納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています
桑田事件の後は落合事件勃発が必至。ドラフト会議の終了はストーブリーグ開始のゴングである。各球団はドラフト指名選手の獲得と併行して本格的トレード交渉に突入した。
読売全社あげて " 落合盗り " に
「桑田獲得に動いているのは代表クラスのトップだけ。国内トレードは岩本渉外担当補佐や江藤二軍ディレクターらが密かに動いている(巨人担当記者)」だが実は彼らが動くのは小物相手のトレードだ。大物相手は球団レベルを越えて讀賣グループ全体で動く。目下のターゲットは落合選手(ロッテ)だ。「落合獲得は讀賣の総意みたいなものです。王監督の『四番を任せられる選手を獲ってくれ』の希望を叶えるのは落合しかいない」と巨人担当の記者は言う。しかし、落合といえばロッテ、いや球界を代表する強打者でロッテの重光オーナーも「絶対に出さない」と明言しており、いかに巨人と雖もおいそれと獲得は出来ない。この難攻不落の強打者をどうやって獲る気なのか?
先ず第一は魅力的な交換相手を用意すること。噂では中畑選手プラス西本投手・江川投手・斉藤投手以外の投手1人。または西本プラス中畑・原選手・山倉選手・松本選手以外の野手1人の2対1の交換トレードを画策しているとされている。巨人としても中畑と西本の2人を出すのは無理と考えているがロッテが要求した場合は放出やむなしとの意見がフロント陣の一部にはある。「ひょっとしたらロッテは中畑を軸に投手1人+野手1人の1対3の交換を要求してくる可能性もある」とはロッテ担当記者。一方では「西本は讀賣グループ上層部のお気に入りだから出さない」とする声もあり情報は錯そうしている。巨人は系列の報知新聞紙上で中畑放出の是非を問うた所、OK派が上回った。
だが交換要員を揃えてもロッテ側がトレードを受け入れるかは疑問だ。落合を放出することはチームを解体するのと同じではないかという批判が出るのは必至。ロッテには世間の風当たりを防ぐ大義名分が必要なのである。この点についてある事情通は「落合は今度の契約更改交渉で年俸八千万円、タイトル料五千万円の計一億三千万円を要求するらしいが、球団がこの要求を拒否して交渉が決裂すれば落合放出もやむなしと世間も納得するだろう」と語る。また一部報道では讀賣グループが韓国政界に働きかけて韓国内でロッテ本社をバックアップするなど政財界あげて巨人の落合獲りに力を貸す動きもあるようだ。
西武が密かに狙いをつける真弓
更に巨人はバース選手(阪神)対策用に永射投手(西武)獲得に向けて西武に打診をしたという情報もある。その西武だが、阪神に奪われた日本一奪回の為にトレードを積極的に行なう腹づもりのようでトレード要員を半ば公表している。主な選手は大田・片平・永射・高橋・立花ら。更に「松沼弟や蓬莱の名前も挙がっている(西武担当記者)」そうだ。これらの選手で誰を狙っているのか?「先ずは大砲。次いで人気。ドラフトで清原を指名したが来年いきなり活躍するのは無理だろう。そこで大島(中日)、門田(南海)のベテラン勢やロッテも狙っている田代(大洋)が大砲候補。人気面では真弓(阪神)、中畑や篠塚の巨人勢も候補(西武担当記者)」らしい。いずれ劣らぬビッグネームばかりだが西武の本命は真弓だそうだ。
元々真弓は西武の前身のクラウンライターライオンズに所属していた。阪神に移籍後もライオンズファンの中での人気は衰えていない。しかし今や阪神でも1・2の人気を誇る真弓だけに獲得するには前述の選手クラスでは無理で松沼兄弟のどちらかか、東尾投手クラスの出血を覚悟しなければならない。清原の入団でチームの若返りは更にスピードアップするであろう。その意味でもベテラン選手にとっては落ち着かないオフになりそうだ。ベテランといえば定岡元投手のトレード拒否で宙に浮いた形となった有田選手(近鉄)に関しては巨人入りは消えたという説がある。近鉄には選手をお詫びとして1人無償でトレードする事で御破算にしてもらい、新たに大宮選手(日ハム)を狙うそうだ。
他にもドラフトで清原を外し、更に広瀬選手(本田技研)も日ハムに獲られた中日は内野手を狙っている。「水上選手(ロッテ)や大石選手(近鉄)がターゲット。トレード成立の為には大島選手は勿論、都投手や場合によっては谷沢選手の放出も辞さない覚悟」と話す中日担当記者。仮に谷沢放出となれば第二の田尾騒動になりかねないが新たに球団社長に就任した中山氏は球団内部では常識外の事をする人、と評される人だけに目が離せない。中日新聞本社内部では今回のドラフト会議に関して「大失敗」との声が多いだけにドラフトの失敗をトレードで取り返すのではと考えられている。過去に多くのトレードを成立させてきた阪急と既に交渉を始めているという情報が流れている。
阪神 - 近鉄で電撃複数トレード !?
