Haa - tschi  本家 『週べ』 同様 毎週水曜日 更新

納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています

# 520 パ・リーグをダメにした男たち ②

2018年02月28日 | 1985 年 



穴吹義雄(南海):「ウチはどのチームとも互角に戦える戦力になった」と言ったのは誰だっけ?甘いんだよねぇ…

1ヶ月ともたなかった。今年の開幕カード、4月6日からの対阪急(西宮)3連戦を2勝1敗と勝ち越した南海は4月23日の近鉄戦を6対6で引き分けるまで首位をキープした。今年の南海は一味違うと周囲に思わせたがそれも僅か13試合の儚い夢でしかなかった。その後はいつもの年のようにズルズルと後退し下位に沈み今や日ハムと最下位争い真っ只中。開幕前、穴吹監督は「選手を育てる期間は終わった。今年は勝負の年」と勇ましく言い放った。だが今にして思うと甘い目論見だった。はっきり言って今の南海に首位戦線で争いを繰り広げる戦力は整っていない。

先ず投手陣。3年前に監督に就任すると若手勢に切り替えたが育ってきたのは藤本修投手くらい。畠山投手は?大久保投手は?今季の抑え役に期待していた山川投手は?大久保投手以外は二軍暮らしの体たらくだ。「戦力が揃わなかった。大事な時に誰かが欠けた」と穴吹監督。確かに期待していた井上投手が開幕シリーズの阪急戦で打ち込まれて立ち直るのに3ヶ月を要し当初想定していたローテーションが組めなかった。しかし通常でも投手全員が万全の状態である事の方が稀であり、第2・第3のバックアップ布陣を用意していなかった首脳陣の落ち度である。

野手もまたしかり。門田選手の後継者に岡本・高柳・山村選手らを育てようと目論んだが見事に裏切られた。またドイル、ナイマンの両外人も昨季並みの働きはしておらず、打線も日替わりと言っていいほど目まぐるしく変わった。「不動のオーダーというのが理想だが理想ばかりを追いかけていても仕方ない。現状は調子の良い選手を使っていくしかない(穴吹監督)」と言うように苦し紛れのオーダーである事は手に取るように分かる。全ては状況を先読み出来なかった、否 しなかったせいである。

思いつく弱点を挙げると先ず使える左腕がいない。先発はもちろん中継ぎ・ワンポイントすらいない。野手には走れる選手が見当たらず、バントが下手な選手が多い。犠牲バントをする為にわざわざ代打を送る始末。守りでは大事な局面で失策するのが目立つ。特に西武戦では自分で勝手にコケて負けるケースが多々あった。南海は残り試合をどう戦っていくのだろうか?「上位イジメに徹する。それが勝率5割に戻す近道」と甲村球団社長は力説するが西武が独走する現状では西武に少しくらい勝っても順位に影響はない。残された楽しみは個人タイトルの行方くらい。これまた昨季までと同じパターンの繰り返しだ。



クルーズ(日ハム):今ごろ打っても遅いのに…。前半戦 " イタイ・イタイ病 " で高田監督を困らせた罪は重いゾ

「キャンプの出遅れが全て。もう少し早く来ていたらね」と小島球団代表はバッサリ切り捨てた。クルーズがチームに合流したのは名護二次キャンプ中の2月21日。鴨川から始まったキャンプも中盤から終盤に差し掛かろうかという時期だった。次男のシリロ・アルベルトちゃんの出産が遅れたのが理由なのだが、高田監督は「罰金?その必要はないよ。今までの実績もあるし、きちんと仕上げてくれると信じている」と咎める事はなかった。昨季は打率.348 でブーマー(阪急)と激しく首位打者争いをしたクルーズを信頼した発言だったのだが…。

ところがこの出遅れが大きく響く事になる。紅白戦、オープン戦、そして開幕しても一向にクルーズのバットは火を噴かない。元々スロースターターだけに「ダイジョウブ、暖かくなれば心配ないよ」と明るく振舞っていたが4月が過ぎ、5月になってもバットは湿ったままだった。その間にチームは8連敗を喫するなどドン底状態。クルーズの不振がチーム崩壊を招いてしまった一因でもある。持病であったヒザ痛を悪化させ両膝変形関節症を患い5月14日には来日6年目にして初の二軍落ちを経験した。

