納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています
阪神の査定システムは完璧に近い
史上最強のクリーンアップと恐れられた阪神ビッグ3(バース・掛布・岡田)は〆て3億円。3人以外の真弓選手も25%アップを最低限に5千万円台の攻防を繰り広げそうだ。また平田選手・木戸選手・中西投手ら若手選手も大幅アップを虎視眈々と待ち構えていて、あちらこちらで火の手が上がりそうだ。ここでキーとなるのが阪神球団の査定方法である。球団は200項目を越える査定ポイントを5年以上前から採用しており、球界に古くからあるドンブリ勘定とは無縁だ。今では更なる改良を加えて球界トップクラスの査定方法だと自負している。査定ポイントは全て同じではなく、歴代監督が掲げる野球スタイルによって項目毎にポイントが変わるシステムになっている。
例えば無死二塁の場面で従来は右方向への凡打でも走者を三塁へ進められればポイントが加点されたが、吉田政権では右方向へ打つよりも強い打球を打つ事を奨励しているので右打ちばかりに気を取られて強い打球を打てず凡退した場合は減点となる。逆に強振して三ゴロや遊ゴロで走者を進められなくても減点とはならない。このあたりが攻めて攻めて点を取る野球を目指した吉田イズムの象徴と言える。「契約更改は現場の人間は関知しません。ただ現場としては毎日行ってきたスタッフ会議の中で球団の査定ポイントについて確認してきました。更改交渉で球団が選手に提示する内容は我々現場の意見と相違ないと思ってもらって構わない。それくらい査定には自信があります」と吉田監督。
もしも選手と球団の折り合いがつかない場合があったら現場の最高責任者として吉田監督が調停役として出て来る可能性もゼロではない。どこの球団にもよくあるパターンだが、シーズン中に働け、働けと尻を叩いておきながらシーズンが終わった途端に知らん顔をすると監督と選手の信頼関係にヒビが入るのはプロ野球の世界だけに限らない。信頼関係の崩壊は来季以降の吉田阪神にも影響が及びかねないだけに、ある意味では吉田監督の言動はシーズン中以上に慎重で一貫したものを求められる。例えばシーズン中にこんな場面があった。福間投手が中継ぎで登板しあと1イニング投げればセーブポイントが付くシーンで吉田監督は中西投手にスイッチした。
中西のセーブ稼ぎが明らかだったのだが面白くないのは福間だ。ピッチングコーチから事前に福間に対して中西への交代は告げられていた。選手が監督の采配に口出しは出来ない。そんなことをしたら首脳陣批判としてペナルティを課せられてしまう。福間は文句ひとつせずマウンドを降りた。この時に吉田監督は福間に「セーブと同等の査定をする」と言ったが実際にどれくらい年俸に反映されるかは不透明。福間はこれまでも過去に幾度も同じような目に遭っている。「考慮している」という球団側に対して「では金額は幾らなのか?」との疑問に球団は明確に回答せず、最後には選手が諦めて判を押してしまうのがこれまでの阪神だった。その悪しき習慣を吉田阪神は変えられるのか注目だ。
吉田監督の " 介入 " がポイントに?