日本一になった阪神も決して無風状態ではない。「吉田監督が監督就任前に世話になったフジテレビ系列『プロ野球ニュース』の解説者を通じて複数の球団幹部と接触している。表面では大幅なチーム改変は行わないと言っているが、あの人はかつて江夏投手さえ切った人だけに日々新しいものを求めてチームに刺激を与える考え方は変わっていない。何か大きなトレードを画策していても不思議ではない」と在阪テレビ局関係者は語る。今季、大洋から池内投手との交換で獲得した長崎選手は大活躍した。二匹目のドジョウ狙いでベテランの大田や片平(共に西武)あたりに目をつけている。ただしトレードには交換選手が付き物で " 切られる選手 " は誰なのかとチーム内では不穏な空気が漂い始めている。
日ハムは古屋選手を放出要員として投手を狙っている。「内野手が足りない中日あたりと交渉している形跡がある。曽田投手や後藤投手が欲しいが中日が出すかどうか。堂上投手だと古屋と釣り合わない(日ハム担当記者)」。また木田投手も交換要員として他球団の人気は高い。1年目の22勝から徐々に成績は下降し今季は僅か2勝に終わったが環境が変わればまだまだ戦力になると考える球団は多い。落合の去就が注目されるロッテはドラフト1位で指名した石田投手(川越工)の交渉に手こずっている。仮に入団拒否となったら投手の補強が急務となる。その場合は巷間伝えられる落合の交換相手は中畑ではなく西本プラス加藤投手の可能性も出てくる。
残る広島、ヤクルト、近鉄、南海のうち広島に関してはあまり動かないであろうと言われている。何故なら阿南新監督はあくまでも山本浩選手が引退後、次期監督に就任するまでの繋ぎであってチームの根幹はいじらないと決めている。チーム編成を大きく変えるのは " 山本浩新監督 " 誕生までお預けだ。近鉄はロッテ同様にドラフト1位指名の桧山投手(東筑)の獲得交渉が暗礁に乗り上げている。補強はトレード頼りだ。「同じ関西地区同士の阪神と3対3くらいのトレードを画策している動きがある(近鉄担当記者)」らしい。南海の杉浦新監督は巨人から申し込まれた山内孝投手のトレードは断ったが巨人とのルートは繋がったままで急転直下のトレード成立も有りうる。
ワタクシ鈴木葉留彦は評論家1年生として右往左往し何が何だか分からないうちにシーズンが過ぎました。34歳の筆者としては歳の近いベテラン選手より若手選手と触れ合う方が若返る?気がします。そこで若手にスポットを当てて彼らの代弁者となりたいと思います。先ずは古巣・西武の選手から・・
小田真也(西武):左の横手投げという希少性を生かしたい
小田にとって今季は画期的なシーズンだった。阪神と日本一をかけた日本シリーズの出場登録メンバーに選ばれた。残念ながら試合には出場しなかったが現場の雰囲気を肌で感じられただけでも有意義であったろう。オリンピックではないが日本シリーズは参加することに意義があるのだから。その貴重な経験を来季に生かして欲しいと筆者は願う。それには先ず模索中の横手投げを完成させ自分のモノにしなければならない。シーズン開幕当初は未だ上手投げだった。だがしっくりこない。本人もだが周りの首脳陣も手応えを感じられずにいた。5月に入った頃、遊び半分で腕を下げて投げてみたところ見事にはまった。体の軸もブレず体重移動もスムーズになり制球力も格段に良くなった。
