても打てないでしょ?
聞き手…マウンド上で投げていてサインがバレているなと分かるものですか?
関 本…外角のスライダーに思いっ切り踏み込んだりフォークボールを悠然と見送られたりすると、オヤ?と思いますよ
聞き手…そういう場合はどうするんですか?
関 本…僕の場合は①が直球、②がカーブ、③がシュート、④がスライダーというのが基本なんですけど 「この回だけ①と④を入れ
替える」と捕手と相談して変更するんです
富 田…そう。それだけでも充分効果があるんですよ。ベンチからの情報が信用出来なくなって思い切り振れなくなる
聞き手…そんなに効果的なんですか?
富 田…僕も一度、カーブが来ると信じて踏み込んだらシュートが来て頭に ガッツーン! 絶対に避けられない、来ると思ってないから
関 本…そうなると次の打者は情報が信じられないから腰が引けちゃって甘めの外角球にも手が出ない
富 田…選手1人づつサインを変えれば有効かな?
関 本…牧野さんが日本シリーズで自軍の一番~三番、四番~六番、七番~九番打者と区分けしてサインを変えて出していたけど
回が進むうちに自分でも訳が分からんようになったとボヤいていた
富 田…そりゃそうだ。例えば六番打者が走者に出てエンドランを仕掛けようとしたら、走者と七番打者に別々にエンドランのサインを
出さなくちゃならない…と言ってる僕が既に混乱してる
聞き手…手を変え、品を変えてもサイン盗みを防止するのは難しいんですね
関 本…現状ではバッテリー間のサイン盗み防止には乱数表が有効なんじゃないかな
富 田…乱数表も色々な種類があるそうだね
関 本…縦軸と横軸が交錯した所を見るのが一般的だけど斜めと縦軸、もしくは横軸との交錯バージョンもあるよ
聞き手…今季、セからパの球団に移籍したN投手が乱数表から解放されてノビノビとしていると話題になってますね
関 本…いやぁ、あれには裏話があって実はセ・リーグ時代も乱数表を使っていないんじゃないかと噂されていた
富 田…どういう事?
関 本…普通は捕手からのサインを見てグローブに付けてある乱数表で球種を確認して頷いたり首を振ったりするわけだけどN投手は
その一連の動作が異常に早くて実際は乱数表を使っていないのでは、と言われていた
聞き手…本当はどうだったのですか?
関 本…噂通りだった。本人曰く 「バレてましたか。上手く演じていたと思っていたんですけどね…面倒くさいし投球のリズムも崩れる
ので乱数表は使わなかったんです」 だって(笑)。でもそれでも構わないと言う監督やコーチは多いね。相手に乱数表を使って
いると思わせて外野席から覗くのを止めさせれば充分だって
富 田…乱数表を使われると内野手は困りますよ
聞き手…なぜ内野手が?
富 田…球種やコースによって守備位置を変えますから。あからさまに動くと打者にバレますけど投手が投げるのと同時に動いたり
しますからね
聞き手…なるほど。じゃ今後は内野手も乱数表を携帯しなくてはなりませんね
関 本…それはさすがにやり過ぎでしょ。捕手がサインを出したらダイアモンド内の選手が一斉に首をうな垂れて下を向く様子は異様
ですよ(笑)
スパイ行為を巡ってこれまで様々なトラブルがあった。確証は無く曖昧なまま現在に至っている。プロ野球界にスパイ活動は有るのか無いのかを関本四十四氏(巨人→太平洋→大洋)、富田勝氏(南海→巨人→日ハム→中日)に語って貰った。
聞き手…ズバリ聞きます。スパイ行為は存在するのですか?
関 本…少なくとも昔は有った。ねぇ、トミさん?
富 田…多かれ少なかれ多くの球団が研究していたのは確か。実際に行なっていたかどうかは別にして
聞き手…スパイ行為の基本はバッテリー間のサイン盗みですよね?
関 本…バックスクリーン方向から望遠鏡で覗くやつですよ
富 田…いつも同じ場所からだとバレるんで外野席を移動するみたい
聞き手…そんな遠くから見えるのですか?
関 本…大体は指1本で直球、2本でカーブ、3本で…、だから見えますよ。しかも倍率 1000mm の望遠レンズを使うからバッチリ
富 田…走者がいない時は単純だけど走者が出るとブロックサインが加わる。レガースやマスクを触ったりして複雑にする
聞き手…どのようにして打者に伝えるのですか?
富 田…僕が知る範囲では電話です
関 本…電話? 誰に?