今季は吉田監督の「チーム一丸で」を合言葉に戦ってきた阪神。しかしオフになれば選手はそれぞれが個人事業主で各自が自分の技術を球団に買ってもらう訳で全くの個人プレーとなる。ましてやグラウンドを離れ家に帰れば妻子を抱える一家の主としての責任があるだけに、チーム一丸のフォアザチームより先立つお金の方が大事になる。契約更改交渉はプロ野球選手として生活していく為に一年で一番大切な行事だけに監督は第三者と言いきれない。時には球団に対して良く働いた選手には見合った年俸を出すように助言するのも大事な仕事となる。ましてや日本一になった吉田監督の発言力は俄然影響力を増しており、大荒れの更改交渉となれば吉田監督の出馬がポイントとなりそうだ。
そこで気になるのが阪神球団の懐具合だ。商売上手の小津球団社長が就任してからは営業的には充分に採算がとれていた。観客動員数が200万人を超えてから毎年のように増え続け、キャラクター商品の売り上げもウナギ昇り。あくまでも概算だが入場料だけで30億円、キャラクター商品の売り上げが100億円とも200億円ともいわれており球団には使用料として売り上げの5%分の5億円~10億円が転がり込んだ。この他にもテレビ・ラジオの放映権料も相当な額を得ている。一説には株式会社阪神タイガースとしての売り上げは70~80億円に及ぶと言われている。阪神球団は選手・フロントを含めて約150人の企業だからいかに優良企業であるか分かる。例え選手の人件費が10億円を超えても大した事ではないのだ。
攻め手も守り手も勝手を知らない
11月5日付で 故 中埜前社長の後任に昇格した岡崎球団社長(代表兼務)も選手達の勢いを肌で感じたのかドンと受けて立つ構えで「とにかく21年ぶりに優勝したんだからそれなりの事はするつもりでいる。日本シリーズは別物という考え方もあることは承知しているが、我々としては日本一になった功績としてシリーズの6試合も査定に含めたいと思っている。ただ全てを年俸に反映させるとは限らない。ボーナスや一時金という形になるかもしれない。とにかく選手とはとことん話し合い納得してサインしてもらうつもりだ」と語る岡崎社長。ただし日本シリーズまで査定に含めると資料を整理する時間が足りない。
限られた時間で選手全員が納得してサインするのは難しく越年組が続出することも考えられ、岡崎社長にとってはいきなり " 銭闘 " の矢面に立たされることになる。選手は秋季キャンプ、ハワイへの優勝旅行、オフのテレビ番組出演など今後の日程はギッシリ詰まっており、球団との交渉にさける時間は思っているほど余裕はない。なにしろ勝ち慣れていない球団だけに攻める選手も守る球団も手探り状態。果たして選手達の強気な要求が通るのか、はたまた球団が時間切れのドローに持ち込むのか注目だ。大荒れの契約更改を期待しているのはペナント奪回に向けてスタートしたセ・リーグの5球団かもしれない。「阪神が来年も優勝できるかどうかは契約更改の出来にかかっている」と某阪神OB。
他人の懐具合が気になるのは人間の性みたいなものである。ましてや日本一に輝いた天下の阪神のV戦士の懐となれば・・なにしろ今年の契約更改はプロ野球史上空前の10億円更改となる筈なのだ。これが気にせずにいられまっか?名うての渋ちん球団とV戦士達との熾烈な戦い、こりゃペナントレースよりおもろいデ!(金額は全て推定)
バースは1億7千万円要求!