「痛い思いをしているのはこっちもだよ。あっちが痛い、こっちが痛いではとても使えない」と高田監督はボヤく。だがクルーズのイタイ・イタイ病はこれだけではない。今季、助っ人3人制を敷いた日ハムだがブラントの守備に不安がある為にクルーズとブラントを同時に起用する時はブラントをDHで使わざるを得ず必然的にクルーズが守備に就く事になるのだが、守備の負担で持病を悪化させたくないクルーズは面白くない。そんな守りたくない気持ちがイタイ・イタイ病の発症元と勘ぐられている。

その甘い考えに高田監督が二軍落ちの鉄槌を下したが効果はテキメンだった。それまで宗教上の理由で拒否していた注射治療を受け入れた。二軍落ちして1ヶ月後の6月14日に一軍復帰。水銀柱がグングン上昇すると共に眠っていた打棒も復活し、7月初旬までは2割3分台をウロウロしていた打率も8月に入ると3割台に戻した。「もうダイジョウブ。膝の状態も良いし最終的には3割4分台を狙うよ(クルーズ)」とウインク。でもチームにとっては少々遅過ぎる復調だ。



広岡達朗(西武):一番ダメにしたのは実はこの人だったりして…

拝啓、広岡達朗様。それにしても監督という職業は勝っても勝っても安心できない性質のものなのでしょうね。「勝負事は終わってみるまで分かりません。いま勝っているからといって明日も勝てる保証はありません。一人の故障者でチーム全体のバランスが崩れてチームが崩壊した例を過去に見てきましたから(広岡監督)」・・でもこうした言い方ってつまらないと思いませんか?2位と12ゲーム差ですよ、12ゲーム!昔の金田監督(ロッテ)なら「ウチ以外はプロじゃねぇな。眠っていても勝てる。ワッハハ」くらいの放言をしていたでしょう。貴方もこれくらい悪乗りしても宜しいのでは?

もしも貴方が「他のチームは何を考えて野球をやっているんですかね?まともな野球をしているのは西武くらいですよ。まぁセ・リーグを見てもまともなプロチームは無いですから日本の野球のレベルはこんなもんなのかも知れませんけど」などとおっしゃったら " さすが広岡さんだ " と拍手喝采しちゃいますけど無理でしょうね…。そこで提案ですが思い切って10連敗くらいしてみませんか?ゲーム差は縮まり混パが復活してリーグ全体が活性化するし、勝つ事に慣れてしまい最近では西武球場に応援に来るファンの数も減少傾向ですがV字回復するかも?   かしこ
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# 519 パ・リーグをダメにした男たち ①

2018年02月21日 | 1985 年 



8月9日現在、首位・西武と2位・近鉄のゲーム差は「12」。はっきり言って今季のパ・リーグは終わりである。昨季の阪急もブッチギリだったが今季ほどのシラケたペナントレースではなかった。" 熱パ " ・ " 混パ " からは程遠い。どうして今季のパ・リーグはこんなにダメになってしまったのか?よ~く考えてみた結果、5人の名前が浮かんできた。

今井雄太郎(阪急):立ち上がりに必ず崩れる " 初回病 " は不治の病?雄ちゃんがまともなら西武を走らせずに済んだのに…

今季の今井投手はまさしく不思議そのものと言っていい。昨季、両リーグで唯一の20勝投手(21勝)で最多勝と最優秀防御率の二冠に輝いた投手として自信に満ちた姿を見せたかと思えば、まるで高校出のルーキーのように初回から落ち着かず力を出せぬまま滅多打ちにあうのも一度や二度ではない。連覇を目指した勇者軍団も崩壊寸前で宿敵・西武の後塵を拝している。8月4日のロッテ戦(西宮)は今季の今井投手の " 不思議さ " を象徴するかのような試合だった。先頭の西村を四球で歩かせると後続の横田、リー、落合、有藤に4連打され一死も取れないまま4失点。