富 田…直接ベンチに掛けるんですよ 「次はカーブ」 って。1人が覗いて隣の奴に球種を教えてそいつが電話をする
聞き手…電話を使うとなると観客席から覗いているのではないですよね?
富 田…ええ。スコアボードの中から覗くんです。 で、ベンチから予め決めている合言葉で球種を打者に伝えるんですよ
聞き手…いつ頃の話ですか?
富 田…昭和44年~45年の話。 アッ、どこの球団だかバレちゃうじゃない(笑)
関 本…僕が聞いた話はもっと単純で外野席でアベックを装って色の違うタオルを振るってやつ
富 田…あぁ色で球種を、タオルを振る腕の左右の違いでコースを伝えるってやつね。それはだいぶ初期の話ですよ
関 本…向こうがやってくるならこっちも防御しなくちゃならない。だから捕手が出すサインも次は足し算、今度は掛け算って具合に
聞き手…大変ですね。マウンド上でそんな計算をしているとは思ってもいませんでした
関 本…算数が苦手だった投手はサインミスが多くて(笑)
富 田…サインを盗むのを邪魔をしに行ったりもしますよ。試合当日が " アガリ " の選手が外野席をブラブラするんです
聞き手…何をするんです?
富 田…わざと近くに座ってジッと見つめると、さすがにバツが悪くなるみたいで身振り・手振りが小さくなる(笑)
関 本…すると今度は見つからないように変装するんだ。つけヒゲをして老人に化けたりして
聞き手…そこまでいくと笑い話ですね
関 本…笑い話と言えば荒川さんがヤクルトの監督をしていたある日、神宮での試合前に牧野ヘッドコーチと球場入口で偶然に
出くわして立ち話をしている最中に牧野さんが「センター付近でおかしな事をやってるね」と言ったら荒川さんは思わず
「打者として邪道だから尭(荒川監督の息子)には見るなよ、と言ってるんだ」と喋ってしまった
富 田…荒川さんは根が正直だから(笑)
関 本…そのヤクルトと阪神が北陸遠征で対戦した時の事、先乗りスコアラーとして巨人の小松さんも随行したんだけど試合は
ヤクルト打線が17安打の大爆発。小松さんは外野席に赤と白の旗を振る怪しい人物がいるのを発見したけど阪神の
スコアラーは全く気づかない。小松さんも教えてよいのやら分からず居心地が悪かったと言ってたよ
聞き手…素朴な疑問ですけど捕手のサインだって色々な組合せがあるのに外野席から覗いただけで判読出来るのですか?
関 本…1球毎にメモをして比べれば割と簡単に分かりますよ。だって僕が理解出来たんですから(笑)
富 田…南海にいた頃の新山さん(現阪急コーチ)がサイン解読が得意だった。1回見たら2回目からズバリ当てた。「キー」さえ
見つけてしまえば簡単だと言ってたな
聞き手…サイン盗み防止の為にどんどん複雑になっていくのは大変でしょう?
関 本…僕ら投手より捕手が大変ですよ。1球毎にパッパッパッと3回くらい指を動かさなくちゃならないから、如何に早く指を
動かせるか常に練習してますよ。しかも3回のうち何番目が本当の球種かを瞬時に判断しなくちゃならないから指の
動きと同時に頭も使うしね。更に走者や一・三塁コーチに分からないようにミットで隠したりブロックサインを出したりと
本当に重労働だと思いますよ
富 田…ミットを縦にするか横にするかで変わってくるサインを見破るなんて凄いよ
関 本…更に走者がいればピックオフプレーのサインも加わって大変よ。巨人の場合は全部のサインを捕手が出すから…
でもそれが出来ない捕手は一軍に定着出来ない
富 田…捕手だけの話じゃないよ。今は一通りのサインプレーが出来ない選手は一軍に上れない。結構いるんだよ、これが
聞き手…これからのプロ野球選手はただ打ったり投げたりするだけじゃ駄目って事ですか?