これまでの阪神は人気球団にもかかわらず優勝をしていない事を理由に選手の年俸を抑えてきた。選手達にとって一番痛い所を突かれて渋々降参してきた歴史が繰り返されてきた。それだけに今年は誰もが強気で、これまでの鬱憤を一気に晴らそうと手ぐすね引いて待ち構えている。目玉は何と言ってもバース選手。セ・リーグでは初となる外人選手として三冠王獲得だけでなく、勝利打点や最高出塁率のタイトルを含めると堂々の五冠王だ。「今年の働きには満足している。球団もそれにきちんと応えてくれると確信している(バース)」と一歩も引かない気でいる。ただしバースの契約内容については諸説ある。すでに昨年の更改で複数年契約を結んでいるとか代理人のミサヤンド氏がなかなかのやり手で数多くの付帯契約を要求するとか情報が乱れ飛んでいる。
バースの年俸は9千6百万円。仮に複数年契約を結んでいたら来季も同額。そうでないなら56%アップの1億5千万円が最低ラインで、プラスボーナスで総額1億7千万は譲れないと代理人のミヤサンド氏は公言する。バース本人は「俺はグラウンドで力を出し切ることだけに集中してきた。お金のことは代理人に任せてある」とミサヤンド氏に全幅の信頼を寄せている。細かな契約内容についてバースは多くを語らないが親しい日本の友人には「来年は間違いなく阪神でプレーする。でも再来年は大リーグに再挑戦したいんだ」と漏らしており、ビジネスライクに割り切るバースが阪神に対して相当なサラリーを要求してくるのは間違いない。
掛布・岡田の " 陣取り合戦 " の決意
バースの年俸が仮に1億5千万円とするとその額は他の選手の総年俸に対して15%を占める。バースひとりで人件費の1割強を持っていかれる訳だから球団としても穏やかではない。実はバースの年俸を巡って過去にひと騒動あった。掛布選手が昨年の契約更改交渉に三度も球団事務所を訪れたが、交渉の中身は自身の年俸ではなくバースの年俸に対する球団側の考えを問い質すものだった。掛布の言い分はこうである。「バースがどうのこうのではない。日本球界は外人選手に甘いのではないか、外人の言いなりになっている現状に納得がいかない。バースだって我々日本人選手と同じく優勝経験がないのにガッポリ大金を得るのはおかしい。同じチームで差があるのは虚しい」と言うのだ。
結局、昨年はフロント幹部の「外人の年俸には我々も頭を痛めているんだ。分かってくれ・・」との泣きに折れ掛布は渋々サインした。だが納得した訳ではない。つまり今年の交渉でも同様の話し合いは不可避である。仮にバースが思惑通りの契約を交わしたら掛布も今度は黙って引き下がらないだろう。掛布の年俸は6千1百万円。掛布は過去に本塁打王や打点王になっても年俸を抑えられてきた代表選手だ。そんな掛布にとって今年は千載一遇のチャンス。日頃から日本人選手の年俸は安過ぎると訴えてきただけに優勝した今年は例年以上に粘る筈だ。「今年は自分の為だけでなく、球界全体の事を考えて交渉したい。簡単にはサインしませんよ(掛布)」と早々と球団に対して宣戦布告。
バース、掛布ときたらもう一人忘れてならないのが岡田選手。岡田の年俸は2千1百30万円と意外と安い。毎年期待されながら右足の故障の影響で思うような成績を残せず年俸はここ2年間据え置き状態だった。岡田はプロ入り以来、毎年一発更改で済ませてきた。ことお金に関してはクリーンなイメージだが今年は少し様子が違うようだ。「今年は本当に楽しみにしているよ。プロに入って最高の成績を残したし強気に言える。ただ球団も湯水のようにお金を吐き出すとは思えないから、良い意味で各選手の陣取り合戦になるんじゃないですかね」と腕ぶす。岡田の目標は最低でも100%アップの4千5百万円。つい数年前までは1千万円が一流の証だったが今は5千万円。岡田の本音は5千万円突破を狙っている。
