納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています
大物選手の逆指名。投の高野・水野は巨人熱望、打の小早川・藤王はナシ! 有力選手は在京セ・リーグが大流行。ドラフト戦線を有利に展開しようとする選手にとって逆指名は今や当たり前。動向が注目される選手たちが熱望している球団は?
今年は例年になく逸材が多く豊作の年と言えそうだ。特に在京セ・リーグは逆指名を受ける程の人気ぶりだ。横浜大洋はその筆頭で大洋・湊谷スカウト部長も「本当に嬉しい事です。ウチに来たいと言ってくれる選手は全て欲しいのですがそうはいきません」とニンマリ笑顔を見せる。それとは逆に川崎球場に対する悪印象と例年球団内部がゴタゴタを起こすロッテは気の毒なくらいアマチュア選手に敬遠されている。在京セ・リーグを最も強く希望しているのは高野(東海大)と水野(池田)の剛腕投手。高野は147㌔の速球が評価され全12球団がマークする逸材だが本人は巨人と大洋を希望している。巨人には大学の先輩である原がおり公私ともに親しく巨人側も受け入れ態勢は整っている。また大洋にも先輩の遠藤がいて負けていない。この2球団の指名ならスンナリ入団となりそうだ。
一方の " 阿波の金太郎 " こと水野の場合は高野ほどではないがこちらも巨人・大洋・ヤクルトを希望している。更にここにきて池田高の先輩・畠山がいる南海も水野指名に参入する動きを見せている。水野本人は「王監督は僕のお手本の人。指名されたら嬉しい」と巨人希望を隠さない。また父親・正雄さんは在京セ以外なら長男のいる駒大進学を勧めるという。甲子園で評価を上げた小野(創価)も同様に在京セ・リーグ希望だ。ただ何が何でもセ・リーグに拘っている訳ではなく西武や日ハムでも入団の可能性は有る。即戦力の青木(東芝)の場合は大洋一本の姿勢を崩さない。鶴見工時代は西武を始め2~3球団から誘われるも「自信が無い」とプロ入りを拒否し社会人入りした。その後3年間、東芝で鍛えられ今度はプロ入りに支障はない。大洋以外は会社に残ると宣言し大洋入りを熱望している。東芝のもう一人の即戦力投手である鳴門高出身の川端は在阪球団を希望している。
打者では小早川(法大)は地元の広島がガッチリ囲い込み、本人も就職活動は一切せずプロ一本に絞り込んでいる為、広島入りがほぼ確実な状況。同じ法大の銚子は一応在京球団を希望しているものの上位指名ならどこでもOKとしている。高校球界のスーパースター藤王は巨人と西武を希望しているが地元の中日も黙っておらず巻き返しに懸命だ。中日は槙原(巨人)や工藤(西武)ら地元スターを逃し批判を浴びた経験から「藤王だけは絶対に他球団に渡すな」の至上命令が親会社から下されている。ただ藤王の父親・知十六さんは「私の実家は秋田で周りは巨人ファンが多い。巨人か西武なら万々歳」と中日サイドには不安な発言をしているが救いは藤王が「逆指名は嫌」と12球団OK宣言している点か。
藤王のライバル野中(中京)は少し状況が複雑だ。甲子園大会後の日米高校野球で渡米した際も国体出場の時もヒジ痛を理由に殆ど投げなかった。野中と親しい高校の友人が「肘が痛いと言って投げるな、と言われているみたいです。誰が?中日関係者らしいですよ」と耳打ちしてくれた。三浦(横浜商)もプロ入りを宣言しているがやはり希望は地元の大洋だが最近になって大洋のチーム事情でどうやら投手から野手に方向転換した模様で銚子の1位指名が漏れ伝わるようになると三浦も大洋一辺倒からセ・リーグ球団に範囲を広げ、パ・リーグ球団に指名されたら日本石油に就職すると宣言した。