「横から投げた方がしっくりきました。永射さんを参考にした?いいえ自分で考えたフォームです(小田)」と永射投手を真似したと言われるのが不服のようで、投手特有の自尊心の高さ故の発言だ。投手という職業はこれくらい自我が強くないと務まらない。秋季練習の課題は一にも二にもフォーム固めだ。「今は昼・夜、関係ないっス。昼の合同練習後は夜食を摂ったら夜間練習でシャドーピッチングをみっちりやっています(小田)」と。私生活ではまだ新婚さんだが早く愛妻のもとへ帰りたい気持ちをグッと抑えて練習に取り組んでいる。
球界では左腕投手は貴重だが、それに横手投げという変則投法を加味すると更に希少価値が増す。先ずは左打者は絶対に抑えるという印象を首脳陣に植え付けることが大事。「日本シリーズでベンチ入りしてみて1球の重みを実感しました。工藤がバースに打たれた場面を目の当たりにして改めて1球で局面が変わってしまう怖さが分かりました。ただあの1球が悪いというのではなく、そこに行き着くまでの過程が大事。僕も来年こそああいった場面で起用される投手になりたいと思います。厳しい場面で抑えて初めて認められるんですから1球1球必死に投げたい(小田)」と決意を語る。" 第二の永射 " 誕生も近い。
仁村 徹(中日): " あっち向いてホイ " バッティングの魅力
私のように高校時代からプロ生活を終えるまで同じポジション(一塁)しかやってこなかった人間は他のポジションだったら違う野球人生を送っていたのでは、と時々考えてしまう。だから今回取り上げる仁村選手は実に羨ましく思えるのだ。高校・大学と投手をやり、その実力を認められてプロ入りして勝ち星も手にした。にもかかわらず投手から野手に転向するスリリングな野球人生を送っている。私からすれば何とも羨ましい限りだが本人はそんな呑気な気分ではないらしい。「初勝利もしたし投手に未練はありましたよ。簡単に野手転向なんて出来ませんよ。第一、野手の練習は本当に厳しい。それとチームプレーが大変。自分の事だけ考えてる投手とは大違いです。時間が幾らあっても足りない(仁村)」と語る。
東洋大学時代は " 東都のエース " とまで呼ばれた男。「仁村投手」にはその投手としてのプライドを捨てること以上に投手として過ごした4年間のブランクが今になって堪えるという。大学出の選手は3年がひとつの目途と言われている。来季がプロ3年目となる仁村に残された時間は余り無い。仁村は私と同じ埼玉育ち。東日本で育った人間が西日本で生活すると初めのうちは違和感がある。いわゆる " 水が合わない " というやつだ。私が太平洋クラブに入団して九州博多に行った時も食事が口に合わず体調を崩し、盲腸をこじらせて腹膜炎になるなど散々だった。その点では仁村は「大丈夫です。身体だけは自信があります。ダメなのは野球の技術だけ」と苦笑い。
食事など私生活は高校の同級生だった加代子夫人のサポートもあって万全のようだ。それはともかく1年間ファームでみっちり鍛えたお蔭もあり「守備だけなら宇野さんに負けない自信がある(仁村)」とキッパリ言い切った。しかし打撃に関しては残念ながら守備のように上達度が練習量に比例してアップしてくれないのが一般的なのだが、仁村は余人が真似できない天性のモノを持っている。それが " あっち向いてホイ " 打法だ。簡単に言うと体勢と打球方向が全く違うがヒットになる妙なバッティング。早大時代の松本選手(現巨人)がそうだった。ただしこれは球を捉える能力に問題はなく、少し矯正すれば大丈夫。三塁・仁村が一軍で見られる日は案外と近いかも。
岸川勝也(南海):ポスト門田に名乗りを上げた肝っ玉男!