11月20日のプロ野球表彰式で並び立つ落合選手とバース選手。2リーグ分裂以降35年を数えるプロ野球の歴史の中で、両リーグで同じ年に三冠王が誕生したのは初めてのことである。両者の凄さを今更語るまでもなかろう。ここでは視点を変えて2人の使用するバットに迫る。使用したバットは共に青ダモ。バースのバットは重さ1kg 。グリップ部分は直径23.8 mm と極端に細く、逆にヘッド部分は64mm と太い。つまりはヘッドに重心を集めた典型的な長距離打者用のバットだ。怪力バースならではのバットで重心が片寄っている分、ジャストミートしなければ折れやすく年間使用本数も7~8ダースにも及んだ。
一方の落合が使うバットは比較的オーソドックスなスタイルで重さは930 ~ 940g 。グリップエンド部分は太いがグリップそのものは細めでバランスが良いバット。ミート力が確かな落合の年間使用本数は3~4ダースとバースに比べて少ない。同じ三冠王とはいえ2人の打撃は異なる。バースは外人選手にありがちな力に頼るだけでなく左右に打ち分ける上手さを兼ね備えている。落合は好調のバロメーターが右方向への打球。右中間に本塁打が打てる時は絶好調で引っ張りよりも右方向への打球の方が伸びる特徴がある。2人のバットを製造しているのはバット作り歴26年の久保田五十一氏。美津濃養老工場に勤務するベテランでミリ単位の注文にも応える現代の名工である。
日本では打ちまくったバースだが大リーグでは僅か9本塁打。1972年にプロ入りして1980年までの9シーズンはマイナー暮らしだったが四度の本塁打王になっている。特に1980年のデンバー(3A)では123試合で37本塁打・143打点で二冠に輝き、打率も3割3分3厘で3位。その時の打率1位だった同僚のレインズ選手は大リーグ・エクスポズに昇格して今季はナ・リーグ打率3位の好打者。そのレインズと競っての成績だけに価値がある。この活躍でバースはマイナーリーグ全体のMVPに選ばれた。デンバーはエクスポズのマイナーチームだがレインズが昇格したのと対照的にバースはパドレスにトレードされ、9月9日の対SF・ジャイアンツ戦に四番・一塁手で先発出場した。
1回裏、一塁に走者を置いてリプリー投手から400フィートの本塁打を放つなどこの試合は4打数2安打・3打点とチームの勝利に貢献した。同14日のA・ブレーブス戦でソロ本塁打、21日の同じくブレーブス戦ではナックルボールを駆使するニークロ投手からソロ本塁打を放つなどシーズン終盤の数少ない出番ながら結果を残した。翌1981年からパドレスの監督にF・ハワードが就任した。ハワードは大リーグ通算16年で382本塁打した長距離砲で、昭和49年には太平洋クラブライオンズに入団したあのハワードだ。4月12日、対ジャイアンツ戦の3回表にグリフィン投手から満塁本塁打を放つ。24日の対ドジャース戦でウェルチ投手からソロを放つなど順調な滑り出しだったがその後にスランプに陥り1ヶ月余りスタメンから外れた。
6月に入り、徐々に打棒が上昇し始めると6月4日の対アストロズ戦でようやくスタメンに復帰。すると3打数3安打4打点、うち1安打が本塁打と活躍した。その時の投手はニークロ投手。前年のブレーブス戦で本塁打したフィル・ニークロ投手の実弟で兄と同じナックルボーラーのジョー・ニークロ投手だった。9日の対パイレーツ戦ではローデン投手から2ランを放つ。この年は4本塁打で通算7本塁打。1982年5月13日の対エクスポズ戦で通算8本目を放つが4日後の17日にパドレスからア・リーグのTX・レンジャースに移籍した。5月31日の対オリオールズ戦に四番・DHで出場すると大リーグ最後となる通算9本目となる本塁打を放った。