同じく日本石油とプロ入りを両天秤にかけているのが高校球界でもトップクラスの球速を誇りながら甲子園出場は1年生の時のみで真の実力はベールに包まれたままの渡辺(前橋工)だ。中央球界では無名だがその速球は大府高時代の槙原(巨人)を凌ぐとさえ言われており「外れ1位で消える選手。競合を避けて1位入札をする球団があるかもしれない(近鉄・梶本スカウト部長)」位の逸材だ。また高鍋高卒業時に阪神に4位指名されたが拒否し法大へ進学した池田(日産)は今年が社会人2年目でプロ解禁。今回も阪神が熱心で本人も「上位指名なら」と前向き。こうして多くの有望選手がプロ入りする腹づもりだがセ・リーグ志向が強いだけにパ・リーグ球団がどう巻き返すか注目である。
水野・江上(共に池田高)、藤王(享栄高)、野中(中京高)・・・今年のドラフトの人気は甲子園で活躍した高校生に集まっていてスポーツ紙の見出しは少々加熱気味である。しかし彼ら甲子園出場組以外にも実力を秘めた選手は多い。そんな「隠し球」とも言われている選手を紹介しよう。
◆ 白井一幸 (駒沢大学)…灯台もと暗し。「人気の六大学」に対し「実力の東都」と呼ばれているリーグに上位指名間違いなし、と言われている選手がいる。駒沢大学の主将・白井内野手だ。香川県の志度商出身で176cm , 71kg と身体は大きくないが堅実なプレーぶりで小技もソツなくこなして、まさに " ユーティリティープレーヤー " としてスカウト達の評価は高い。「恐らく全球団がマークしていると思いますよ。特に内野手不足に悩んでいる球団はノドから手が出る程の即戦力です(セ・リーグ某スカウト)」が一致した意見。駒大・太田監督も「とにかく真面目な奴で放っておくといつまでも練習している。完璧を求め過ぎて故障しないかヒヤヒヤするくらいだよ」と言うくらいの優等生だ。
監督が心配するのも無理はなく子供の頃から身体は決して丈夫ではなかった。小学校2年の時に破傷風に感染、大学入学後も1年生からベンチ入りしたものの血液に細菌が入り高熱が出る奇病に罹り5ヶ月間も入院生活を送った。また2年生の秋には左手人差し指を骨折しながらもプレーしたが打撃成績2位に終わりタイトルには届かなかった。昨年春には念願の首位打者に輝いたが実はその朗報を聞いたのは病院のベッドの上だった。敗血症で入院していたのだ。そして今秋こそ最後のシーズンだと万全の調整を目指したが夏合宿の練習中にヘッドスライディングをした際に左手小指を骨折してしまった。「もう慣れっこになっているから大丈夫です」と本人は至って鷹揚に構えている。怪我をしやすいのは懸念材料だが逆を言えば少々の怪我では休まないガッツの持ち主であるとも言える。
中学時代は投手、志度商入学後に遊撃手に転向し甲子園を目指したが2年生の夏予選で決勝まで勝ち進んだが敗れたのが最高で甲子園とは縁が無かった。駒大進学後は二塁を主に守り主将を務めるまでになった。駒大では卒業後の進路を夏までに決める習慣だが主将だけは毎年最後のシーズンが終わった後に決める事になっている。なので白井の進路も今は未定だ。本人は「プロ?無理ですよ」と言いながらも周囲の親しい人には「指名されたら是非チャレンジしたい。両親は安定した人生を望んでいるけど最後は僕の意志を尊重してくれる筈」と本音を漏らしている。ただ過去のリーグ戦での長打力不足(通算1本塁打)を不安視する声があるのも事実。またユーティリティープレーヤーゆえに何でも器用にこなしてしまうのが逆に珠にキズ。「走・攻・守のいずれも平均点。何かアピールするものが有れば文句なしの上位指名候補なんだが」と在京パ・リーグのスカウトは本音を吐露した。
◆ 斎藤敏夫 (鶴見工)…彼ほどの鉄砲肩の捕手はプロでもそうはいないだろう。176cm , 75kg のガッシリした体格から放たれる遠投は優に120㍍を超える。「あの肩は天性のもの。鍛えても遠くへ投げられる訳ではなく肩だけで飯が喰えるほど魅力的な選手、是非とも欲しい」と多くのスカウトが鶴見詣でを欠かさない。しかも投げるだけではなく50㍍走は6.6秒と捕手としては速い部類。打撃も1年生から主軸を任され3年生からは四番に座り新チーム結成以降の昨年から今年の春にかけては6本塁打を放つなど順調だった。だが好事魔多し、夏の県予選大会では突如スランプに陥りチームは甲子園に進めなかった。