このままなら上田監督も今井投手に見切りをつけられる筈だが、右中間適時打を放った有藤が三塁を欲張り憤死し一死・無走者となった以降は別人のような投球を見せた。立ち上がりの頼りなさは影を潜めて打者の内角をビシビシ突いて、なんと8回一死まで無安打に抑えてしまった。試合は初回の4失点が響いて完投むなしく11敗目。これで先発した試合の初回失点が12試合目という初回病に憑りつかれてしまっている。「自分でも知らんうちに意識してしまって慎重になり過ぎた。もっと大胆に行かな、と自分でも分かってはいるんやけど…」と首を傾げる今井投手。そこには昨季、チームを力強く牽引しリーグ優勝に貢献した男の姿はない。

実は元々今井投手は精神的な弱さが最大の欠陥だと言われていた。長い二軍暮らしもそのせいで、度胸をつける為にビールを飲んでマウンドへ上がったエピソードがあるくらい。だが一昨年の15勝、昨年の21勝、また通算100勝もマークし弱気な今井投手は過去の話だと周囲は思っていた。なのに36歳にして昔の今井投手に戻ってしまうとは。キャンプで右肩を痛めて満足な投球が出来ないまま開幕を迎え、自身は6連敗。加えてエース・山田投手の出遅れも今井投手にプレッシャーを与えた。「彼(今井投手)の調子はマウンド上の姿を見れば分かる。昨季はつっかえ棒が必要なくらい反り返っていたが今はオドオドして下ばかり見ている(上田監督)」今井投手が昨年並みに胸を張る日は来るのだろうか?



鈴木啓示(近鉄):球界を去るのは勝手ですが、もうちょっと近鉄やパ・リーグを考えてくれてもいいのに…

それはそれは見事な引き際だった。「草魂の魂が抜けてワシはただの草になってしもうた」との名台詞を残してユニフォームを脱いだ鈴木啓示氏。歴代3位にあと3勝と迫った通算勝利も、また約半年分の給料にも未練を見せずシーズン途中で身を引いた潔さに全国津々浦々から「男前や」と称賛された。近鉄球団の計らいで三千万円の功労金に加えて背番号「1」がパ・リーグでは初の永久欠番となる事や球団初の引退試合を来春のオープン戦で行う事が発表されるなど致れり尽くせり。「これ以上の引退はないで。まるで引退の三冠王や」と鈴木氏本人もビックリだ。ところがここにきて残された人達から恨み節が聞こえ始めた。

後半戦を7勝1敗と好スタートを切り、逆転優勝へ一縷の望みをかけた8月6日からの首位・西武との直接対決3連戦。だが西武の東尾、高橋直の両ベテラン投手に抑えられ連敗を喫し万事休す。感激屋らしく鈴木氏を男の涙で送り出した岡本監督だが改めてベテラン投手の必要性を思い知ったのではないか。東尾には直近の3試合で立て続けに1点差の完投勝利を許している。「西武打線が良いと言ってもやっぱり野球は投手次第。西武にとって東尾の存在は大きいね(岡本監督)」。西武とは対照的に自軍には鈴木氏が抜けて頼りとなるベテラン投手は不在となった。衰えたとはいえ昨季は殆ど完投で16勝をあげた鈴木氏の穴は大きかった。

セ・リーグは阪神が優勝争いに加わり観客動員数も増えているがパ・リーグは西武の独走でシラケムードが漂っている。また近鉄球団も10億円を投じて藤井寺球場を改装したがその効果は観客動員数増加には結びついていない。そこに看板選手の突然の引退は痛い。梨田ではトウが立ち過ぎているし、大石では一枚看板には小粒。両外人は真面目で面白味に欠け、監督も地味で人気対策の面では八方塞がりの感がある。口八丁・手八丁で幅広いファン層を持っていた鈴木氏を失った事は余りにも大きかった。8月3日から約3週間の予定で大リーグ視察で日本を離れている鈴木氏。帰国後は評論家として再出発するそうだが自らが残したパ・リーグのシラケムードをどう論評するだろうか?
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# 518 スポーツ医学