伝えられる所によると阪神球団とバースの代理人との間で来季の契約更改交渉を極秘裏に進めていたがバースが希望する2億円には届いていないようだ。それを知ってか知らずか定かではないが、バースは大阪に本社があるサンスター社と男性用化粧品のCM契約を結んだ。半年間で契約金は600万円。巨人勢の江川や原の年間2~3000万円と比べると格安だが、これでも昨年の三冠王・ブーマー選手(阪急)の200万円より高い。CM料で届かない年俸分を補う算段なのか?また開幕前に堂々と三冠王獲得宣言をして、それを見事に果たした落合もバース同様お忙が氏。これまた公約通り信子夫人を世間にお披露目した。阪神勢の高給更改には馬耳東風でいよいよ1億円更改が年末に迫って来ている。
もしも信子夫人がいなかったら落合の二度目の三冠王は実現しなかったかもしれない。野球に興味がない信子夫人は落合が「俺は三冠王になったことがあるんだぞ」と威張るので何回?と聞くと一度と答えたので「だったらもう一回獲ってみなさいよ」とけしかけた。それが負けず嫌いの落合の闘争心に火を点けた。「俺を褒めてくれないのは女房くらい。やってやろうじゃないかとカチンときたね」と落合。信子夫人はただハッパをかけるだけではなく内助の功も発揮した。食生活で好き嫌いの多い落合は野菜は殆ど口にしない。「あなたが野菜を食べないなら私も食べない」と言って信子夫人も片寄った食事をすようになった。これにはさすがの落合も陥落した。
「俺が食べないと女房も食べない。体に悪いよと言っても頑として食べない。仕方がないから食べるようになったよ(落合)」と信子夫人の作戦勝ち。そのお蔭もあって今季は体調も良く全試合に出場できた。シーズン終盤に持病の腰痛に見舞われたた時、車で病院に通院する際に少しでも落合を楽にしてあげようと運転する落合の腰の部分に手を当てていた。一方で叱咤激励も忘れない。腰痛の影響で打撃に陰りが見え始めると「何事も締めくくりが大切。フンドシが緩いままなら私が締め上げてあげるわよ」と喝を入れた。そのお蔭なのか落合は4試合連続本塁打で有終の美でシーズンを終えた。今や外で酒を呑むことも減り、必ずカエルコールをして早々と帰宅する落合。視線は既に来季の連続三冠王に向いている。
開幕絶望の淵から見事蘇ったサブマリンに拍手!
4月6日、西宮球場での開幕カードの南海戦でこれぞ山田投手という所をその右腕で実証してみせた。この日から遡ること70日余りの1月30日、アンダースロー投手には致命傷ともいえる左膝半月板損傷の診断を下された。翌日のスポーツ紙には『山田開幕絶望』『選手生命の危機』の見出しが躍った。ところがどうだ。ミスターサブマリンは見事に蘇った。南海打線を6回まで2安打零封。7回表の守備でナイマン選手の投ゴロを処理する際にマウンドの窪みに足を取られて転倒し左膝を痛めてしまい無念の降板となってしまったが、継投した山沖投手が好投しチームに開幕戦白星をもたらした。まさにエース・山田ここにありの存在感だった。
強烈な痛みが残っていたに違いないのに試合後の山田は「お粗末な守備でお恥ずかしい限り」と途中降板を恥じた。更に「投手は一人で投げ切るもの。チームに迷惑をかけた」と持論を展開し、いかにもエースらしいコメントを残した。ひと口に70日といっても紆余曲折があった。医師は完治を早め、4月の開幕に間に合わせるには手術を勧めたが山田は固辞。春季キャンプ迄は注射治療と水泳トレーニングで筋肉強化に努めてキャンプイン。しかし痛みが再発し入院、リハビリトレーニングを余儀なくされた。「あの頃は本当にもうダメかと諦めかけたこともあった(山田)」と。上田監督も一時は球宴明けの復帰を覚悟し、今季前半戦は山田不在の先発ローテーションに頭を悩ませていた。
