❾ また一番売れる金の卵に逃げられたプロ野球のメンツ
今年も多くの金の卵たちがプロをソデにした。高校球界人気 No,1 の原辰徳(東海大相模)をはじめ武藤一邦(秋田商)、津末英明(東海大相模)、黒田真二(崇徳)ら甲子園でお馴染みの面々。大学では森繁和(駒大)がロッテ入りを拒否して社会人へ進んだ。何故こうもプロ野球は嫌われるのか。これら拒否組の理由は大きく分けて二つある。一つはプロへ行くのは大学を卒業してからでも遅くないと考える進学希望。二つ目はプロよりも将来の保証のある社会人を選んだ方が得だという考え方である。今年に限っては原選手の親子関係による進路があったが、これも進学希望派に入れてよいだろう。
進学希望者が増えた理由は好きな球団に行けないのなら大学へ進学する方がまし、というドラフト制度に対する不満がある。原親子の場合は記者会見までしてプロ拒否を表明した。「巨人が希望球団です。でも巨人以外だったら進学すると言えば他球団に申し訳ないし、ただ進学すると言っても信用してもらえないので記者会見をして退路を断った(原選手)」という心境だったそうだ。黒田投手の場合も同じだ。巨人・阪神・広島以外ならプロ入りしないと表明したのは、進路は自分に決めさせて欲しいという選手側の心の叫びだ。ドラフト制度はそもそもは契約金の高騰を防ぐ目的の為に考えられたもので、戦力の均衡化は後付けだ。つまり球団経営者側の論理で選手側の意思が反映された制度ではない。
最初から選手の意思は黙殺され球団側にとってのみ有利な制度なのだ。そこで2年前から選手の自由を制限する代償として契約金の上限が撤廃された。今年のドラフト会議でヤクルトが1位指名した酒井投手が粘りに粘って手取り3千万円(税込み3千8百万円)を手にして騒がれたが、もしもドラフト制度がなく自由獲得状態だったら低く見積もっても7~8千万円で争奪戦になっていただろう。自由に好きな球団も選べず契約金も3千万円止まりとなったら、現代っ子が「大学で4年間野球をやってからプロへ行くか、社会人で堅実な人生を送るかを決めても遅くない」と考えるのは至極まっとうな話だ。
山口投手(阪急)のように大学へ進学し社会人野球で2年間プレーしてから " 最後の勝負の舞台 " としてプロ入りするのが最も利口な生き方ではないのか。甲子園を踏み台に早慶戦、都市対抗、そして日本シリーズの舞台でプレーすることが野球人として最高のエリートコースと言える。もし社会人野球で挫折しても会社員として一生が保証されるのであれば高校からプロへ行くのではなく大学へ進学するのが賢明なのではと思うのも当然か。こうした選手を若者らしくない、と大人が批判するのは間違っている。何故ならそうした考えこそ今の大人が作った現代社会の典型的な若者像であるからだ。
❿ 泡と消えた張本の暴力事件
殴ったのか、殴られたのか。いわゆる " 広島事件 " は開幕間もない頃に起こった。一般紙の社会面に大きく報じられたこの事件は書類送検まで発展したが不起訴処分でピリオドが打たれたものの、何やらスッキリしないまま終幕を迎えた。4月16日にそれは起きた。巨人は甲子園での阪神戦で連敗を喫し、開幕して5勝4敗で広島入りした。試合は佐伯と新浦の先発で始まり巨人が先制したがすぐに広島に逆転を許した。8回裏に広島が追加点し2点差としたが9回表に巨人が1点を入れて1点差。尚も二塁に走者を置き代打の山本功が中前にポテンヒット。二塁走者の土井が猛然と本塁に突入するも山本浩からの好返球で本塁憤死、ゲームセットで広島が勝利した。
しかし三塁側ベンチから長嶋監督が飛び出し柏木主審に詰め寄り猛抗議。すると興奮したファンがグラウンドへ乱入し、巨人ベンチ前のウェイティングサークルに置いてあった素振り用の鉄棒を手にすると抗議している長嶋監督に向かって突進した。それを見た巨人のベンチ入り選手全員が飛び出しファンは取り押さえられた。すぐにそのファンは係員によってグラウンドから出されて混乱は収束した。結局、長嶋監督の抗議は認められず広島の勝利が確定し一件落着した筈だった。だが本当の混乱は試合後に起きた。巨人の選手らを乗せ広島市内の宿泊先へ向かうバスが球場通用口の脇で大勢のファンに取り囲まれていた。
長嶋監督らコーチ陣は既にバスに乗車していたが、多くの選手が球場内の通路で待機していた。痺れを切らした数名の選手がバスを取り囲むファンをかき分けてバスに乗り込もうとしたその時だった。ファンの1人の " 決死隊 " が張本に掴みかかった。張本と周りにいた選手がそのファンを取り押さえたが、その際に「バットで頭を殴られた(被害届を出した谷村仁臣さん)」為か頭部を切って出血した。これがきっかけとなりガードマンの制止を振り切って約1000人のファンが乱入して大混乱に陥った。棍棒でバスの車体を叩くファンをバスの窓から身を乗り出して応戦する選手。長嶋監督が「手を出しちゃいかん!」と叫んだがその声は飛び交う罵声で掻き消された。
谷村仁臣さん(39歳・食品販売業)は張本を名指しで刑事告訴し、広島県警広島西署が傷害事件として捜査を始めた。翌19日、広島3連戦を終えた張本が広島西署に出頭して任意の取り調べを受けたがバットで殴った事は全面的に否定した。だが広島県警・畑谷刑事部長は送検するつもりであると語った。被害者・目撃者・張本・末次・槌田らから事情聴取を行ない5月18日に書類送検の手続きを取り約1ヶ月に渡る捜査が終了した。ところが8月23日に証拠不十分で不起訴となった。これが事件(法的には事件ではない)の全貌だが、怪我をしたファン・張本個人に対する中傷・球場警備の不備の露呈など誰も得をせず幕を下ろした。