関 本…普通はね。例えば槙原(巨人)みたいに直球だと分かっていても打てない位の球を投げられれば別だけどね
富 田…自分のチームは全くやってないけど相手がやっているから仕方なくやらざるを得ない、なんて嘘ですよ。自分達で
やっているからこそ相手も同等かそれ以上の事をやっていると疑心暗鬼になって必至に防御しているんですよ
聞き手…必要悪というかこの先もスパイ行為が無くなる事はなさそうですね
一度でも阪神タイガースに籍を置いた者の一人として何時も寂しく思うのは何故、阪神出身者に阪神以外の他球団から監督やコーチの就任要請が無いのだろうかという事。田宮謙二郎氏が昭和47年から2年間、東映フライヤーズの監督を務めたのを最後に阪神出身者は他球団の監督に就いていない。田宮氏以前には松木謙治郎氏が大映と東映の監督、藤村富美男氏も国鉄と東映でコーチ職を務めており、伝統球団の人材を他球団が放って置く事はなかった。ところが現在はどうであろう。阪神出身者で他球団のコーチに就いているのは藤井栄治(近鉄)只一人だ。一方で巨人出身者は広岡監督(西武)・近藤監督(中日)・森コーチ(西武)・与那嶺コーチ(西武)・黒江コーチ(中日)・相羽コーチ(阪神)・千田コーチ(ロッテ)・福田コーチ(南海)・内藤二軍監督(ヤクルト)とセパを問わず引く手あまた。嘗ての三原監督(西鉄)や水原監督(東映・中日)など人材豊富。
どうしてこんな状況に陥ってしまったのか阪神関係者は考えてみる必要があるのではないか。現在の安藤監督も阪神以外の球団に籍を置いた経験が無い。最近の歴代監督を見ても金田正泰、村山実、吉田義男とみんな阪神生まれの阪神育ちで周りも身内で固めた。確かに巨人の監督も生え抜きが原則だが長嶋監督は近鉄出身の関根潤三氏をヘッドコーチに、親会社がライバルである中日出身の杉下茂氏を投手コーチに登用した。また現在の藤田監督は大洋でコーチを経験している。セパ2リーグ分裂後の初優勝を遂げた昭和37年のチームを率いたのが巨人出身の藤本定義監督と青田昇ヘッドコーチだったのは何とも皮肉な話だ。いきなり結論めいてしまうがこうした状況の原因は球団内に巣喰ってしまった「人材育成を放棄し成績が悪いとポイっと監督の首を斬り、他球団出身の有能な人材を探す苦労もせず監督やコーチに安易に阪神出身者を据える」という愚行を繰り返して来た球団フロントのお手軽な組閣ぶりに行き着くと考える。
阪神から追い出されて苦労を重ねてもプロ野球界を生き抜いた逞しい選手もいる。現役では救援投手という新境地を開拓した江夏や西武が新球団を設立した際に実力ではなく人気を狙って獲得したと揶揄されながらも今やすっかり「ミスターライオンズ」になった田淵など嘗ては阪神の財産だった男達が他球団で生き生きと躍動している姿を見る度に一抹の寂しさを感じざるを得ない。私は縁あって3球団の球団フロントを務めたが新監督を選考する際に豊富なキャリアを持つ数多い解説者の中から如何に右顧左眄せず忌憚なく率直に嘗ての所属球団を批評しているかを重視していたのを思い出す。そこから「なぜ阪神出身者に他球団から監督やコーチの要請が無い」のかという疑問に対する一つの解答を見つけたような気がした。
阪神は関西地区では絶大な人気を誇り現役時代に実績を残し名を上げた人は地元のテレビ局や新聞社の解説者としての道が開かれている訳だが、その際に阪神球団からマスコミ各社に働きかけて就職を依頼している。いわば阪神球団子飼いの解説者だ。この事が解説者になった時に遠慮会釈ない阪神批判が出来なくなり、ついつい球団寄りの立場を取ってしまう遠因になるのではないか。「アッ、この人は自分に声がかかるのを待っているな」と思える解説を耳にする事がシーズンも深まり秋風が漂う季節になると多々ある。私の思い過ごしなら幸いだが球団だけでなく、こういう阪神出身者もまた " ぬるま湯 " にどっぷりつかっているような気がしてならない。当り障りがなく無難な解説しか出来ない者を監督やコーチに招聘しようとする球団はそう多くは有るまい。
江夏や田淵の様なチームの顔とも言える主力選手であっても球団に批判的な言動が目に余ると容赦なく放出されてしまう。阪神から追い出されたら引退後の職探しに苦労するから球団フロントの顔色を伺うように自然となってしまう。球団としては好都合だ。幸いな事にチームが下位に低迷しても観客動員はそこそこ入っている。優勝争いをしなくても球団経営は潤っているから何もそう目くじらを立てなくても…などと悠長に構えているとファンからしっぺ返しを喰らう日が来るかもしれない。 " 伝統を誇る阪神タイガース " を標榜するならせめて5年に一度くらいは優勝するチームでなければならないと思う。その為にはもっとシビアであって欲しい。シビアな環境で鍛えられた人材には外部から要請の手が伸びる。選手も球団幹部も今こそ真剣に考える時だ。