どん底から奇跡の復活を4月6日の開幕戦で見せてくれた。一時は山田に代わって開幕投手候補の一人だった今井投手は「最悪の場合は自分が開幕戦に投げなければと覚悟してました。でも山田さんのことだから調整して必ず開幕に間に合うと思ってました。いつもそうなんですよ、何があっても必ず自分の仕事はキッチリやる人ですから山田さんは」と胸中を明かした。開幕には間に合ったが今季は1年を通して膝痛との戦いが続いた。気持ちでカバーするのも限界がある。何度もリタイアしそうになったが終わってみれば18勝10敗、7月10日のロッテ戦で完投勝利し史上9人目の通算250勝を達成した。今オフは膝痛の完治に向けて入院治療に専念している。
イザという時、ダンゼン頼りになる " つのひろし "
7勝10敗・防御率4.42(14位)は若きエースと期待された本人としては不本意な成績だろうが開幕投手に抜擢され勝利したり、チームの連敗を「8」で止めるなど印象度はナンバーワンだ。4月6日、川崎球場でのロッテとの今季開幕戦で先発した津野投手はプロ2年目の19歳。大方の予想では昨季チーム最多の8勝した田中富投手だった。だが高田新監督は昨季最下位という屈辱を晴らす為に文字通り新たなスタートを若き津野に託したのだ。津野はその期待に見事に応え、坂巻投手の救援を仰いだものの6回2/3 を6安打・2失点に抑えて昭和42年の鈴木啓投手(近鉄)以来18年ぶりの10代での開幕戦勝利投手という偉業を成し遂げた。
「開幕試合と日本シリーズで投げるのが夢でしたから嬉しいどころじゃないですよ。もう最高です!」とハンサムな童顔に涙さえ浮かべて喜びを爆発させた。実は開幕の3日前から重圧で神経性胃炎を発症して注射と投薬を続けていたのだ。津野の奮闘で開幕戦勝利を挙げたがチームは9日の西武戦から19日の近鉄戦まで悪夢の8連敗を喫した。3連敗くらいまでは高田監督も悠然と構えていたが6連敗あたりから「とにかく元気よく声を出して…やるしかない(高田監督)」と同じ話を呪文のように繰り返すのみだった。その連敗を止めたのも津野だった。4月21日の近鉄戦(後楽園)で若きエースは7安打を許したものの1失点で完投勝利してチームを連敗地獄から救った。
「やるしかなかったですからね。たとえ打たれて走者を出しても点を与えなければいいと考えてました。とにかく気持ちで負けないようにと」。この8連敗を止めた完投勝利は今季初の監督賞(金10万円也)となった。選手・監督・スタッフは勿論、日ハム担当記者までもが喜んだ勝利だった。今季5位に沈んだ日ハムにとって開幕戦とこの連敗を止めた試合の勝利の印象が最も強烈だった。また津野は私生活でも目立った。新車のソアラ2000GT(300万円)を購入したり、刈り上げヘアに最新のファッションで身を包んだりと地味な選手が多い日ハムに入団2年目にして多大な影響を与えている。
サインプレーはお手の物。 " ワザ師 " 湯上谷
レギュラークラスが目立った活躍を見せることが出来なかったのも今季南海が低迷した一つの原因。そんなチームに彗星の如く現れたのがルーキー・湯上谷選手。高卒プロ1年目ながらシーズン後半戦に一軍に昇格するとメキメキと実力を発揮した。一軍昇格は8月20日、実はその前日に湯上谷は二軍の中モズ球場で倒れていた。「イヤというほど練習してフラフラだったんです。それでもコーチからティーを叩いておけ、と言われて室内でやっていたら途中で手足が動かなくなってしまって…」と脱水症状で倒れてしまったが、幸い症状は1日で回復し予定通り一軍に昇格した。昇格後はバスター、エンドラン、スクイズなど新人とは思えぬプレーを無難にこなした。
