
この頃の西武には、巨人に代わる「新たな球界の盟主」に成り得る球団との印象がありました。
江川事件など巨人の横暴に辟易していた他球団の中には、西武の台頭を歓迎する声も一時は
ありましたが、昔からの古い慣習というヌルマ湯にドップリつかったプロ野球界は西武が行なう
「企業努力」が徐々に鬱陶しく感じるようになり、一転して目障りな存在になり始めていました。
西武軍団の脅威は昭和55年のドラフト・ドラフト外入団交渉に現れている。まず高山(秋田商)・川村(松商学園)の
ドラフト1位指名2人を同じグループのプリンスホテルがかっさらい、さらに巨人4位指名・瀬戸山(中京)もプリンスが
獲得しプロ野球界に衝撃を与えた。さらに西武も他球団が難攻不落と諦め指名を見送った社会人No,1スラッガーと
称されていた駒崎(日通)を獲得したのをはじめ、ドラフト外だけで1億5千万円をかけて7選手を入団させた。こうした
西武軍団の勝利は言うまでもなく西武コンツェルンの大資本と関連100社を超える組織をフル稼働させた結果なのだ。
他球団がドラフト指名した有望選手の自宅を直撃訪問し交渉する事はプロ球団は許されないが、一般企業なら支障は
ない。しかも選手の将来だけではなく親の仕事まで世話をするという好条件の提出など、これまでの球界常識を超えた
勧誘作戦に非難の声が上がり始めた。
これまではプロ側とアマ側には暗黙の協定があった。プロ側は11月のドラフト以降にならないと本人には接触しない。
それ以前にアマ側がどう接触しようがプロ側は干渉せず、ドラフト後はアマ側は接触を控えた。しかし今回は日ハムの
指名後にプリンスが高山投手側と接触し、日ハムの入団交渉途中にもかかわらずプリンスホテル入社を発表したのだ。
すかさず日ハムの丸尾スカウト顧問はパ・リーグ連盟事務所を訪れ抗議書を提出したが、プリンス側には何の落ち度も
無く日ハムは黙って引き下がるしかなかった。あるスカウトは「西武はプリンスとは全くの別組織であり連携なんて事は
有り得ないと言っているが怪しい点も多い。西武のスカウトに『ウチが指名しなかったらプリンスへ』と言われた選手が
いたのも事実」と吐き捨てた。
西武の参入に歓迎の声が多かったプロ野球界だったが今回のドラフト1位指名選手の横取りに一転、批判的な意見が
出始めた。が、こうした声に対し西武・堤オーナーは敢然と「プリンスの事を言うなら他球団もノンプロを持てば良いだけ
しかしプロでさえ良い選手が獲れないチームがノンプロで獲れるわけがない。ヨソの事を言うより先ず自分が企業努力を
するのが先決ですよ」と切り捨てた。こうした西武の「企業努力」にプロ野球界、特にセ・リーグが反旗を翻した。 それは
西武とのオープン戦拒否だ。多くの観客動員が見込める西武戦は貴重な収入源なのに。例えばロッテは毎年、鹿児島の
鴨池球場に巨人を迎えてオープン戦を行なっているが入場料収入や放映権でキャンプ費用の大半を回収できてしまうと
言われている。今やパ・リーグの人気チームにのし上がった西武戦を捨てるのは相当な覚悟であると言える。
一方の西武も着実に「球界の盟主」への階段を駆け上がろうとしている。西武の野望とは何なのか、いま噂されているのが
核分裂だ。「先ずプリンスホテルを今年中に2つに分ける。都市対抗戦は連合チームで出るが、2つを競わせる構想がある。
将来はアイスホッケーの国土計画と西武のように」本題はその後だ。「堤さんは西武ライオンズもゆくゆくは分裂させる意向で
あると言われています」 と国土計画関係者は明かす。現行の野球協約では一人のオーナーが複数の球団を持つことは出来
ない。しかし、2球団保有説は当然セ・リーグ進出を意味すると同時に「球界の盟主」の最終到着点とみられる。
西武はその後も伊東(熊本工)の球団職員を経ての獲得や工藤(名電工)の強行指名、台湾の
郭泰源投手の争奪戦を制するなど結構エゲツない手法でチーム強化を図っていきました。清原や
松坂などドラフトの目玉選手の獲得にも成功して西武は常勝チームに成り上がり、堤オーナーの
球界での影響力も増しパ・リーグを代表する球団になりましたが、その後ドラフト候補選手に対し
栄養費と称する裏金を渡していた事が発覚したり、西武鉄道の株式に関する有価証券報告書の
虚偽記載やインサイダー取引の疑いで堤オーナーが逮捕されたり、プリンスホテルも経営不振で
各地で閉鎖されるホテルが相次ぐなど野球どころではなくなってしまい、「球界の盟主」への道は
半ばで潰えてしまいました。