それでも8月末に行われた神奈川選抜 vs 韓国戦では三番に抜擢されたが結果は4打数1安打に終わり「今はたまたま不調だが斎藤は右にも左にも打てる好打者(片山監督)」とかばったが本人は「打撃は自信ありません…」とションボリ。そんな状況下で進路問題が起きている。進学かプロか、或いは社会人か?両親は「私どもは野球に関しては無知なので本人と学校が相談して決めると思っていますが親としては進学して欲しいです」と語る。社会人となると監督との繋がりで東芝が有力視されている。要は本人次第なのだが「息子は決心がつかないと悩んでいるようです。プロでやっていく自信が無いと言ってました」と母・りえ子さん。
とは言えこれ程の逸材をプロ側が手をこまねいて静観してはいない。「打撃なんて練習すればソコソコのレベルには到達する。山倉(巨人)だって打撃は素人レベルと酷評されていたが今では " 意外性の男 " なんて言われている。何といってもあの肩は魅力」とスカウト達はラブコールを送る。それだけプロでは捕手難時代が続いているのだ。各球団は毎年のように補強を試みているが思うように進んでいない。一人前になるのに最も時間のかかるポジションだけに即戦力に拘らず有望な高校生を指名している。今年も井上(池田高)、仲田秀(興南高)、野村(熊本工)など逸材が揃っている。彼ら甲子園出場組と比較しても関東No,1捕手と言われている斎藤の評価は決して劣らない。
◆ 比嘉良智 (沖縄水産高)…今年は沖縄から3人のドラフト指名選手が出る! との声を多く聞く。もし実現すれば史上初の出来事だが、そうなる可能性は高い。3人とは仲田幸司投手と女房役の仲田秀捕手(ともに興南高)、そして比嘉投手だ。豊見城高を率いて甲子園に沖縄旋風を巻き起こした栽監督が新天地の沖縄水産高で3年間、手塩に掛けて育て上げた文字通り秘蔵っ子が比嘉投手である。「投手の場合、左腕の方が有利と言われているけど比嘉投手は決して左腕の仲田投手に負けてない。それに仲田投手は甲子園で評価を下げちゃったから比嘉投手に乗り換える球団も出てくるかもしれない(ヤクルト・片岡スカウト)」と179cm , 83kg の右腕の人気が上昇中なのである。
比嘉投手の名前がスカウト達のメモに載ったのは今春の九州大会だった。沖縄県大会決勝で豊見城高を破って優勝し九州大会へ。比嘉投手は甲子園出場組の久留米商や興南高を相手に4連投も耐え抜いて沖縄水産高は決勝戦まで勝ち進んだ。決勝戦の相手は強豪・鹿児島実業。雨中の試合となり沖縄水産高は2対3で降雨コールド負けの準優勝だった。負けはしたものの比嘉投手の評価は高まり、夏の県予選大会前の予想では剛腕・仲田投手がいる興南高に勝つのではとの声が多かった。当然の如く予選決勝は沖縄水産高と興南高の顔合わせとなった。比嘉投手は興南打線を5安打・10奪三振と抑えたが試合は1対3で敗れ甲子園出場はならなかった。
池田高の水野投手に対抗して " 沖縄の金太郎 " とも呼ばれている剛腕の周囲はプロか進学か、それとも社会人かと騒がしい。肝心の比嘉本人も進路を決めかねていて色々な情報を各方面から取り寄せており「両親や監督さんとよく相談して決めたい」としている。多くの好投手を育ててきた栽監督は「これまで見てきた投手の中でも素質もパワーも抜きん出ている。私個人の意見としては上(プロ)の世界で充分やっていけるだけの選手だと思っている」とプロ入りを薦める。本人もプロ野球に対して大きな関心を寄せながらも「チームの皆は進学する奴が殆どだし…」と揺れ動いている感じだ。剛腕の将来はプロへと傾きつつあるが最後の一押しはドラフト会議での結果が出てからのようだ。