37試合・打率.262 (122打数32安打) ・1本塁打・6盗塁など高卒1年目として充分な結果を残した。この活躍に球団は12月6日に契約更改交渉で73%アップの五百二十万円を提示したが本人は「六百万円は欲しい」と渋い表情。だがペナントレースの1/4しか出場できていないからと「大幅アップは来年のお楽しみ(湯上谷)」とあっさりサインした。「来年は開幕からショートのレギュラーを獲ってフル出場します。来年は言いたいことを言わせてもらいますよ」と不敵な笑顔に球団側も苦笑い。二軍で盗塁王(33個)になった俊足を生かしてスイッチヒッターをマスターすべく秋季練習では猛練習に励み、「ある程度の手応えは掴みました。来季は足でも目立っていきたい」と意気込みを語る。
だが慢心は禁物。先輩の中尾選手は苦言を呈した。中尾は広島に在籍していた頃、高橋慶選手がスイッチヒッターを特訓していた当時の苦労を目の当たりにしていて、「湯上谷は本当に良い選手。それは認める。器用さやセンスは慶彦より上かもしれない。でもそれに胡坐をかいていたらダメ。レギュラーになると相手投手もそれなりの投球をしてくる。今年は1年生で他チームもお客さん扱いだった。でも来年からは厳しくインコースを攻められるだろう。それをどう克服するか。今の湯上谷は少し物足りなさを感じます。慶彦は血の滲むような練習をしてましたから(中尾)」と。夏場の練習で倒れたのもまだまだ本当の体力がついていない証拠だろう。先輩の心配が杞憂で終わるよう練習に励んで欲しい。
小さい体でデッカイプレー。金森永時は球界の宝
2年ぶりにV奪還したレオ軍団。今季は数多くのプレーにファンは熱狂しただろうが、違う意味で最もファンが熱くなったのは金森選手のあのプレー??だったのでは?とレオ番記者が印象度ナンバーワンに推すのが金森だ。昭和57年に金森がプリンスホテルから西武に入団した時に当時の広岡監督は「ウチのスカウトの能力を疑うよ。あの選手がプロで通用すると本気で思っているのだろうか?」と嘆いた。更に身長173cm(自称)のチビっ子で足も短く " ドンガメ " の愛称だった金森を見てこうも囁いた。「(足が短いから)捕手ならパスボールは少ないかな」と。とにかく広岡監督の金森評は散々だった。
過去3年間で143試合・打率.272・43打点・5本塁打の男が今季は129試合に出場し、打率.312・55打点・12本塁打と一気に開花した。打率は打撃10傑の8位にランクイン。今季は中日から田尾選手が移籍して外野の定位置争いは激化し、それを勝ち抜いての活躍に広岡監督も脱帽だ。そんな金森を有名にしたのが某スポーツニュースの " 珍プレー特集 " 。死球を喰らって『ワォ~』と絶叫し、悶絶する様を見たファンは大笑い。一種の死球パフォーマンスですっかり有名人になってしまった。「最近はあの番組のお蔭でファンレターも増えちゃって(笑)『痛いでしょうけどもっと当たってください』だって。本当に痛いんですから。笑えないっスよ!(金森)」と名前が売れるのも痛し痒し。
今季15死球のうち負けた試合は1試合のみ。「ドンちゃんが当たれば勝てる」とチーム内には新たな伝説も生まれた。昨季は65試合で12死球と2年連続で死球王だが勿論、打撃の方もチームに貢献している。4月25日のロッテ5回戦では延長10回裏に深沢投手からサヨナラ1号。5月5日の阪急5回戦では10対11とリードされた9回裏に山沖投手から逆転サヨナラ3号3ランを放つなど、打って当たってファンを熱狂させた今季だった。12月6日の契約更改では今季の九百万円から二千六百万円に大幅アップを勝ち取った。更改交渉では観客へのアピール度も球団に認められ「来季も僕に出来る野球をやるだけです」と決意を新たにした。もうスター不足なんて言わせない!