今でも語り草となっている山内選手との「世紀のトレード」で小山投手が入団した大毎は昭和39年から43年までハワイ・マウイ島で、同44年からはアリゾナ州・カサグランデで春季キャンプを張った。これは大毎・永田オーナーと親交のあったSF・ジャイアンツのストンハム会長の全面協力によって実現した海外キャンプだった。また大リーグチームの訪日は日本プロ野球機構を通じてシーズンが終了した秋口なのが普通だったが永田オーナーの個人的な要請で昭和45年の3月末にSF・ジャイアンツは訪日して全国各地で9試合も親善試合を行なった。大リーグチームがシーズン開幕前の大事な時期に日本にやって来るのは異例中の異例だった。それ程までに永田オーナーとストンハム会長の結びつきは強かったのだ。ちなみに親善試合の結果はSF・ジャイアンツの6勝3敗だった。
そのストンハム会長が小山投手を欲しがった。当時の小山投手は36歳で投手としては既に全盛期を過ぎていたが抜群の制球力を誇り、SF・ジャイアンツが喫した3敗のうち1敗は小山投手によるものだった。ストンハム会長は「コヤマは絶対に大リーグで通用する」とベタ惚れで本気だった。チームに同行していた会長付き特別補佐役だったキャピー原田氏から小山譲渡を打診されたのは名古屋のホテルだった。「向こう2年間、小山投手をSF・ジャイアンツに貸して欲しい。サンフランシスコは日系人も多くマッシー村上(村上雅則)の例もあり人気が出るのは間違いない。どうか本人に気持ちを聞いて欲しい。代わりにSF・ジャイアンツの若い有望選手を提供しよう、希望する選手を選んでくれ。何なら2人選んでもらって構わない」という程の本気度だった。
当時の私は大リーグの情勢に明るくなく「選手を選べと言われても…」と戸惑っていると「ウチの3A(フェニックス)にフォスターという選手がいるが彼は将来有望で大リーグでも本塁打王になれる力を持っている。それからキングマンという選手も有望だ」とまくし立てた。フォスターとキングマンの説明は今改めてする必要はないであろう。今一つピンと来なかった私は永田オーナーに報告する前に取り敢えず小山投手本人に話をしてみた。「オッチャン(私は小山を当時そう呼んでいた)、大リーグで投げる気はあるか?」と朝食の席で尋ねると本人はキョトンとした表情で「何を夢みたいな事を言うんだ」と最初は取り合わなかったが事の経緯を説明すると身を乗り出して「ゆっくり考えさせて欲しい」と満更でもない様子。早速に永田オーナーに報告すると「小山本人が行きたいと言うなら行かせてやれ」とGOサインが出た。
永田オーナーの了承を得た私は交換選手の人選に着手した。キャピー原田氏はフォスターとキングマンとの1対2の交換トレードでも構わないと言ったが私は性格が真面目で肩も足もあり三拍子揃ったフォスター1人を指名し細かな契約内容も詰めた。小山投手は1年間SF・ジャイアンツで投げてみて本人が希望すれば翌年も残留、フォスターは小山投手の動向に関係なく3年間大毎でプレーする事に決まった。その後、永田オーナーとストンハム会長のトップ会談で合意し正式な発表を待つだけとなった、筈だった。チームを預かるキング監督が「フォスターは今季中に大リーグに昇格させる予定なので駄目だ」と強硬に反対したのだ。改めて人選をやり直して欲しいとキャピー原田氏に懇願されたが元々が先方から申し出た話であり大毎側が折れるのは筋違いと言う事となり、この話は御破算となった。
この年のSF・ジャイアンツは開幕から低迷し5月中旬にキング監督は解任されてしまった。投手陣の崩壊が低迷の主原因だが、つい小山投手がいたら…と考えてしまう。また成績不振に加えて観客動員の減少も解任の理由とされた。仮に小山投手が入団していたら日系人が大挙して球場に詰めかけていたであろう。フォスターは後にトレードされたシンシナティ・レッズで四番打者となりレッズの優勝に大いに貢献し大リーグを代表する打者となった。今は永田オーナーとストンハム会長は共に野球界から身を引いてしまったが、この様な思い切ったトレードを率先して計画出来るトップがこの頃から存在していた事は興味深い。あの時、フォスターが大毎に来ていたら…と想像すると残念でならない。余談だがフォスターとキングマンの2人は時と場所を変えた現在、NY・メッツでチームメイトである。