少々話は古くなるがオールスター戦中の事、全セ軍のベンチで掛布が山本浩の傍にそっと近づき「随分と飛ばしてますね。あんまり走られると追いつけませんよ。第一、独走したらファンも白けますよ」とニタニタしながら話しかけた。勿論、山本浩のホームランダービー独走の件だ。山本浩は「バカ言うな、年寄りは先を走らんと若い連中に直ぐに追い抜かれるんじゃ」と返した。その予言通り原が量産体制に入り掛布もピッチを上げ始めるのと対照的に山本浩のペースがダウンし始めた。「チャンス到来だ」と昨季の本塁打王の掛布に火が点いた。9月13日時点で掛布は3本差の28号で「この差なら射程圏内」と自信を見せる。しかし夏場を迎える前の掛布は正直言ってタイトルどころの話ではなかった。
5月に原因不明(後に疲労が原因の帯状疱疹と判明)の胸の痛みのせいでフルスイングが出来ない状態だった。それが癒えると今度は腰痛に見舞われた。軽度だった為、大事には至らなかったが「とてもまともに野球が出来る状態ではなかった」と猿木トレーナーは振り返る。更に一部スポーツ紙に視力が急激に低下していると報じられたがこれは全くの誤報だったが本人のイライラは頂点に達した。「ちょっと成績が上昇するとマスコミの皆さんはピタッと話題にしなくなって…」と掛布は皮肉まじりに笑う。体調の話題が一段落して鎮静化すると今度は一塁へのコンバート話で周辺が騒がしくなる。「そうなんスよ。最近は打撃の話はそっちのけでコンバートの話ばかりで」と苦笑する。
そもそもコンバート話が起こったのは右足の大腿二頭筋部分断裂の大怪我を負い2ヶ月も戦列を離れていた岡田の復帰が近づいてきたからだ。怪我がほぼ完治した岡田は即一軍昇格を希望したが慎重の上にも慎重をを期す、との安藤監督の判断により先ずは9月13日の二軍戦で実戦復帰を果たした。ポジションは横の動きの範囲が大きく足に負担がかかる二塁ではなく三塁を守る事となったがこれが波紋を呼ぶ事となる。実は安藤監督は一軍復帰後の岡田を一塁に起用する考えだったので当初は一塁を守る予定だった。だが岡田本人が不馴れな一塁守備ではなく大学時代から馴れ親しんだ三塁を希望した為に三塁を守った。岡田が三塁を希望した事に深い意味は無く、単に馴れない一塁守備で怪我が再発するのを防ぎたかっただけだった。
いくら安藤監督が岡田を一塁で起用するつもりだ、と声高に叫んでも一塁にはバースや藤田がいる。じゃあ外野か?と言っても岡田は新人の時に失格の烙印を押されているから無理。当然、動きの多い遊撃や二塁も有り得ない。となると残されたポジションは三塁しかない。しかし三塁には掛布がいる。さぁどうする?トラ番記者は大騒ぎとなった。記者が向かったのは岡田ではなく掛布の所だった。「三塁を岡田に明け渡すのか?」掛布に対する質問はこの一点だけ。掛布は「チームにとって一番良い方策に従う」と心の奥底を見せず大人の対応に終始する。しかしそれが本心だとは誰も思っていない。長嶋さんに憧れて始めた野球だから三塁で、という本音を掛布はこう表現する・・「僕の夢は生涯一ポジションなんです」
そんな周囲の喧騒に今の掛布は無関心だ。寝ても覚めても生まれたばかりの息子(啓悟ちゃん)にデレデレなのだ。掛布は常々「俺はね外出先から家に電話をするのが好きじゃないんだ。女房を無視している訳ではないけど男が一歩外へ出たら家の事は考えないようにしている」と語っていたのだが息子の誕生で一変する。遠征先のホテルからの電話代がめっきり増えた。「朝と晩、多い時は宿舎を出る昼前にも。ええ、私には何の用事もないのに『ちょっと啓悟の声を聞かせて』と電話を掛けてくるんです」と安紀子夫人は笑う。結婚5年目にして待望の2世誕生だけに元々の子供好きに拍車をかけた溺愛ぶりなのだ。「まだ『ア~』とか『ウ~』としか喋らないけど声を聞くだけで活力が沸いてきます」「息子が大きくなって甲子園に応援しに来られるくらいまで現役を続けたい」と周囲にしみじみと話しているという。連続本塁打王への起爆剤は山本浩より息子の存在なのかもしれない。