若手がそれなりに育ってきた南海。次なる課題はポスト門田。南海の大砲不在の悩みは年々深刻化している。それを端緒に表したのが岸川選手の四番DH先発起用であろう。いくら門田が故障で欠場しているとはいえ、高卒2年目の岸川には荷が重すぎる。南海の大砲願望はここまで肥大化しているのだ。しかし岸川にしてみたらこれは千載一遇のチャンスで利用しない手はない。中モズでの秋季練習をする岸川に四番抜擢の感想を聞いてみた。「突然の起用?そうっスねぇ、僕は特に緊張とかしないタイプなんで当たって砕けろ精神で平気でした(岸川)」と来たもんだ。この若者は恐るべし強心臓の持ち主のようだ。
チームメイトによると「バッティングも豪快だけどそれ以上に肝っ玉が座っていて多少の事には動じない。先輩から注意されようが怒られようがカエルの面に小便ですよ」らしい。私は益々気に入ってしまった。今季は一軍で33回打席に立って安打は僅かに2本だけだったが、そのうち1本はホームラン。まさに当たって砕けろとばかり思い切りの良いスイングを披露した。「僕はちょっと変なんですよね。若いくせに変化球が得意で逆に直球に遅れ気味。バットのヘッドが体の内側に入り過ぎて一瞬遅れてしまう。今はスイングの矯正中です(岸川)」と話す。
33打席で5三振というのは長距離砲としては少ない方で、それだけ本人が言うように変化球に対応できている証拠であろう。打撃は磨けば光るモノを持っているのだから問題はやはり守り。20歳の若さで守る所がなく指名打者で試合に出るしかないようではいささか情けない。「今は一塁と三塁両方の守備練習をしています。ただ昨年に肩を痛めた影響で満足な送球ができませんでしたが今は段々良くなってきました。とにかく守りの特訓をして何処を守っても大丈夫なようにしたいです。代打じゃ4打席回ってきませんから」と本人も守りの重要さは心得ている。佐賀の実家近くには九州では有名な裕徳稲荷があり岸川も毎年お参りしている。来年の願掛けは全試合出場しかあるまい。
判を押せる最低線で岡田納得
掛布が納得型とするなら真弓は要求型。となると岡田はあっさり型だろうか。2200万円アップの4500万円で更改。「交渉の席でお金の話は5分くらいだった(岡田)」だそうで実にあっさりしている。社長室にいたのも30分くらいで交渉と言うには余りにも淡泊。「自分なりに最低ラインの金額を決めていた。提示額がその額を上回っていたのでサインしました(岡田)」と。掛布のように選手として " 格 " を求めるなら5000万円は欲しい所だが岡田は「まぁ来年には届くんじゃないですかね」と興味はないようだ。シーズン終盤までバースと首位打者争いを演じる働きぶりは賞賛に値する。「ここ2年間は足踏みしてたから。そうじゃなかったら今頃は5000万円は超えてたろうね(岡田)」と振り返る。
最近は右太腿の故障に悩まされ満足いくシーズンを送れず契約更改では苦い思いしかなかった。しかも選手会長としてチーム全体の事を考えて球団側と交渉しなければならず自分の事は後回しだった。「選手会長として球団と色々な話をしましたよ。自分の事だけでカリカリするのはもう嫌ですからね(岡田)」となるべくなら年俸の話はしたくないようだった。結局、ビッグ3は揃って大満足な契約更改ではなかったようだが3人が更改すれば他の選手も保留しづらく、越年は佐野選手と工藤投手の2人だけ。阪神一筋の生え抜きで共に真面目人間。佐野が現状維持の3200万円、工藤は100万円ダウンの1750万円を保留した。今回の波乱なき契約更改はビッグ3の性格を読んだ球団側の作戦勝ちだった。
川藤の逆転残留に阪神らしさ