2018年02月14日 | 1985 年 



プロ野球選手はペナントレースとは別のもう一つの戦いに突入している。梅雨と夏場の暑さに対する戦いだ。この戦いにどうすれば勝利者になれるのか。ヤクルト球団の健康管理アドバイザーでもあり、野球選手の身体に詳しい東京女子医科大学の西岡久寿樹教授に対策を聞いた。


聞き手…先生の御専門はリューマチだそうですがスポーツ医学とどのような関わりがあるのでしょうか?
西 岡…内科的なアプローチです。痛みと疲労はどう関係するのか、摂取するカロリーはどれくらいが適切なのかなど。また関節痛など
     外科的な側面からのアプローチもしています

聞き手…先生が野球と関わりを持つようになったのはいつ頃ですか?
西 岡…アメリカに留学していた昭和53年にユマでキャンプをしていたヤクルト球団関係者と知り合いになりまして、
     色々なアドバイスをさせて頂くようになりました

聞き手…日本に戻ってからも?
西 岡…ハイ。ヤクルトだけではなく長嶋さんが監督をしていた頃の巨人キャンプにもお邪魔しました
聞き手…スポーツ医学の専門家から見たプロ野球界はいかがですか?
西 岡…まぁ、なんと非科学的なものだと(苦笑)。これはヤクルトや巨人に限った話ではない事ですが
聞き手…具体的には?
西 岡…先ずは食事ですね。とにかく沢山食べれば良い、肉を食べれば良いという風潮が蔓延していました。それから水分を摂らせない。
     どんなに喉が渇いても飲ませない。根性だ、気合だと。これでは身体は酸性になり怪我をし易くなる

聞き手…お恥ずかしい話で
西 岡…それからタバコですね。運動選手がタバコを吸ったら確実に選手寿命は縮まります。ちゃんとしたチームドクターが不在な事が
     諸悪の根源だと思いました

聞き手…日本の球団にもチームドクターはいるんですよ。ただ怪我の治療が主な仕事で食生活の管理などは行なっていませんね
西 岡…例えば米国のアメフトチームには2~3人のドクターがいる。食事の管理から日常生活に至るまで事細かく管理しています。
     しかもプロだけではなく大学のフットボールチームにもドクターが帯同しています



聞き手…日本ではそこまで私生活に踏み込む事にまだまだ抵抗がありますね
西 岡…日本の場合、アマチュア時代の身体作りに問題があると思います。例えば高校野球は1つ負けたら終わりのトーナメント
     ですから、とにかく勝たなくちゃいけない。この考え方の犠牲になっているのが投手です。プロ入りする前に肩を酷使
     しています。ある程度の球数制限をしないといけない時期に来ていると思います。ヤクルトでも酒井投手や荒木投手などは
     高校時代の酷使がプロでの成長を妨げている気がします。私がスカウトなら高校時代に騒がれた投手は獲りません。今話題の
     桑田投手(PL学園)の将来も心配です

聞き手…食事や健康管理など認識不足な面が大きいですね
西 岡…水泳やクーラーは肩を冷やすからダメ、炎天下でも水を飲ませないなど思考が前近代的なままです
聞き手…それでは梅雨をどう乗り切れば良いのかアドバイスをお願いします
西 岡…ナイター生活という特殊事情がプロ野球選手にはあります。これは生活リズムの面で非常に難しい
聞き手…そうなんです。ナイターの間にデーゲームが挟まれたりすると体調が狂います
西 岡…三食を決められた時間に摂っていれば多少激しい運動をしても疲労は残りにくい
聞き手…ナイターが終わる時間はバラバラだし雨で中止になれば3~4時間は早まる。そこにデーゲームが挟まると時間調整は無理
西 岡…人間のバイオリズムから言って夜に沢山の食事を摂ると身体への負担が大きい。少ない量で回数を分けて摂るのが良いでしょう
聞き手…食後すぐに寝るのも良くない?
西 岡…1~2時間は起きていてほしい。それから試合後すぐに水分を摂ってほしい。これは非常に大事です。ただしアルコールは
     ダメですよ。翌日の朝食はその日に必要なエネルギー量に相当する食事をする