新興勢力の西武ライオンズのあらゆる面での物量作戦に老舗の巨人軍もタジタジ…これが一般的なファンが抱くイメージだろう。しかし事はそれほど単純ではない。巨人の巻き返しも急でありCM出演を禁じている西武が密かに巨人に倣うような動きを見せている。巨人と西武の微妙な絡み合いを設備や待遇面から比較してみたレポートである。
東京・池袋駅から西武線に乗り約1時間、「西武球場前駅」の改札口を出るとそこには別世界が現れる。5年前に堤オーナーが新球団創設の際に投資した金額は約100億円と言われている。その内訳は
・ 球団買収費用…10億円 ・ 新球場建設費…35億円
・ 球場付帯設備費…5億円 ・ 西武線沿線補修費…35億円
・ 合宿所建設費…2億円 ・ 海外キャンプ費…1億円
・ 選手補強費…4億円 ・ その他、球団運営費…2億円
これだけではない。一昨年には飛行機の格納庫のような室内練習場や本球場に隣接するサブグランドを作り「西武タウン」を完成させた。昨年、監督に就任した広岡監督はこうした設備を視察した際に「日本でこれだけの設備を揃えている球団はない。無理をして九州や四国でキャンプをする必要がないくらいだ」と驚嘆の声を上げた。最高の技術は最高の環境の中で生まれる、という信念に基づいている西武グループらしいやり方だ。広岡監督の脳裏に自らが育ってきた巨人の練習環境が浮かんだと想像するに難くない。あの多摩川の練習場だ。河川敷にある2面のグラウンドは吹きさらしで強風と砂埃に悩まされ続けている。昨年は台風の影響で幾度も水没し、人工芝が捲り上がる被害を受けた。球団もただ手を拱いていた訳ではなかったが多摩川は1級河川である為に勝手に工事する事が条例で禁じられていて改善出来なかったのだ。
ただ良い環境、施設が無いから強く逞しい選手は輩出されない訳ではない。今年、巨人に槙原・駒田・吉村といった「50番台トリオ」が出現した事に広岡監督は軽くショックを受けた。「彼らのような2~3年の選手をジックリ鍛える余裕と伝統が巨人にはある」…広岡監督が言わんとしているのは巨人には有形・無形の伝統が脈々と受け継がれているという事だ。それは西武の豊富な資金をもってしても手にする事は出来ない。川上や千葉、長嶋や王などのスター選手が汗を流して切磋琢磨した姿を若い選手は見て育った。西本しかり、篠塚や中畑や若き日の広岡自身もそうだった。こうした伝統が今も巨人に根付いている。設備が充実していても西武にはこれが無い。広岡監督は伝統の底力の違いを感じているのかもしれない。
施設面で遅れをとっている巨人だが昨年にはキャンプを張る宮崎運動公園内に2億円を投じて室内練習場を設けた。約3000㎡を誇る室内では投内連携プレーも出来てブルペンも完備されており選手達は大満足。東京にもこんな練習場が欲しい、という声に押されて球団も重い腰を上げ始めた。創立50周年を迎える来年を目途にジャイアンツタウン構想をぶち上げた。多摩川グラウンドを離れて東京・稲城市にあるよみうりランド内に2面の球場と室内練習場を建設する計画だ。メイン球場は両翼99㍍、中堅122㍍というもので「新興の西武に球界の盟主の座は渡せない」という老舗の危機感と意気込みが感じられる。