金銭闘争である以上、球団側も全ての選手の言いなりという訳にはいかない。相対的に見て今回は球団側の勝利と言えるだろう。しかし多くの選手がアップしたのも事実で例として1000万円プレーヤーを挙げると、中西・平田・木戸・吉竹・北村・伊藤・中田・長崎・真弓・池田・福間・山本・永尾・岡田・野村・弘田・掛布(佐野・工藤は未更改)と19人で、これは12球団トップで南海球団の倍の人数となる超豪華球団だ。これにバースやゲイルを加えるとベンチ入り25人中、21人が1000万円プレーヤーというリッチぶり。今でこそ一流プレーヤーの証は3000万円と言われているが、庶民からすればやはり羨ましい限り。野球で日本一となった阪神は給料の面でも日本一球団になった。
もう一つ、いかにも阪神らしい更改があった。川藤選手である。吉田監督以下、コーチ陣の戦力検討では川藤については来季の戦力として入らないとの結論で吉田監督直々に川藤本人に伝えられた。36歳、代打一筋に生きてきたが今季は31打席で僅か5安打。首脳陣の結論を待つまでもなく周囲は今季限りで引退と考え、在阪のマスコミ各社は引退後の評論家としてのオファーをする準備を整えていた。日本一というこれ以上ない花道。いかにも浪花の春団治に相応しい引き際の筈だった。ところが涙の引退劇を取材するべく球団事務所に集まった報道陣を前に川藤は「サインしました。来年も頑張ります」と堂々の現役続行宣言。記者達は吉本新喜劇ばりにドテッとズッコケた。
当然、岡崎球団社長から引退を通告されたが「命をかけてやります!」の一言で川藤のクビはつながった。年俸は300万円ダウンの900万円で更改。今季は5安打だったのでヒット1本につき180万円也で、なんと球界一の " 高給取り " となったのだ。まさに阪神ならではの話である。監督が戦力外と判断しフロントも解雇を通告するも「命を…」で覆ってしまうとは大阪商法というか、これが巨人や西武だったら絶対に有り得ない話である。世間の注目を集めた今回の契約更改は笑いと涙と最後に驚きと何でも有りの成功裏に終わった。とにかく阪神は12球団一のリッチぶりを全国に示した。選手も球団も満足し、しかも西武の契約更改で垣間見られた冷酷さは微塵もない。「来年も優勝や!」選手達は心から思ったに違いない。
スタート時は大荒れが予想された日本一・タイガースの契約更改劇だったが意外や意外、僅か2人の保留者を残すのみ(12月13日現在)でスンナリと幕を下ろした。球団に " 実弾 " が豊富だったこともあるが選手別に緻密な作戦を練り上げそれを遂行。次々に選手を納得させていった球団の手際の良さが目立った更改だった。名物のお家騒動を期待する向きには肩透かしだったが・・
" 4時間の日本一 " でも十分満足
テレビカメラがなんと8台。比較的ゆとりを持って作られた球団事務所も身動き出来ない程の混雑。12月13日、ハワイへの優勝旅行を翌日に控えて大トリとなる掛布選手の契約更改交渉が行われた。ミスタータイガース、不動の四番打者として全試合・全イニングに出場し大阪だけでなく全国にトラフィーバーを巻き起こした阪神の優勝に多大なる貢献をした掛布の契約更改に日本中が注目していた。「判を押しました」・・掛布が事務所奥の社長室に消えてから1時間後のことだった。会見場にはどこかホッとした空気が流れた。だが席に着いた掛布の表情は晴れやかなものとは違っていた。どこか子供が拗ねたようにも見えたが、実はこうした表情こそ掛布らしい最大限の喜びの表情であることはトラ番記者達は分かっていた。
本塁打を放ちベースを一周する時もまるで何事もなかったかのように淡々と走る。見逃し三振した後も悔しそうな表情はせず、一部のファンに「三振してヘラヘラするな」と誤解されたこともあった。「なんだか照れくさいんだよね。気持ちを表情で表すのが。プロとして恥ずかしいというか…(掛布)」だからあの時のむっつり顔は実は会心の笑顔だったのだ。だが会見が進むうちにハッキリと喜びを語り始めた。「浩二さん(広島・山本浩二選手)を超えました。大台?そこまでは届いてません。来年頑張れば届くかな(笑)。あとどのくらい?まぁそれは…」今季の6100万円から2700万円アップの8800万円で更改した。
