
球史に輝かしい1ページを飾る日がやって来た。王選手のホームラン世界最高記録達成だ。その日、日本列島は凄まじいまでの熱狂に包まれたが、記念すべきその日の王選手が奏でた大シンフォニーを聴いてみよう。
皆様と共にこれからも打ち続けたい
昭和52年9月3日、午後7時10分6秒。3回裏一死無走者で王選手は鈴木康投手(ヤクルト)が投じた6球目をフルスイングすると打球は弾丸ライナーとなって後楽園球場の右翼席中段に突き刺さった。平光右翼線審の右手がグルグルと回ると王選手は両手を挙げて走り出し、5万人の大観衆は総立ちで祝福の拍手を送った。一・三塁側ジャンボスタンド下に設置された6個のくす玉が割られ、一塁側スタンド後方から大音響と共に花火が打ち上げられた。一塁コーチャーズボックスの国松コーチと手を合わせ、二塁を回ったところで再び両手を挙げた。普段から相手投手に敬意を払い感情を表に出さない王選手が珍しく歓喜の表情を見せた。
黒江コーチと手を携えホームベースに生還するとそこには長嶋監督が両手を広げて待っていた。2人はガッチリ握手すると後ろには張本選手をはじめナインが総出で出迎えた。事前の予定では女優の山本由香利さんがナインより先に花束を渡すことになっていたが実際に渡せたのはだいぶ後だった。「選手の皆さんは大興奮でなかなか花束を渡せず大変でした。でも感激しちゃいました。5日前からスタンバイしてようやく " その時 " が来ました。王さんの手は大きくて汗でびっしょりになってました。落ち着いた声で私に『どうもありがとう』とおっしゃって下さって嬉しかったです」と山本さんは声を弾ませた。
一塁側スタンドには王選手の両親の仕福さん(77歳)と登美さん(77歳)の姿があった。王選手の偉業を見届けた両親は周囲からの祝福に「息子は幸せ者です」と口を揃えた。「ファンの皆様の励ましによって記録が生まれたのだと思います。昨年の700号の時はイライラが続きましたが今回は割と楽観視していました。できれば地元で記録を達成して欲しいと思っていましたが、その願いを叶えてくれて感謝しています。私共から見ると貞治はまだまだ若造だと思っていましたが巨人軍にお世話になってもう19年になります。よく頑張って今日の日を築いてくれて親としてこんなに嬉しいことはありません」と登美さんは涙ぐんだ。
王選手の野球人生はこれで終わりではない。今までがそうであったようにまだこれからも世界への道は続く。試合が終わっても場内の興奮は収まらなかった。後楽園球場の全ての照明が消え、マウンド上に王選手が現れスポットライトが四方から当てられた。センター後方の電光掲示板には『おめでとう王選手756号』の文字がひときわ光った。王選手はスポットライトを浴びながら「体が続く限り力いっぱいバットを振って皆さんと一緒にホームランを打っていきたい」とファンに約束をした。前人未到の800号、900号に向けて王選手は新たな道を歩み始めたのだ。
王選手以上にイライラしたテレビ局
日本列島を沸かせた756号狂騒曲はマスコミ狂騒曲でもあった。新聞、雑誌に始まりテレビ、ラジオ界の狂騒ぶりも史上最高であった。ご存じのように巨人戦が行われる後楽園球場は日本テレビが独占中継権を持つ聖地である。当然の如く他局は指を咥えてその瞬間を注目するしかなかった。その日本テレビは9月3日、午後7時10分6秒の決定的瞬間を何と別の番組を放送していた。「野球中継は午後7時半からでしたがスポンサー様の御協力で第1打席は放映できました。第3打席はだいたい7時半過ぎなので通常の放送に入ります。ただ危惧していた第2打席にホームランが出てしまい、その瞬間を放映できませんでした」と日本テレビ局員はガックリ。
当日、後楽園球場に出向いたスタッフは第2打席だけはホームランが出ないように祈っていた。ネット裏でカメラを回していたカメラマンも、場内あちこちを回って観客の様子を観察していたディレクターもまさかの一発に「ギャーッ」と絶叫した。日本テレビの苦労は前日の2日から始まっていた。実は当日は生中継ではなく午後11時15分からの録画放送の予定だった。しかし前日の1日に局長以上のトップ会議で午後7時半からの生中継を実現すべくネット局やスポンサーの了解を取りつけをるよう決まったが余りにも急な話で了解を得るのに苦労した。それだけに事前の苦労が水の泡となった一発に呆然となった。
日本テレビの前に中継をしたのがフジテレビ。神宮球場から対ヤクルト戦を8月27・28・29日の3試合を中継した。世界タイか新記録が出ることを「ホントに神棚に手を合わせたよ」と担当の桂ディレクターは祈った。だが願いは叶わず28日の試合で松岡投手から754号を放ったがタイ記録達成の場面を中継することは出来なかったが、次の対大洋22回戦で755号が出た後にフジテレビは特別番組を放送した。「新記録の756号を打ったら日本テレビは王選手を離さず特別番組を放送するでしょう。裏番組で放送しても勝てないでしょうから、タイ記録でも事前に収録したインタビューを放映しました(桂ディレクター)」とにかくてんやわんやの一週間だった。
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