伝統を誇る巨人と新興の勢いをエネルギーにする西武で最も対照的なのが本拠地の球場である。「ウチは昭和12年にオープンしているんですよ」と後楽園球場の支配人・丸井氏は笑うだけである。つまり言外に「つい最近誕生したばかりの球場と比較してくれるな」とのプライドがあるのだ。古いだけではなく人工芝にしたのも、電光掲示板にしたのも、その中心にカラーのオーロラビジョンを設置したのも後楽園球場が最初であるとの自負がある。大リーグの球場を何度も視察に訪れて常にファンを喜ばせる工夫を続けてきた。親善野球で後楽園球場に足を踏み入れた大リーガー達が「アメリカと遜色ないじゃないか」と言ってくれたのも自慢だ。「西武さんとは交通の便が違いますから。都心にあるという利点は大いにあります」とチクリ。
一方の西武球場関係者もまた後楽園球場を意識している。「ウチは座席がゆったりしているでしょう?後楽園球場は無理して5万人収容にしているから椅子の幅が狭くて窮屈でしょ」と白井球場長は胸を張る。西武球場はスコアボード周辺以外に広告が無いのが売りで美観となっていてファンにも概ね好評だが難点もある。地面からすり鉢状に建設されている為にスタンドの下に空間が無く雨を避ける事が出来ない。またトイレが最上段にしか設置されておらず前列で観戦している観客は大変な思いで階段を昇る事になる。更に遠隔地にありながら駐車場が全く無い。「球場にやって来るお客さん全てを西武線で運べば運賃だけで西武グループが手にする額は相当なものになる。加えて西武線沿線の地価も上昇しグループ所有の不動産の価値が上がった。" カネは正義なり " の西武独特の商魂は逞しい」と財界関係者は語る。
では選手の待遇面はどうだろうか?これは西武、巨人ともに大差はなく人件費は7億円前後と言われている。しかし西武の選手達が思わず溜め息をついたのが5月1日に毎年恒例の高額納税者、いわゆる長者番付が発表された時だ。スポーツ界でトップは原で所得額は1億7266万円、年俸1440万円(推定)を考えると意外も意外な結果だった。また4位には江川が入り、こちらも年俸4440万円(推定)の倍近い8745万円の所得だった。つまりは両者ともに本業以外のCM契約で稼いでいた事が分かった。原は「味の素・明治製菓・明治乳業・富士重工・大正製薬・美津濃・オンワード」の7社、江川も大手企業4社と契約している。CM契約を禁じられている西武の選手達が羨ましがるのも無理はない。
こうした傾向を広岡監督は快く思っていない。プロだからどこでどう稼ごうと批判される筋合いはない、との声に断固として邪道だと決めつける。昨年の暮れに監督就任が決まった際に石毛と原の比較を問われて「CMに出るわ、ハワイで遊ぶわで原は1年で終わりですよ。石毛との差は開くばかりですよ。放っておく球団も悪い」「プロ野球選手がグラウンド以外で金を稼ごうという考え方が間違っている。その為にプロで売る技術が疎かになったらファンに失礼ではないか」と一刀両断した。その後の原の活躍を見ると指摘は外れたようだが広岡監督に同調する意見が多いのも事実。その内の一人でありアマチュア精神を尊重する堤オーナーは選手のCM出演を認めていない。石毛だけはポスターだけという条件でオンワードと契約しているのは例外中の例外。
海の向こうアメリカはどうなっているのか、原の同僚スミスが答える。「アメリカでは野球選手にテレビCMのオファーは殆ど無い。それだけ日本ではプロ野球選手の社会的地位が高い事の証明なのだろう。需要があるなら供給するのが資本主義の原則で批判するのはおかしい」と肯定的。ここにきて西武球団フロントの中にCM解禁に向けた動きが出始めている。きっかけは昨年暮れに田淵に対し12社からCM出演のオファーがあった事。ちなみに出演料は総額1億8000万円だったらしい。「CMも人気政策の一環としては一つの方法ではないのか。ウチの選手に田淵以外のスター選手がいないのもその辺に理由があるのでは…いつまでたっても全国区の選手が出て来ない」とある西武球団フロントの一人は嘆く。施設面では巨人が西武に、人気政策では西武が巨人に歩み寄る。かように西武と巨人は米ソ関係のように相対立しながら微妙な緊張と緩和を保っている。