実は球団とは事前に何度か話し合いをしていた。これは阪神に限らずどこの球団でもトップクラスの選手とは事前協議を行っている。掛布はその話し合いで提示額は8500万円くらいとの感触を得ていて、その額なら保留も考えていた。だが実際には予想を上回る8800万円だったので判を押した。「自分で言うのもおかしいがこれくらいの金額になると税金も多くなり手取りはそんなに変わらない。むしろ査定額じゃなくて査定ポイント、つまり球団の僕に対する評価の方が意味が大きくなるんだ。今年は阪神の四番じゃなくて日本一のチームの四番。いわば球界の四番打者に対する評価を知りたかった(掛布)」と。
この時点では山本浩選手(広島)の8500万円を抜いて日本一の高給プレーヤーに登りつめた。ところが数時間後に東尾投手(西武)が9100万円で更改し抜かれてしまった。「4時間?まぁ仕方ないよ。僕は判を押した時点で日本一だった事に満足しているよ」と笑顔を見せた。打率.300・40本塁打・108打点の結果に相応しい金額を球団が提示し本人も納得している。「これで気持ち良く来年もプレー出来る。提示額に納得できたかどうかが次の年に気分良く野球に専念できるか、のキーなんだ。これで来年は目標の年俸1億円にチャレンジできる。今回は大きなジャンプの一歩手前。それもちょっと飛べば届く所まで来た。2年連続日本一と1億円目指して頑張るよ」
真弓は六千万円を狙ったが…
大フィーバーの末に21年ぶりの優勝、そして日本一。フィーバーが一段落すると世間の注目は阪神が幾ら出すのか?それに関心が集まった。選手が優勝の対価を求める中で保留者は佐野選手と工藤投手の2人だけ。球団として今回の査定は大成功だったと言える。「スポーツ紙には大盤振る舞いと書かれているけどそれは違う。ウチは仕事をした選手にはきちんと評価している。それだけの事」とひとまず大役を終えた岡崎球団社長は余裕たっぷりに答えた。一連のフィーバーと並行して球団も儲かった。俗に阪神商法と揶揄されるほど儲かった。入場料収入は言うに及ばずトラマークを使ったキャラクターグッズも売れに売れてウハウハ状態だった。
ケチ球団などと言われたのは遠い昔の話。「お金はどんどん貰うべきでっせ、プロなんですから。優勝したんやし選手は胸を張って要求したらよろしいとちゃいますか」とシーズン終了直後から吉田監督は何度も口にしていた。それが選手達への強力な後押しになったのは言うまでもない。吉田監督の口癖でもあるプロ球団としての " 土台作り " は球団フロントにまで及んだ。その結果が今回の波乱なき契約更改交渉に表れている。ちなみにハワイ旅行の後に行われる自身の契約については「球団が提示した額でサインしまっせ」と親しい知人には漏らしている。阪神にはビッグ3と呼ばれる男たちがいる。掛布、真弓、岡田。掛布以外の2人も一発でサインした。
先ず真弓・・1800万円アップの5700万円を提示されたが「希望額?そうだねぇ、もうちょっと上だった。お互い歩み寄った感じかな。得点に関しての評価が低いと思いました。打点じゃなくて得点ね」と渋々サインした。突っ張ろうと思えばもう少し粘れただろう。今季は二塁手から右翼手へコンバートされ負担も増え、「プロ13年間で最高(真弓)」と自負する成績を残したのだから。また真弓がこだわった108得点は今季セ・リーグ最高だ。本塁打や打点のようなタイトルには設定されていないが、一番打者として誇れる数字なのだ。「クリーンアップがいくら打とうが僕らが塁にいなければ点は入らない。本塁打を放とうがソロ。僕らクリーンアップ以外の選手の働きも認めて欲しいね(真弓)」と語る。