周囲に笑いを巻き起こしたカツオくん。あんたが " 大賞 " です
台湾時代からライバルだった西武・郭投手と共に来日して台湾旋風を巻き起こし、見事に2桁勝利した荘投手。陽気で茶目っ気たっぷりの荘は覚えたての日本語で♪きた~の、さかばど~りに~は~♪と細川たかしの『北酒場』を歌ったり、カムバック賞を受賞した村田投手や仁科投手の投球フォームを真似してナインの爆笑を誘ったり今やすっかりチーム内の人気者だ。春季キャンプで同室だった袴田選手は「めちゃめちゃ明るい性格だよ。日本語を教えてくれと言われて俺が教えると直ぐに覚えて、今度は歌を教えてくれと言ってくる。とにかく歌が好きで風呂の中でも何曲も歌ってた。まぁ上手いかどうかは別にして(笑)」と証言する。
面白いだけではなく野球の方もしっかり結果を残した。4月13日の西武戦(川崎)では同点で迎えた9回表から土屋投手の後を受けて登板し、11回まで無失点に抑えた。試合は芦岡選手のサヨナラ安打で勝利し荘が来日初勝利を飾った。3日後の近鉄戦(日生)では初先発して得意のシュート、ナックル、大小のカーブを駆使し猛牛打線を抑えて1失点・8奪三振の好投で完投勝利を挙げた。試合後のインタビューで「郭(西武)には負けたくないし、リリーフは嫌いだからこれからも先発で頑張りたい」と来日当時から世間で騒がれていた郭に対してライバル意識を剥き出しにし、自らの存在を大々的にアピールした。
自信を持って投げた球を「ボール」と判定されると右手で帽子のツバをちょいと持ち上げて天を仰ぐポーズをよくするが、このアクションがロッテファンの間で大流行。そして三振を奪った時は白い歯をこぼしながら笑顔でガッツポーズして喝采を浴びた。「投手陣では兆治(村田)の次に目立った。平和台での近鉄戦みたいな印象に残る投球をしたね。とにかく明るくハツラツとしているからマウンドでも映える」と稲尾監督の評価も高い。投手陣のリーダー村田投手も「カツオはよくやったよ。表情が豊か?ああいうユーモラスな仕草は日本人には出来ないね。来年も今年以上に頑張って欲しいね」とエールを送る。ファンを楽しませた荘は「郭より多く勝ててよかった。俺の勝ちね」とウインクして台湾へ帰って行った。
失敗を恐れず GOING MY WAY こいつはタダモノじゃない
勝負強い打撃と派手なファインプレー。かと思えば何でもないゴロをポロリ。近鉄の内野陣に大石選手とはまた別タイプのニュースターの誕生である。「ボク、自分では皆さんが言うほど守備が下手だとは思っていませんよ」と口を尖らす村上選手。だが今季35失策は2位の石毛選手(西武)の10失策を大きく離して断トツの " エラー王 " だ。しかし村上は屁とも思っていない。9月18日の南海戦は4対25という歴史に残る大敗だった。この試合で村上は3失策を喫したが臆することなく4打数4安打と打ちまくって気を吐いた。これには相手ベンチの穴吹監督も「奴はエエ選手になるで」と思わず呟いた。
契約更改交渉でも「彼はエラーのマイナス査定も多いけどチームへの貢献度は高い(フロント幹部)」と来季は3倍増の九百八十万円に跳ね上がった。また岡本監督は村上と大石との共通点を指摘する。「あの2人はエラーをしたり三振してベンチに帰って来ても一言『スンマセン』と言うと後は他人事のようにふんぞり返ってる。こっちも呆れて何も言う気になれんのよ。あの度胸は大したもんや」と。近鉄には栗橋選手や仲根選手のように考え過ぎて落ち込んでしまう選手がこれまでは多かった。そこに登場したのが " 長嶋タイプ " の陽気で切り替えの早いタイプの2人。村上が順調に成長すれば来季以降の近鉄には大石・村上の陽気で明るい楽しみな金看板が誕生する。
私生活での目立ち方も相当なもので20歳になりたての食べ盛り・育ち盛りだけに人一倍食べて " 寝る子は育つ " の格言通り豪放磊落に生活していた。今オフに合宿所を卒業した先輩の佐々木選手は「デーゲームの時なんか村上の部屋のドアをドンドン叩いて起こすのが僕の役目でした。来年からはその役目から解放されてホッとしています」と胸を撫で下ろしたくらいだ。先輩を目覚まし時計代わりにする神経も並みではない。またシーズン中からマスコミを賑わせてきた外野コンバート説について「せっかくここまでショートを守ってきたんですから絶対に嫌です(村上)」と自分の意見を臆することなくハッキリと言える骨っぽさも持ち合わせている。実質 " 2年目のジンクス " となる来年こそ真価が問われる年になる。