「空白の一日」から膠着状態だった江川問題に動きが出始めました。セ・リーグは巨人から
出された江川の選手登録申請を却下。対する巨人はドラフトをボイコットし「重大な決意」を
チラつかせつつプロ野球機構側に江川との契約を認めるよう提訴、この提訴に対する裁定が
コミッショナーにより下されました。
裁定主文・・・昭和53年11月21日に読売興業株式会社東京読売巨人軍が江川卓選手と成した選手契約について同日
セントラル野球連盟会長が、その承認を却下したのは野球協約に違反せず撤回の必要性を認めない
裁定理由・・・提訴球団は江川卓選手と成した選手契約の有効性について種々主張するが、いずれも妥当性を欠く
一方的かつ歪曲した解釈に立脚する誤った主張に過ぎず、その主張を認める余地は無い …以下略
コミッショナー裁定により江川の交渉権は阪神にあることが確定しました。「明快」「胸のすく裁定」
「さすが明治人の気骨」 等々 賞賛されました。しかし事態は一夜にして一転、前日には厳然と
野球協約の盲点を突いた巨人の非をたしなめた同じ人が今度は江川を一度阪神と契約させた後
巨人にトレードせよとのコミッショナー"指令"を出しました。この指令は前日の裁定の続きなのか
それとも新たな指示なのかでまた揉めたのでした。"裁定"は文書化されましたが、"指令"は口頭
小津阪神球団社長も「裁定なら従う」と発言。機構側は文書に残すことを避けてコミッショナーによる
"強い要望"という表現を使いました。
誰が見ても巨人の協約破り・横暴ぶりは明らかなのに他の11球団は結束して巨人と対決することは
ありませんでした。巨人の新リーグ構想に追随する球団があったそうです。それも2~3球団ではなく
相当数の球団が同調したそうです。なんとも情けない話ですが脅せば無理が通る事が分かった巨人は
その後、FA制度・逆指名など自らに都合の良い"改正"を成し遂げていくことになります。
出された江川の選手登録申請を却下。対する巨人はドラフトをボイコットし「重大な決意」を
チラつかせつつプロ野球機構側に江川との契約を認めるよう提訴、この提訴に対する裁定が
コミッショナーにより下されました。
裁定主文・・・昭和53年11月21日に読売興業株式会社東京読売巨人軍が江川卓選手と成した選手契約について同日
セントラル野球連盟会長が、その承認を却下したのは野球協約に違反せず撤回の必要性を認めない
裁定理由・・・提訴球団は江川卓選手と成した選手契約の有効性について種々主張するが、いずれも妥当性を欠く
一方的かつ歪曲した解釈に立脚する誤った主張に過ぎず、その主張を認める余地は無い …以下略
コミッショナー裁定により江川の交渉権は阪神にあることが確定しました。「明快」「胸のすく裁定」
「さすが明治人の気骨」 等々 賞賛されました。しかし事態は一夜にして一転、前日には厳然と
野球協約の盲点を突いた巨人の非をたしなめた同じ人が今度は江川を一度阪神と契約させた後
巨人にトレードせよとのコミッショナー"指令"を出しました。この指令は前日の裁定の続きなのか
それとも新たな指示なのかでまた揉めたのでした。"裁定"は文書化されましたが、"指令"は口頭
小津阪神球団社長も「裁定なら従う」と発言。機構側は文書に残すことを避けてコミッショナーによる
"強い要望"という表現を使いました。
誰が見ても巨人の協約破り・横暴ぶりは明らかなのに他の11球団は結束して巨人と対決することは
ありませんでした。巨人の新リーグ構想に追随する球団があったそうです。それも2~3球団ではなく
相当数の球団が同調したそうです。なんとも情けない話ですが脅せば無理が通る事が分かった巨人は
その後、FA制度・逆指名など自らに都合の良い"改正"を成し遂げていくことになります。