聞き手…朝からそんな量を?
西 岡…ハイ。そして球場入りしたらまた軽く食べる。試合開始の2時間前迄に済ませる事。そしてくどいようですが試合中は
     どんどん水分を摂る。飲んで汗を出すのは老廃物を排出する意味で大変よい事です



聞き手…水を飲んだらバテるというのが野球界の常識というか、これまで医学の目や科学の目に晒されてこなかった証拠ですね
西 岡…日本では野球だけが神秘のベールに包まれています。サッカーやラグビーではかなり前から医学のメスが入りました
聞き手…サッカーやラグビー界のスポーツ医学は進んでいるのですか?
西 岡…そうでもないです。例えばスポーツ選手には付き物の肉離れに関して、起きるメカニズムは
     実は分かっていない。どうも筋肉の中に乳酸が溜まるのが原因だと言われていますが、同じ様に乳酸が溜まっても発症する人と
     しない人がいて、どの様な体質の人が起こし易いのかなどはハッキリしない。現在のスポーツ医学はこの程度なんです

聞き手…肉離れを発症しにくい体質の特徴はあるのですか?
西 岡…明確な要因は解明できていません。筋肉には赤い筋肉と白い筋肉があり、肉離れを起こすのは赤い方です。筋繊維は
     人それぞれで赤と白の比率も違いますが明確な関連性は分かっていません。とにかく乳酸を溜めない事。その為にも肉類の
     摂取量を減らすか、摂った肉類由来の乳酸を体外へ排出するしかありません。ですから排出の為の水分補給が大切なんです

聞き手…話は変わりますがロッテの村田投手がアメリカで肘の手術をしたり、巨人の水野投手が同じくアメリカで診断を受けました。
     これは日本の医学が遅れているという事でしょうか?

西 岡…いいえ。決して日本のレベルが低いという訳ではありません。ラグビー選手が膝の半月板損傷や十字靭帯切断の怪我で
     手術を受けて回復しています。お相撲さんも珍しくありません。でも何故か野球選手は手術を受けたがらない

聞き手…投手が肘にメスを入れるのは相当な覚悟がいると思います。騙し騙しプレーをしている選手は多いと思います
西 岡…巨人の加藤初投手は血行障害の手術を受けて回復しています。もっと早く異変を感じた時に手術をしていれば時間を
     無駄にしないで済んだ筈。野球選手、特に投手の選手生命は短いですから早めに治療した方が本人の為だと思います。
     野球選手もどんどん手術を受けるべきです

聞き手…しかし実際にメスを入れるには勇気が必要になりませんか?
西 岡…例えば半月板損傷手術は5mm の孔を開けるだけ。内視鏡で済む。筋肉を傷つける心配もない簡単な手術です。
     近鉄の鈴木啓投手が来院された事がありました。左足の甲に軟骨が隆起して痛みが出たんです。軟骨を削れば痛みは
     消えるのに、なかなか決断できない。投げる事に何の影響もありませんよ、申し上げたのですが悩んだ末にお帰りになりました

聞き手…一気に変える事は難しそうですが各球団が現代医学を取り入れて選手寿命を少しでも伸ばして欲しいですね
西 岡…まさにその通りです
聞き手…本日はありがとうございました
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# 517 台湾製大砲

2018年02月07日 | 1985 年 



今年の日米大学野球選手権大会で全日本チームの四番を務めているのは名古屋商科大学の2年生スラッガー・大豊泰昭選手(本名・陳大豊・21歳)。大豊は台湾からの留学生で郭泰源(西武)から本塁打を放った事もある長距離砲だが、その大豊がスランプに陥っている。6月28日の第3戦まで全米チームの四番のキング選手は第1・2戦連続で本塁打を放つなど四番の重責を果たし、全米チームが2勝1敗とリードする展開に貢献している。対する全日本チームの四番・大豊は3試合で僅か2安打と低迷していて、四番の差が対戦成績を如実に反映していると言える。6月上旬に東京・駒大グラウンドで行われた全日本チームの代表選手セレクションで足立投手(早大)から左中間二塁打、左腕の小松投手(近大)から右翼線二塁打を放ち、選考委員や視察をしていたプロ球団のスカウトらのド肝を抜いた。「あのパワーは昨年の広沢(明大➡ヤクルト)より1枚も2枚も上。守備もとても柔らかい(選考委員長の中大・宮井監督)」「今すぐプロ入りしても充分通用する(大洋・重松スカウト)」とベタ褒め。今春の愛知大学リーグ戦では打率.408・4本塁打・14打点の成績を残しており文句なしで代表選手に選出された。

全日本チームに選抜されたとの一報に「僕は日本人じゃないからダメだと思っていた。本当に嬉しい」と大豊は涙を流して喜んだ。また大豊以上に全日本入りに感激したのが大豊が " 日本のお父さん " と慕う松井秀郎氏(48歳)だ。松井氏は運動具メーカーを経営しており、度々仕事で台湾の企業や学校を訪れていた。そこで華興高の陳大豊を目にした。183㌢・94㌔の立派な体格から生み出されるパワーでとてつもない打球を飛ばしていた。当時の陳大豊はナショナルチームに所属し国際大会にも出場していたが郭泰源や荘勝雄(ロッテ)ほど目立つ存在ではなかった。松井氏は「君は素晴らしい選手。もっともっと練習すれば日本のプロ野球でも通用するよ」と社交辞令も込めて激励すると即座に「ぜひ日本で野球をやりたい」と答えた。だが台湾の高校生に外人選手の1枠を空ける球団はない。そこで松井氏は懇意にしている華興高の方水泉監督に陳大豊を自分に預ける気があるか聞いてみた。陳大豊を日本人にしようと考えたのだ。

養子縁組をして日本国籍を得ようというのではない。あくまでも日本のプロ野球界が定める " 日本人 " にしよういうのだ。野球協約には「日本の学校に4年以上在学し5年以上居住する者は外国人と扱わない」と規定されている。そこで知り合いの中日・新宅コーチを通じて陳大豊を名古屋商科大学に入学させた。喜び勇んで来日した陳大豊に日本の風は冷たかった。日本独特の上下関係。そして勉強したとはいえ、なかなか通じない日本語。マネージャーに「死んででも台湾に帰りたい」と訴えたのも一度や二度ではない。「去年(1年生)は本当に苦しんでいました。でも私には決して帰りたいとは言いませんでしたね。あの苦労が今年の飛躍に繋がっているのだと思います」と松井氏は語る。本人も「帰らなくてよかったです」と今ではすっかり流暢になった日本語で話す。今年の5月7日には名古屋遠征に来ていた台湾の英雄でもある巨人・王監督と会って「頑張りなさい」と激励され感激していた。

2年のブランクがある為に2年生ながら21歳。11月になれば22歳になる。しかし日本流の上下関係を身に付けてしまった大豊は今回の日本代表チームの中でも年下ながらも上級生の先輩達に気を遣い遠慮している姿が目につく。「もっとノビノビやれば普段の力を発揮できるのに」とコーチを務める東海大・岩井監督も歯痒い思いをしている。気分転換にと第2戦からは使用が認められている金属バットから使い慣れている木製バットに替えたが思うような結果は出ず、第3戦では1点を追う9回裏二死満塁の場面で代打を送られてしまった。「悔しいです。でも打てない自分が悪い(大豊)」とうな垂れた。しかし2年ぶりのV奪還には大豊の打棒は不可欠。少しずつではあるが復調の兆しも見え始めた。「1本はどうしても打ちたい(大豊)」と力強く話す。異国の空に大きなアーチを描くのを台湾の両親も心待ちにしている。
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